遺されしもの(4)
不安は徐々に膨張していく。
車窓を流れる街並みは破壊の色が濃い。倒壊している一軒家やマンションなどは衝撃波でなぎ倒されているのだろう。ベフとウルの家のように飛んできたがれきに押しつぶされたものも多い。
その原因が今タマテの目にしているもの。大きなクレーターができてしまっている。別に隕石が落ちてきたわけではない。アームドスキンのビームが地面に直撃してできたものだ。
(あんなの当たったら人間なんて消し飛んじゃう)
想像するだに怖ろしい。
(きっと骨も残んない。痛いって感じる暇も死にたくないって思う暇もなく人生が終わっちゃう)
脳裏に浮かぶのは爆死する自分の姿ではない。愛しい両親が爆炎の中に消えていく姿。彼女を形作る大切なものが壊れてしまう想像。
(怖……い……)
結果を知りたくない。知らなければ父も母もどこかで生きていると信じられる。でも、知ってしまったら……。
(もう振り払うことなんてできなくなる)
押しつぶされそうになる。考えないでいた、気付かないふりをしていた思いがあふれてきた。我慢していた涙がにじむ。
「……!」
頬を暖かくてザラリとしたものが撫でていく。いつの間にか助手席側に頭を伸ばしていたウルがタマテの涙を舐めとっていた。心配げに光るつぶらな瞳が自分だけに向いている。
頭にも重みが乗る。ウルの向こうから伸びてきた右手が髪を撫で、心配要らないとばかりにポンポンとする。顔は前を向いて運転に専念しているのに、先生は気配を察して案じてくれているのだ。
(目を逸らしちゃ駄目なんだ。今は忘れられても、あとできっと不安で塗りつぶされる)
下唇を噛んで前を向く。破壊された街という現実と対峙する。負けて自分の中に閉じこもってしまうような娘を両親は悲しんでしまうだろう。ちゃんと戦って、そして笑って再会するのだ。
「あれか?」
「うん……」
変貌した街を住所だけを頼りに通り抜けてたどりついた。窓ガラスが軒並み割れ、破壊の跡が生々しい集合住宅の群。タマテが家族と住んでいた棟が徐々に見えてくる。
まず現れた東側は無事でホッとする。しかし、全貌が露わになると彼女は悲鳴をかみ殺さなくてはならなかった。西側は完全に倒壊していたのだ。
「……くぅっ!」
「落ち着け。どこの部屋だ? 夕方は両親とも家にいたのか?」
息をのむタマテにタイキが訊く。
「父さんはまだ仕事だったと思う。でも、母さんは買い物にでも行ってなければ」
「在宅か。部屋は残ってるな?」
「う、うん」
幸い彼女のトリド家の部屋は無事だった。倒壊していない東側にある。車を停めた先生が「行くぞ」と促す。恐怖ですくむ足を叱咤して立ち上がった。
自室のある四階への階段をのぼった記憶が曖昧。後ろから声をかけられた気もするが耳を素通りしている。ドアを開ければ笑顔の両親が迎えてくれると願って無心に走った。
「あ……」
鍵のかかっていないドアを開けると室内は寒々としている。人のいる気配など微塵もない。身体が固まる。
「探すぞ。書き置きとか伝言とか残ってないか?」
先生に背中を押された。
「絶対にタマテのこと忘れたりしてないから!」
「必ずなにかあるはずです」
「探そ」
みんなが力づけてくれる。なのに心は千々に乱れる。荒れているのだ。泥棒でも入ったかのような印象。火事場泥棒的な誰かの手によるものかもしれないが不安は拭えない。
「そんな……」
彼女は真っ先に両親の部屋に行く。そこも無人で荒らされていた。がれきの埃を噛んだ靴跡がそこら中に残っている。
(連れていかれたんだ、ダジェン軍の人に)
父のスーツが壁に掛かっている。当日は帰宅したのだと窺えた。着替えた父と母は彼女の帰りを待っていたのかもしれない。
(探してくれたかもしれない。でも、見つからなくて……)
無事を祈りながら両親は待ってくれていたのだろう。そして軍人が不躾に侵入してくる。
(ぼくを捜してくれるよう頼んだんだよね。でも……)
彼らは任務を遂行する。銃を突きつけ懇願する両親の言うことも聞かず連行しようとする。
部屋に貼ってあった、タマテが幼い頃に描いた二人の似顔絵が床に落ちている。そこにも軍靴の汚れを残して。
(どんな目に遭わされているんだろう。ぼくが合宿みたいな変な暮らしを楽しんでいたとき、父さんと母さんは……)
タイキ先生の両親が受けた仕打ちが思い出される。金属の塊の銃で打ち据えられて倒れる姿が。
それだけじゃないかもしれない。向けられたのは銃口で、彼女の居場所をしゃべるよう強要された両親は答えられるはずもなく。
「あ……、う、あ……。ああああー!」
小さい子のように大粒の涙を落としながら大声をあげて泣いていた。
「父さん、母さん! あああぅあーん!」
「タマテ!」
「死んじゃやだー!」
大きな胸に包み込まれていた。ジャージの荒い繊維に頬をこすりつける。太い樹にすがりついたときみたいな力強さ。
「心配するな。絶対に見つけだす。必ず両親のところに帰してやるから」
気休めじゃない本気を感じさせる声だった。
「もう少し我慢してくれ。父親にはなれないが、その間は頼ってくれていい。守り抜いてみせる」
「うぅああー!」
腕が震えている。彼女以上に怒ってくれているのだ。歯を食いしばりながらタマテのことだけを思って耐えている。
(間違ってた。タイキ先生はほんとに生徒とか、他の誰かのことしか考えてない)
普通なら真っ先に探しに行きそうなものなのに、自分の両親には我慢するよう言っている。
(先生についていこう。先生だけを信じよう。この人ならどんな苦難も越えてぼくをあるべき未来に連れてってくれる)
タマテは安心できる胸の中ですべての不安を吐き出すように泣いた。
次回『メタリヤ猛攻(1)』 「いいじゃん。ねー、先生?」




