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第42話 カイの報告書

 アウリール地方の定期視察、及び領主『リーズリット侯爵家』にまつわる報告書。


 今回の視察の結果、アードルフ・リーズリットは模範的な領主であり、領地における政治的な問題点は認められなかった。

 担当視察官が預かった記録・書類についても虚偽の報告はなし。

 魔物による被害も非常に少なく、優良な領地であるといえる。


 反面、人為的な事故や犯罪の記録が少々多く見受けられた。

 だが、その対策として公安機関の他、各種自治体を設置し、それらも正常に機能している模様。


 今回の定期視察では問題は認められなかったため、視察官はこのまま領主の継続を支持するものと思われる。


 神官部署から勧誘のあった『ルキア・リーズリット』について。

 極めて高い能力を保有しており、魔術師でありながら単独での戦闘も可能であることを確認済み。即戦力として期待できると思われる。


 本人も神官職に対して好印象を抱いており、今回の勧誘についても了承を得ている。

 今後の人事に関しては、神官部署へ一任するものとして、メルキュール市からの護送任務を続行する。


 侯爵家令嬢『ロザリア・リーズリット』について。

 一時的に賊と交流があった形跡が見られたが、『凶悪な賊を捕縛(ほばく)するため、捜査に協力していた』と報告を受けている。

 組織名『盗賊一団・赤髑髏(あかどくろ)』の捕縛に貢献しており、公安機関から感謝状が送られている。


 また、双子の姉妹ルキアが魔術の才を有していたのに対し、ロザリアの方は極めて高い『薬物耐性』を保有していることが今回の一件で明らかになった。


 数年前より、公安機関の管理する毒物や薬物の抗体作成に協力していた記録も残っている。

 ※別紙参照。なお、これは彼女個人と機関とが協力関係を結んでいたようで、リーズリット家は関与していないそうだ。


 今回の『赤髑髏』の捕縛に関しても、極めて中毒性の高い薬物である*****を用いていたことが発覚。

 ※彼女自身から得た血清を処置した結果、捕縛された賊の症状が緩和しているという報告が届いている。しかし、方法が非人道的であったということから、少々問題になっているそうだ。


 ロザリアに関する報告は、個別にメルキュール市の公安機関から提出される予定。

 この件に関しては聖騎士団だけではなく、神官部署および医療・薬学の研究機関にも意見を――



「…………あー駄目だ、うまくまとまらねえ……」


 男性特有の固い書体で綴られた報告書を睨みつけながら、カイは深い溜め息をついた。

 元々、体を動かすことが本職の騎士である。言葉が足りないレンよりはマシというだけで、カイもまた机仕事は得意ではなかった。


 ロザリアが引き起こした騒動からすでに二日。

 変わらずリーズリット邸に勤めている彼らは、一応穏やかに視察の最後のまとめ作業を進めている。

 少し屋敷の外へ視線を向ければ、調査の人間が走りまわっていたりするのだが、護衛役に戻された彼ら騎士の周辺は静かなものだ。

 ……関与できる域をこえてしまっている、ということでもあるのだが。


「ルキアが許すって言うから誤魔化して書いちゃあいるが……いくら何でも厳しいよなあ。嘘の報告をするわけにもいかないし」


 再び紫檀(したん)製の高そうな机へ視線を戻すが、すでに書き損じた報告書が山を成している。

 何せ、ルキアが殺されかけたのは事実なのだ。ただの賞金稼ぎと国直属の神官とでは、害意を向けた場合の対処も変わってきてしまう。

 ロザリアは『あくまで怪我をさせる程度に留めろ』と依頼をしていたらしいのだが、それが通用するほど賊に倫理観を期待してはいけない。


 ちなみに、彼女がアレをけしかけた理由は、純粋に嫌がらせであったそうだ。

『田舎の賊にも勝てなければ、神官になる自信を喪失するはず』だと思っていたそうだが、腕利きの賞金稼ぎだったルキアはロザリアの予想より強く、ずいぶん長丁場の戦いになってしまった。

 そもそも、単独戦闘ができる魔術師なんて、王都にもそうそういない。ルキアが異常なのだ。


 その結果、領主の屋敷まで巻き込んでの大騒ぎになってしまったわけだが……そんな相手を『姉妹喧嘩』で許してしまったルキアのお人よしさ加減には、レンとそろって呆れてしまった。


