第44話 禁忌の双子と二人の騎士
「……なあ、ルキア。本当に、本っ当に、持って行く荷物はこれだけなのか? 遠慮しなくても大丈夫だぞ? オレたちが乗るのとは別に輸送馬車を頼んであるから、沢山あってもいいんだぞ?」
「えっと……なんか、すみません」
とうとうやってきた旅立ちの日。
空には雲一つなく美しい青が広がり、私の門出を祝福してくれるかのような、心地よい天気の朝だ。
身支度と荷物の準備を終えた私は、自宅まで迎えに来てくれるという騎士たちを待っていたのだけど……カイさんが私の荷物を見て、開口一番に出たのが先ほどの台詞である。
実はこれでもちょっと多めに持ち出したぐらいなんだけど、それは黙っておいた方が良さそうだ。
「あちらにだいたいの家具はあるとのことでしたし。趣味と特技が同じなので、これぐらいしか必要なものはないんですよ」
「それにしたってな、ルキア。君は女の子だぞ? ほら、化粧品とか宝石類とかさ。いくら顔を出せなかったとは言え、興味はなかったのか?」
「……なかったですねえ、全然」
魔術を込めておけるアミュレット用の魔石なら興味はあるけど、宝石や装飾品などに興味を持ったことは、残念ながら全くない。化粧品も然りだ。
だって、着飾ったところで誰にも見せられないし。化粧なんかしたって、顔の八割は隠してしまうのだし。
それなら、見栄えより動きやすさを重視したほうが良いと思っていたのだけど。
「――はっ! もしかして私、みっともない感じですか? 王都へ連れて行くには、恥ずかしい感じですか!?」
「いや、それはない全然ない。ルキアは可愛いから大丈夫」
カイさんが言い募るので、今の私は恥ずかしい姿なのかと慌ててしまった。
彼は真顔で首を横にふったので、見るに耐えないというわけではなさそうだ。
まあ、国の中心である王都と、辺境のこの街では流行なども違うだろうし、私が田舎者に見えることは変わらないだろうけど。
「ルキアは可愛いけどさ……なんというか、オレは君が過ごしてきた十七年を思うと涙が出そうだよ。年頃の女の子が、お洒落に興味を持てない環境だなんて……!」
「いや、それについてはあんまり気にしていないのですけど……」
むしろ、生活費を切り詰めて魔術書を買い込むような魔術オタクですみません……。
微妙な空気を漂わさせる私たちを尻目に、それほど多くない荷物はレンによってテキパキと荷車へ運ばれていく。
一個人の家の前に王家の印の入った馬車を連れてくるのも危なかったので、馬車にはメルキュールの入り口付近で待機してもらっているそうだ。
振り返れば、私物がなくなっていつも以上にガランとしてしまった私の家の景色。
十七年。思えば、ずいぶん長く暮らしてきたものだ。この家と残した家具類は、全てへレナを通してリーズリット家に処分を一任してある。
――きっと、もう二度と戻らない家だ。
「――……お世話になりました」
ぺこりと、無人の部屋へ頭を下げる。
決して立地がいいわけでもないし、部屋数も少ない。外装も内装もだいぶ傷んでいるし、庭もついていない小さな家。
それでも、晴れの日も雨の日も、朝も昼も夜も、ずっと私を隠し守ってきてくれた家だ。
ふと横を見れば、カイさんも同じように家に向かって頭を下げていた。
驚いて顔を上げれば、彼は穏やかに微笑んで返してくれる。
「色々もの申したいところはあるけどさ、ここまでルキアを守ってきてくれたんだ。連れていく人間としては、礼をしておかないとだろ?」
「……ありがとう、ございます」
当たり前だと言うように返してくれた彼に、胸の奥が温かくなる。
彼らはいつも私の気持ちを重んじてくれる。来てくれたのがこの二人だったからこそ、私はこうして晴れやかな気持ちで旅立つことができるんだろう。
この家を出て、必ず幸せになると。だから、心配しないでと。守ってくれた家に誓うことができる。
「――いつまで二人で話しこんでいるんだ」
ふと隣を見ると、いつの間にかレンが立っていた。もしかして、もう荷物を載せ終わったのか。業者顔負けの手際の良さだわ。
どこか拗ねたように鋭い赤眼を揺らすレンは、何故か手に小さな花束を握っていた。
「待たせてごめん、レン。荷物も有難う。ところで、それは?」
「別れの時は花束だろう? 違ったか?」
驚きつつもレンの顔を見上げると、こてんと首をかしげた後、彼はその花束を私の家の玄関へそっと供えた。
「レンお前、墓参りじゃないんだからさ……」
「ルキアをもらって行くのだから、何か贈りたかった。だが、家に菓子を贈るのも変だと思った」
「うん、発想は最高だけど、菓子はねーな」
「……ふふっ」
きっと後でうちに来るリーズリット家の人間は、突然の花束に驚くだろう。まさか終わりを告げる日に、こんなに温かい気持ちで家を出られるとは思わなかった。
