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第40話 光と薔薇

 だいぶ離されてしまったと思っていたロザリアは、意外にもすぐに追いつくことができる所にいた。

 背の高い垣根の迷路を進んだ先、ふと道が途切れたと思えば、視界に飛び込むのはぽっかりと空いた芝生地。中央には白い石の女神の像を擁した噴水が立っている。


 恐らく、貴族たちが密談に使うための場所なのだろう。周囲は私よりも遥かに上背のある植木と垣根に囲まれており、噴水の位置も絶妙な角度にある。

 屋敷から死角になるよう計算してあるのだろうけど、そんなものを何に使うのかは知らない。


「さすがお姉様、早かったですね」


 その噴水の(へり)に、ロザリアはゆったりと腰掛けて笑っていた。

 追いかけてきた私が現れたのに、待っていたとでも言わんばかりの余裕の表情で。


(……やっぱり罠だったかしら)


 呼びかけには応えず、ざっと周囲に視線を向ける。

 確かに密談にはぴったりの場所のようだが、魔術的な気配は一切感じない。人が隠れ潜むには少々狭いし、物理的な罠を仕掛けるにしても大したものは仕込めないだろう。

 一通りの安全確認をしていれば、「心配性ですね」と眉を下げたロザリアがまた笑う。


「ここには何の仕掛けもありませんわ。屋敷のものを壊すのは嫌ですし、あの賊たちも門の前に集めたのが全員です」


「……何を(たくら)んでいるの?」


「企むなんて、野蛮な発想ですわね」


 眉間に皺を寄せて問いかける私に、ロザリアは笑みを浮かべたまま「ふむ」と考えるように(うつむ)く。私と同じ色の髪が、さらさらと風に踊る。


()いて言うなら、お姉様とお話しをしようかと思っています」


「話? 最初に断られた気がしたけど?」


 穏便に済ませたいと提案した私を『話すことなどない』と一蹴したのはロザリアの方だ。なのに、今度は話しがしたいだなんて虫が良すぎるだろう。

 目を細めて返せば、ロザリアは少しだけ肩をすくめてから、また優雅に微笑む。

 貴族らしい、どこか余裕のある(たたず)まいは、(にら)みつけるぐらいでは崩れないようだ。


「あの時は話をする余裕がなかったのです。だって、あの不意打ちが“最初で最後”の好機だったんですもの」


「最初で最後?」


 妙な発言だ。そりゃあ私が追いかけてきた二人の魔術師は、初撃以降パッとしない行動ばかりで、結局勝手に自滅してしまったけど。

 それにしたって、門の所にも結構な人数が居たはずだ。自分の『味方』に対する評価とは思えない。


「お姉様、そんなに意外そうな顔をなさらないで下さいまし。聖騎士団から“たった二人だけで護衛を任された”あの方々と、神官に推挙された貴女ですよ? たかが賊ごときが、敵う訳がないでしょう」


「それは……」


 確かに、王都からの旅路を最低人数で任されるということは、すなわち『あの二人ならその人数で足りる』ということだ。

 レンとカイさんの腕前は私も知っているし、だからこそあの場をレンに任せてロザリアを追ったのだし。

 ――しかし、この言い方……『ごとき』なんて口にするということは。


「お姉様は顔に出やすいのですね。ええ、彼らは味方などではありませんわ。少しばかり借りただけです。今日のことが済み次第、即公安機関へ身柄を引渡しますわよ?」


 にっこり、と。音がつきそうなほど爽やかに笑ったロザリアに、同じ顔なのに背筋が寒くなるような気がした。

 領主家が殺人も(いと)わない賊と繋がっている……という最悪の事態はなかったものの、それにしたって凶悪な賊と懸念されていた赤髑髏(どくろ)を『手駒』扱いとは。

 これが『貴族』として教育されてきた者との違いなのかしら。もっとも、賞金稼ぎとして『メシのタネ』扱いしてきた私も、似たようなものかもしれないけど。


「……何にしても、あいつらを使って命を狙われたのは確か。貴女のことはまだ敵だと思っているし、今は穏便に話し合いなんてできる気分じゃないわ」


「そう? でしたらどうぞ、私を攻撃なさって? 抵抗はいたしませんから、煮るなり焼くなりどうぞご自由に」


 気味の悪いものを感じつつも話し合いを断れば、ロザリアはひらりと細い腕を広げてみせる。

 高そうな身なりに少女らしい華奢(きゃしゃ)な体つき。どう見ても非戦闘員のくせに、顔にはずっと笑みを浮かべたままで、ますます気持ち悪い。

 ――こちらを馬鹿にしているようにも見えて、なんだかムカついてきた。


「話し合いをするつもりはないわ。でも、貴女は喋りなさいよ。私は被害者として、貴女の企みを知る権利があるはずだわ」


「ああ、なるほど。それは一理ありますね。聞いて頂けるのなら、いくらでも喋りますわ。何からお話しすればいいかしら?」


「……貴女が、私を殺したいほど憎んでいる理由について、よ」


 顔に出やすいと指摘されてしまったので、せめて声だけは感情を込めないようにして問いかける。

 私の質問はずっと一つだけだ。今まで一度も会ったことのなかった、血が繋がっているだけの妹。彼女に恨まれる理由が、私には全く覚えがない。


「私にとって、貴女は『知らない人』よ。好き嫌いを思うほど詳しくもないし、興味も持たなかったわ。それぐらい関われなかったのだもの。なのに、何故私を殺そうとしたの? 『同じ顔の他人』がそんなに目障りだった?」


