細い糸(3)
突如として割れる海。現れたのは漆黒の潜水艦。それに留まらず海上まで浮かぶ艦体。その下に見えるわずか十分の一ていどの人型のマシン。
宙に浮いた潜水艦は無力の象徴にしか見えない。あまつさえ砂浜に放り出されて転がる様子は哀れさえ感じさせる。
「ちくしょう!」
メタリヤ大統領ロイ・デナルドは拳を執務卓に叩きつける。興奮した身体は痛みも伝えてこない。
「栄えあるメタリヤを愚弄するか、ダジェンの若造!」
奥歯を割れそうなほど噛みしめる。
「落ち着いてください、大統領閣下」
「落ち着いていられるか、メイベル! 臆病者のダッジ風情にこの私が虚仮にされたのだぞ。個奴、絶対に偉大なるメタリヤの旗の前に連れてきて、額をこすりつけて謝らせてやる」
「ですが、あの緑色の空中戦艦のロボットには異星人でさえ手を焼いている様子。これ以上の戦力投入は国民の支持を失う可能性も」
秘書官のメイベル・レッケンはどうにか諫めようとしてくる。しかし、一度火のついた彼の闘志は収まるものではない。
「ここで示さねばならんのだ。メタリヤ軍で直接叩かねば我が国の覇権は揺らぐ。それこそが国民の政府への信頼を損なうものだと知れ」
「しかし、異星人の来訪を経て、生活の変化に戸惑う国民は直接の利益を……」
「黙れ! もういい、下がれ!」
美人秘書官の言葉も耳に入らなくなったロイは熱い息を吐いた。
◇ ◇ ◇
「どうしたもんですかね」
デレイフ・クアンは投影パネルを親指で示す。
それは谷あいに浮かんでいる緑の船を上空から捉えたもの。それ専用でない民間の衛星が偶然に写したものでしかない。つまり、この第四惑星の住人が用いている軍事専用衛星には欺瞞情報が流されているのを意味する。
「どうもこうもない。作戦は続行だぞ、クアン隊長」
応じたのは所属艦ドルセセフ艦長ケネフ・ペスタリオである。
「それは構わないんですけどね、どうも原住民の動きが過激すぎて引いてしまうんですよ」
「例の戦闘の言い訳かね」
「そう思っておいてください」
彼の早すぎる撤退判断と敵機を見逃すかのような行動はガンカメラから知られている。それは共同作戦を行った原住民の海洋艦艇が人質策を採っていたことへの反感からだ。
平気で認められるのもデレイフが機動部隊の隊長だから。もっとも尊重されるパイロットの意見を艦長クラスでは無視できない。
「やりにくくて仕方ないですよ」
信条に反する。
「相手は未開人だ。人権に関する意識の低さはいかんともしがたい」
「それこそリザードのパイロットのほうが余程理解しやすい」
「真っ直ぐだな、あれは」
ケネフも苦笑する。
「惑星一つにこれほど多くの国がひしめき合ってる状態だ。綺麗事ではすまない政治判断もあろう」
「そんなもんですかねぇ。もっと根深いもののような気もするんですけど」
第四惑星のような状態を経験したこともない彼らには想像するしかない。星間銀河で泥臭い感情論など政治に持ち込めば、政権は数年ともたずに吹き飛んでしまうだろう。
「同盟は打ち切られない」
艦長は断言する。
「予定どおり我が軍は現地国家と融和を図り、来るべきランナの侵略に手を携えて当たらねばならんのだ」
「そういう筋書きですからな。だからこそもう少し自重してくれないと困るんですが」
「話してはみるが期待するな」
事後の申し開きの体裁を整えるために。
「政治は本国に任せればいい。貴官は当該艦の拿捕に全力を尽くしてくれたまえ。これをなんとかせねば始まらん」
「解ってはいるんですよ。いかんせん、どっから湧いてきたんだか」
「それを確認するために拿捕せねばならんのだ」
道理である。道理ではあるのだがそれが困難ときてる。リザードのパイロットは急速に戦い方まで修得してきてる。
「これを見れば解る」
再び当該艦を示す。
「かなり高度な技術力の裏打ちがあるのは確かだが完璧ではないということだ」
「捉えられてんですからね」
「隙はある。作戦行動上の物理的限界もあるだろう。いずれは落ちる。それを早めてくれと言っている」
デレイフは「善処しますよ」と告げた。
(果たしてそうか?)
疑問を覚えている。
(中身は原住民。各国の性質も自分たちより心得ているはず。それが姿をさらすということは、警戒すべきはこちらだと考えてるってこと。強引に出にくい我々の思惑まで読まれてるっぽいな)
デレイフは意図的に情報が小出しにされている可能性も考えていた。
◇ ◇ ◇
(これで心配事は一つ減ってくれたか)
移動を始めた二隻のGSO警備艇を見ながらタイキは思う。
(細い糸だけど確実に未来につながってるはず。俺はそう信じて進めばいい)
リュセルが口を挟まなかったということは、彼女の意図する方向性とあまり狂いがないのであろう。
「やっぱ格好いいよな。あの軍人さんもピシッとしてすげえ迫力だったぜ」
コウヤはべた褒め。
正確にいうと彼らは軍人ではなく捜査官なのだが訂正しない。それより気になる点があったからだ。
「格好いい? 本当にそう思うか、コウヤ?」
聞き返す。
「雰囲気が違うじゃん。戦闘中のタイキ先生も格好いいけど、やっぱり戦争をしている人は違うな」
「あんなの決して格好いいもんじゃない」
「え、ちょ、先生?」
変わった空気に少年は戸惑っている。
「戦争なんて人の心をおかしくしてしまうものだ」
「う……」
絶句しておののくコウヤに、怒っているのではないと無理矢理作った笑顔を見せる。
「先生、前に国際青年支援隊にいたことがあるんだ」
「それで年は同じなのに一年あとに教職に就かれたんですね、タイキ先生?」
「そうです、ハユミ先生」
タイキは教師を目指すきっかけになった出来事を生徒に向けて語り始めた。
次回『友愛の証たらんことを(1)』 「いいんだ。タイキは面白いもん」