カイさんは呆れたように眉を下げ、それを見るレンは不思議そうにまた首をかしげている。
そして私は、心からの笑みを浮かべて、もう一度家へ頭を下げた。
――きっと大丈夫だ。彼ら二人がいてくれる限り、何があってもこの旅路は、私にとって最高の思い出になる。
ゆっくりと背を向けて、今度は振り返らずに荷車を押しながら進んで行く。その足取りは、自分でも驚くほど軽やかだった。
* * *
さて、二人とともに歩きながらメルキュールの中央通りまでやってきた。家の前では外していたいつものフードも、通りに出る前にしっかりとかぶり直してある。
左右を聖騎士に固められた魔術師(顔隠し済み)なんて怪しいことこの上ないが、それもメルキュールを出るまでの辛抱だ。
……もっとも、純白の外套をなびかせる美形騎士が二人もいるんだから、周囲の視線は彼らばかりを追っていて、私なんて気にしていないようだけどね。
(……それにしても、八日か)
ここから王都まで、馬車を使ってもおよそ八日もかかるらしい。
これでも途中途中に魔術での転移を挟んで短縮しているというのだから、歩き旅ならどれほどかかるかなど考えるのも恐ろしい。
やっぱりここは辺境なのだと、改めて痛感してまうわ。
(もっとも、私の場合は楽しみでもあるんだけどね)
長旅に緊張がないわけではないけど、他の人にはありふれた景色でさえ、私にとっては全てが初めてのものになる。
もちろん、魔物の危険もある以上楽観視してはいけないが、どんなものが見られるのか、胸の内はワクワクしているのだ。
「楽しそうだな、ルキア。うんうん、帰路はオレも退屈しないで済みそうだ」
「……ああ」
口に出したつもりはなかったのだけど、いつの間にか左右の騎士は穏やかに笑いながら私を見ていた。どうやら顔……もとい口元に期待が出てしまったらしい。
ぽんぽんと頭を撫でてくれるレンに、赤く染まった顔を隠すべくフードを引き下した。
穏やかに和やかに、私たちの歩みは進んでいって――
「お待ち下さい」
しかし突然、背後からかけられた必死な声に、ゆるやかな歩みを止めた。
(この声は……)
聞こえてきたのは若い女性の声。つい最近知って、さよならを告げたばかりの彼女の声だ。聞き間違えるはずはない。
「ロザリア、どうし……えええええええええええええ!?」
慌てて振り返って――直後、視界に入った彼女の姿に思わず奇声を上げてしまった。
貴族にしてはかなり落ち着いた意匠の臙脂色のドレスをまとう彼女は、私の反応に一瞬だけ驚いたが、すぐに笑みを浮かべて淑女の礼をとる。
――つい先日までは、その動作に合わせて灰桃色が踊っていたのだ。私と同じ色で、毛先をきれいに巻いた長い髪があった。それが、今は、
「貴女、その髪どうしたのよ!?」
――ロザリアの長い髪は、バッサリと切られてなくなっていた。
かろうじて額にかかる前髪と頭部の輪郭がよくわかるほどに短く揃えられたそれ。肩にギリギリ届く長さの私よりも、ずっとずっと短い。短髪のレンよりも短いのだ。
この国に短髪の女性がいないわけではない。お洒落として楽しむ人は多くいるし、誰もそれを咎めたりすることはない。
しかし、ロザリアが生きる貴族社会では、未だ古い慣習が生きている。
たとえば、跡継ぎと言えば男児を重んじる傾向だったり。たとえば、女性が足を露出することをよく思っていなかったり。何十年も前の常識が強く残っているのだ。
髪もそれで、長く美しい髪を『女の命』として尊ぶはずだ。
「そんなにバッサリ切っちゃって大丈夫なの!?」
「もちろん、貴族としては大丈夫ではないわよ。でも、だからこそ、私なりにけじめをつけたいと思って」
そういえば、ロザリアは今回の件で罰らしい罰は受けなかったと聞いた。ならばこれは、彼女なりに自分を罰したということなんだろうか。
すっかり短くなったそれをちょいちょいとつまみながら、ロザリアはどこか寂しそうに笑う。けれど、その目は屋敷の庭で会った時よりも、なんだかスッキリしているように感じた。
「両親とはちゃんと話せた?」
「……ええ、おかげ様で。今まで話せなかったことを、沢山話してきたわ。だから、貴女が出発する前に伝えておきたかったの」
ちらりと一瞬彼女の目が後ろを伺った。視線を追えば、少し離れたところで身なりの良い者たちが数人待機している。今回は一人で動いているわけではなさそうだ。
「……監視?」
「言い方が悪いわよ、お姉様。彼らは“護衛”よ。勝手に動きまわった私を心配してくれているだけ」
少しだけ身構えた私を安心させるように、よく似た顔は穏やかに笑って私を手招く。
左右の二人に目で合図を送ってから、私はロザリアに触れられる近くまで駆け寄った。
「ちょっとお姉様、近い近い」
「最後なんだからいいでしょ? それで、どうしたの?」
「これ、貴女に渡しておくべきだと思って」