「…………」


 淡々とした問いかけに、ずっと笑っていたロザリアから少しずつ表情が消えていく。

 優しげな令嬢が消えて、まるで人形のような固まった顔に。


「――一つ訂正させて。私は、貴女を殺そうなんて思っていないわ。命に関わる事態にしたのは、あの賊どもせいよ」


「それでも、そういうタチの悪い人間だと知っていて、赤髑髏を使ったんでしょう?」


「……そうね。そう言われてしまえば、何も言い返せないわ。でも、本当のことははっきりしておきたいから。貴女を憎んではいるけれど、殺意はないわ」


「……そう」


 ロザリアは、自分の口調が変わっていることに気付いているだろうか。

 先ほどまでの令嬢ぶった喋り方と違い、声の質も硬く、一つ一つを強く発音している。

 ……なんだか、賞金稼ぎとして戦う時の私と似ている気がする。こんな妙な部分で双子っぽさを感じるのも、複雑な心境だけど。


(しかし、殺意はなくても憎まれているのか)


 ロザリアの様子から察するに、多分これは本心だろう。

 殺すほどではなくても、私を憎んではいるわけだ。……憎まれる覚えも、全くないんだけど。

 

 そのまま口を閉ざしてしまったロザリアを、伺うこと数十秒。

 よく似た顔をじっと見つめて待ち続けていれば、やがて固まった表情に深く皺を刻みながら、彼女が再び口を開く。


「……ねえ、お姉様。貴女は私の存在をいつから知っていた?」


「詳しくは覚えていないわ。ただ、私の場合外に出られなかったからね。物心つく頃には、何かしら知っていたのだと思うけど?」


「そう……そうよね。貴女は規制されていた側だもの、当然よね。……私は六歳の誕生日だったわ。それまで『産まれてすぐに死んだ』と教えられていた貴女が、本当は生きていると知ったのは」


 ぽつりぽつりと、間をあけながら呟かれる言葉は、どこか寂しげに落ちていく。

 細い指先が静かに胸の前で組まれて、これじゃあまるで懺悔(ざんげ)を聞いているようだ。

 眉をひそめた私に、遠くへ視線を向けるロザリアは気付かない。


「誕生日の贈り物が二つ用意されていてね。お父様もお母様も泣いていたわ。私にとって嬉しい日に、泣いている二人が気にならないはずもなくてね、こっそりと盗み聞きをしたのよ。……その贈り物を『ルキアに届けてくれ』と言っていたわ。死んでいるはずの人間に、(そな)えてではなく“届けて”と言ったのよ」


「六歳の、誕生日?」


 記憶を辿ってみるものの、リーズリット家から何かを貰った覚えはない。そもそも、誕生日をちゃんと祝ったのももう何年も前のことだ。

 ……ただ、幼い頃はヘレナがケーキを持ってきてくれたのは覚えている。恐らく、あれが彼らからの贈り物だったのだろう。証拠が残らないよう、消え物にしたわけか。


「思いあたるものはあって?」


「多分ケーキね。ヘレナと二人で食べたわよ」


「……そう。ならやはり、残るものは渡せなかったのね。誰も着ていないドレスを見たことがあるわ。私にちょうど良さそうな仕立てなのに、お母様の洋服棚に仕舞われたままの、ね」


「……もしそれが私あてだったとしても、受け取り拒否したわよ」


 顔を出して外に出られない私に、ドレスなんて何に使えというのかしら。それならケーキの方がよほどマシだわ。

 思い切り顔をしかめた私に、ロザリアは少しだけ微笑む。きっとこの子のようなご令嬢なら、大喜びでドレスも受け取るのだろうけど。


「ごめんなさい、馬鹿にしているわけではないのよ。本当に違う価値観の生活をしていたのだと思って。……ええ、始まりはそんなこと。問い詰めれば渋りつつも教えてくれたわ。私の双子の姉は、隠されて生きているって」


「…………」


 微笑はすぐに消えた。ロザリアの顔から、また感情が抜けていく。

 それが決して楽しい記憶ではないと、私に訴えるように。


「……最初はね、私も仕方ないと思ったのよ。だってそうでしょう? 貴族として生きていられる私と、隠れたまま生活“させられている”貴女。誰が聞いても、不幸なのは貴女だわ。両親が(そば)にいない子を案ずるのは当然だし、私は家に残してもらえた者として、貴女に恥じない生き方をするべきだと思った」


 ゆっくりと、ロザリアの視線が私を(とら)える。

 私と同じ色をしているのに、その目からは何の思いも感じられない。


「……いつからだったかしらね。両親が、私の姿を通して、貴女を見ていると気付いたのは。名前を呼ぶ時に、少し間をおくことが増えたのは」


「ロザリア……?」


「日に何度も、貴女の家の方角を眺めて泣いているわ。ロザリアは傍にいるから、“いつでも会えるし、話しもできる”……傍にいるからこそ、彼らは『私』を見なくなった。顔形がよく似た、ルキアの成長を知るための子供。いつから、そんな風に接するようになったのかしらね」


 淡々とした声に嘲笑がまじる。

 そう、声は確かに(わら)っているのに、ロザリアの顔は(ろう)で固めたように無表情のまま。


「いい子でいたわ。勉強も礼儀作法も、私なりに頑張ってきたつもりよ。褒めて欲しかったもの。私の、ロザリアの話を聞いて欲しかったもの。……でも駄目ね。私が何をしても『ルキアだったら、きっとこうなる』にしか繋がらなかったわ」


 暗い青の中に、戸惑う私の顔が見える。


「……仕方ない、なんて思えなくなってしまったの。ここにいないのに、ずっと愛されて、求められている貴女が、私は羨ましくてたまらなかった」


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