「まあ実際、今回の一件で赤髑髏は壊滅。公安もロザリアに協力してもらってたって言うんだから、嘘は書いちゃいないんだけどな……」


 リーズリット家以外にも、問題がぽんぽん出てきて、頭が痛い。

 あの賊どもをいいように扱っていた原因である麻薬。それを提供したのが、他ならぬ公安機関だったというのだから。


 出どころは別の賊から押収したものだったそうだが、中毒性の高さは自分たち聖騎士団が知る中でもかなり上位に入る危険なものだ。

 いくら抗体が欲しかったとは言え、一個人にホイホイ渡していいシロモノじゃない。管理が杜撰(ずさん)にもほどがある。


 この件に関しては、カイたちの“上”からきっちりとお叱りがとんでくることだろう。

 元々人為的な問題の多い街であるし、この機会にもっときちんとした組織に変わってくれることを願いたい。


(しかし、アレを扱えるとか……ロザリアも普通じゃないよな)


 あの薬物は粉末を熱して煙状にし、吸って使うのが主なやり方のものだ。

 ロザリアは、その薬物を己の衣服にたっぷり焚き()めて、かつ赤髑髏への報酬の袋の中にも煙と粉末の両方を仕込んであったらしい。粉末の方は、ご丁寧に煙草(たばこ)に紛れさせて。


 依頼時は雨だったため、賊も匂いに対して鈍感になっていたのだろう。

 意図せずしっかり吸わされてしまった結果が、カイとレンが戦ったあの頭のネジが飛んでしまった連中だ。

 ロザリア本人も一応検査を受けさせたが、こちらは全く症状が出ていなかったらしい。


「まあ、薬全般が効かないってんだから、本人からしたら嬉しくない体質だろうけどな」


 病気にでもなったらことだが、その体質そのものはとんでもなく希少だ。

 今回の目的だったルキア以上に欲しがる人間は多いだろう。全く、恐ろしい姉妹がいたものだ。

 

 今回の護送任務はルキアだけが対象だが、この報告を届ければロザリアも王都へ召集されることになるかもしれない。

 ……いや、むしろ王家が召集してくれないと、別のところで問題が起こりそうだ。


「その時は、オレは護衛したくないなあ」


 くるくるとペンを回しながら、再び息を吐く。

 ロザリアには出会った初日から振り回されたカイだが、あの好意的な態度は全て『演技』だったのだと、あの後本人から直接教えられている。


 自分を見てくれない両親を困らせたくて、『ありがちなワガママ令嬢』を演じた結果が、あの面倒な茶会やカイの前での無作法な振る舞いだったらしい。


 しかし、両親はそんなロザリアのワガママをあっさり通してしまい、更には途中からルキアに関わる話になってしまったため、誤解をとくこともなく演技を止めてしまったそうだ。

 ……中身のない話ししかできなかったのも、演技なら納得というものだ。


(実際、本物のロザリア嬢はちゃんと貴族令嬢してたしなあ)


 やったことは決して褒められないが、ルキアと和解した後の彼女の立ち居振る舞いは、淑女のそれであった。きっとこちらが本物のロザリアなのだろう。


 ……多分、これまでワガママを言うこともなかったのだろう。それでリーズリット夫妻は、あっさりとあの妙な茶会を許可してしまったのだ。

 ロザリアをちゃんと見ていたのなら、演技だと見抜けたかもしれないのに。


「……今回オレたち、振り回されてばっかりだな。騎士の肩書きが泣くぜ」


 一応ルキアの窮地を救ってはいるが、最終的にロザリアと話しをつけたのはルキア本人である。

 『聖騎士団の騎士』という世の女性が憧れる立場でありながら、格好良い部分を見せることなくメルキュールを出ることになりそうだ。

 レンも屋敷での戦いの際、ルキアに守られてしまったと言っていたし。


「ま、これからまた八日間の長旅だ。その間に男としての株は上げることにして……まずはコレ、なんとかしないとな」


 先ほどまで書いていた紙を、机の端の山へと放り投げ、カイは再び額を押さえながらペンを走らせる。


 ――そうして、なんとか本人が納得できる報告書ができあがったのは、それから数時間後のことだった。


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