遺されしもの(3)
(どうするんだろう?)
タマテはタイキ先生が犬をどうするのか見つめていた。
フユキを筆頭にエイマやザイハは期待の目を向けている。連れ帰ると言うだけなら簡単だ。実際にそうするのだと思っている。
(置いていくという選択肢はないもんね。これだけ期待されてちゃ)
生徒を裏切れないだろう。
(でも、犬たちは残りたがってる。無理矢理連れていこうとするんだったら自分勝手な一面が見られる。生徒ウケがいいならそれ以外は無視していいと思ってるってこと)
見栄えしか気にしていないと思っていい。
教師には案外多いタイプなのを彼女は見抜いている。生徒に嫌われたくない、仲良くしたいから視点を合わせているし、ある程度は我が儘も聞く。ひいては父兄からのクレームも少なくなる。どちらかと言えばそこを重視しているイメージ。
(結局は自分がかわいいの。自分の心を守り、教師として評価が上がるほうを選ぶ)
大人の賢しいところ。
(余裕があるうちはいい。でも、にっちもさっちもいかなくなるまで追い込まれると自分が最優先。生徒だって放り出して逃げ出しちゃうのよね)
自衛手段を作っておかなくてはならない。仮に逃げ出されても、シュカやアスホ、クストを助けられるように。
「なあ、お前たち。折り入って相談がある」
驚いたことにタイキは二頭の前に胡座をかいて座る。
「言いたくはないが、もう主人は帰ってこない。気持ちは分からんでもないが待っていても詮無いだけだ」
「ヒィン……」
「ここにお前たちを望む子供たちがいる」
一頭の頬を手で挟むと顔をつき合わせる。
「そこで相談だ。俺には色々とやらなきゃならないことがあって大変だ。もちろん全力で守っていくつもりだが、それにも限界がある。だからここは一つ協力してくれ」
「クゥ?」
「重要な役目をお願いしたい。俺を助けて生徒たちを守ってくれ。頼む」
意外な言葉だった。まさか彼らが見守っている場所で弱みを見せるとは思わなかったのだ。ましてや相手は犬である。堂々とお願い事をするとは奇抜にもほどがある。
「な? やり甲斐は保証する。生きてて良かったって思えるぞ」
「ウォン!」
「頼まれてくれるか? 代わりにメシは準備するからな」
彼が頭をポンポンと撫でると二頭はすっくと立ち上がった。言葉が伝わっているわけではないと思うが雰囲気を読みとったのだろう。尻尾をブンブンと振っている。
喜んだフユキが首っ玉に抱きつくとベロベロと頬を舐めた。もう一頭は立ち上がってエイマの肩に前足をかけて頭をこすりつけている。
「分かった分かった。一緒に緑の家に帰ろうね。みんなに紹介しないと」
「犬が苦手な子はいませんでしたっけ?」
「ネリネたちは近所の大型犬とも遊んでいたから大丈夫。タマテんとこは?」
惚けていると尋ねられる。
「えっと、たぶんいない」
「それなら心配いらないわね」
「リュセルに犬のメニューも頼まないといけませんね」
(参った。まさか普通に説得するとはね。この人、どんな生き方してきたんだろ)
彼女が今まで接してきた大人とは一風変わった性質をしている。彼らの期待に応えられるなら恥も外聞もまったく気にしていないようだ。尊敬もできるし好きにもなれそうだと思う。
「よし、じゃあ続きいくぞ」
「はい!」
「ちょっと狭いか」
二頭は後部座席へ。尻尾を入れなくとも90cmくらいはある。かなり手狭に見える。
次の目的地はタマテのところの集合住宅。道案内に助手席へと移動したのでスペース的には楽だった。
「もういいよー」
感謝の表れなのか、二頭のナバック犬はフユキの顔を涎だらけにしている。
「狭いから暴れないでね」
「さすがに厳しいですか」
エイマとザイハは座席に足をあげて犬たちの居場所を確保。窮屈でありながらも表情は明るい。動物がいると心が安定する。タイキ先生がそれも考えていたのかはタマテにも分からない。
「名前付けてやんないとね」
「あるんじゃないか。首輪を見てみろ」
エイマが首元を探る。
「あった、札みたいなの」
「ドッグライセンスだ。予防接種の記録とかもあるが名前も書いてないか?」
「えっとね……、この子は『ベフ』?」
読み上げると『ワォン』と返事をする。
「合ってた。こっちの子が『ウル』」
「ウォフ!」
「ベフとウル、よろしくね」
今度はエイマがペロペロ攻撃を受けている。後部座席はにぎやかだ。不安ばかりが募る道行きだったが、一気に空気が軽くなった。
(どういうことだろう? ベフとウルとの出会いは偶然にしても、あそこに生き残りがいるのをフユキは分かっていたのよね)
少年は二頭の居場所を明確に示していた。
(ほんとにオカルト方面だな。オーラが見えるとかそういうレベルじゃない。遠く離れていてもそこに誰かがいるのが見えてるってことだもん。この子ってば何者?)
年齢の割に言動行動が幼く見えてしまう少年。その実、どこか落ち着いたところがあり激しい動揺も見せずに周囲を安定させる。生徒もいつの間にか彼を中心に集まっていることも多々あった。
(案外大物かも。よーく見ておこ)
少女は観察者を自認している。相手を見抜くことでできるだけトラブルを避けて生きてきた。現在のような逆境こそ自分を活かせるときだと思う。
(かけがえのない友達のためならね)
タマテは胸の奥の不安から懸命に目を逸らしていた。
次回『遺されしもの(4)』 「あ……、う、あ……。ああああー!」