お互いの意外な距離感に笑いながら、ロザリアが差し出したのは美しい細工の入った銀の鍵だった。もちろん、私の家のものではない。
「これは、どこの鍵?」
「屋敷の門の裏口の鍵よ。あの垣根の迷路にすぐ繋がる場所。この鍵を持っているのは両親と私、そして貴女だけよ」
あの広い庭、裏口なんてあったんだ。世界に四本だけしかないと言うそれを眺めれば、彼女はそれを「捨てないように」と私の手ごと握ってきた。
「……お父様とお母様は、ひどく反省していたわ。自分たちが臆病だったせいで、娘を死んだままにしていたって。これから心を入れ替えて、リーズリット家のしきたりに反抗するつもりのようよ。貴女を生き返らせるために」
「えぇ……そういうの今更いいんだけどな。私はもう王都へ行くんだし」
「そう言わないでよ。何かあった時に帰れる場所があるのは、きっと良いことよ? それに、私たちが話しをしたあの噴水の場所。貴女なら気付いたでしょう? 屋敷から死角になってるって」
「気付いたわ。貴族にしかわからない用途のものだと思ったんだけど?」
「あれは、貴女と密かに会うために作った場所よ。屋敷から見えないのは家主を欺くためじゃない。もしリーズリットの老人たちが来ても、貴女が見つからないように作ったの。……もっとも、臆病な両親は使う勇気もなくて、結局使えずにあの日になってしまったのだけど」
「…………」
なるほど、それなら納得だ。背の高い垣根の迷路もあの妙な位置取りも、私と会っていることを隠すためだったのか。
「そんな良い場所を作っておきながら、肝心の当人たちが臆病風に吹かれちゃ仕方ないでしょうに」
「同感だけれどね、会いたいという想いはずっとあったのだと知っておいて。その鍵を使ってこっそりと屋敷へ侵入してくれるも良し。もちろん正門から堂々と入ってくれても構わないわ。あの屋敷を、何かあった時に使えるものとして覚えておいて」
「……まあ、貰えるのなら貰っておくわね」
私が了承すれば、ロザリアはようやく手をはなして、また穏やかに笑った。……この子、本当はこんな風に笑える子だったのね。同じ顔の私よりもどこか大人びて見える。
私の方が姉なんだけどなーとぼんやり見つめていると、
「ルキア様!」
「ぐふっ!?」
突然真横から体当たりを食らってしまった。近くにいたロザリアごとぎゅうっと抱きしめてきたのは、久しぶりに会ったヘレナだった。割と恰幅の良い体つきなので、色々溢れてちょっと苦しい。
「ちょ、ヘレナ苦しい苦しい……」
「お二人ともご立派になられて、ヘレナは嬉しゅうございます……どうかどうか、お体に気をつけて。何かあったらいつでも帰ってきて下さいね……」
ぼろぼろと彼女の頬を伝ったものが、私とロザリアにこぼれ落ちてくる。まだ温かいそれに二人で苦笑しながら、ヘレナの腕をそっと撫でた。
「大丈夫よ、心配しないで。元気で頑張ってくるわ、“お母さん”」
「母親ならば娘を信頼してあげて。お姉様は強いわ」
「うぅっ……ううぅ……」
慰めてもまだ泣き止まないヘレナを、騎士二人にも手伝ってもらいながら何とか引き離す。
本当はもっと別れを惜しみたいところだけど、馬車ではすでに視察官さんが待っているそうだし。……あまり長くなって決意を鈍らせても仕方ない。
「ねえ、帰る予定はなくても、手紙ぐらいは書いてくれるかしら?」
「そうね、落ち着いたら貴女宛てに書くわ。王都の素晴らしさを思いっきり自慢する手紙をね」
「あら素敵。楽しみに待っているわ」
まだ泣き止まないヘレナの背を撫でながら、ロザリアはとびきりの笑顔で私に手を振る。
「いってらっしゃい、“ルキア”」
「うん、いってくるわね、ロザリア」
それは、どこにでもある姉妹の挨拶だった。
ここまでの騒動が嘘のような、当たり前の挨拶。ロザリアとこんな風に喋れるなんて、夢にも思っていなかった。
ぶんぶんと大きく手を振り返して、前へ進む歩みを再開する。進む道は違うけど、きっとこの先でまた、あの子とは会えるだろう。……もしかしたら、両親にも。
「……なんかこう、いいところは全部妹に持ってかれた気がするな、オレたち」
「大丈夫だ、これから八日ある。服も装飾も、俺たちが沢山贈ればいい」
「お前、普通に喋れるのなら同僚にもそうしてやれよ。まあでも、同感だ。長い長い旅路、楽しむとするか!」
「お待たせしました。二人とも、何か?」
「なんでもない、行こうルキア」
何故か仰々しく差し出された二人の手をとって、新たな世界へと歩みを進める。
空は高く澄み渡り、温かな日差しはこれからの日々の素晴らしさを約束してくれるようだ。
『禁忌の双子』に別れを告げて、美しい二人の騎士が導いてくれる幸せへ向かう。
これからの私の活躍にご期待下さい!ってね。
「それでは、いってきます!」
フードを脱ぎ捨てて見た外の世界は、遠く遠く、どこまでも輝いている。




