第39話 そして役者だけが残る
(この屋敷の庭、まるで迷路ね……)
少し先を駆けて行く三人の後ろ姿を追いながら、その背景に広がるそれに短く息を吐く。
屋敷そのものの規模に比べて、リーズリット家は庭をずいぶん広くとっているらしい。
入り口から見えたそこは、色とりどりの花が咲くただ美しい場所だったが、奥へ進むにつれて同じような背の高い垣根が続き、方向感覚もだいぶ狂い始めている。
……ここで育ったロザリアはともかく、彼女にくっついている赤髑髏の魔術師たちも多分同じように思っているのだろう。
先ほどからチラチラと見える横顔は血色が悪く、不安さを隠そうともしていないのだから。
(まあ、ヤツらが本当に強敵だったら、今ごろこんな悠長に鬼ごっこなんてしてないだろうけど)
ちょうど角度のきつい曲がり角で、魔術師の一人が足を絡ませ転びかけた。追撃を入れようと思えばすぐ入れられるぐらいに、彼らには隙も多い。
初撃こそ緊急手段で防がなければ危険だったが、以降の魔術師二人は簡単な攻撃魔術しかうってこなかった。今も“優れた魔術師”とはほど遠い姿であり、どうにも彼らに違和感を覚えてしまう。
――まるで、初撃とは別人のようだ。
(私はすぐに距離をつめたし、あの短時間で逃げられるわけがない。最初の魔術もこいつらで間違いないのだけど)
いったい何なのだろう、この格差は。そりゃ敵対側としてはありがたいことなんだけど、何とも気味が悪い。
まだ何か隠しているのでは――あるいは、罠へ向けて誘いこまれているのでは。そんな不安はつきない。
(……私も万全とは言いがたいしね)
一応魔力にはまだ余裕がある。外傷もない……が、あの緊急魔術の“リスク”が、時間とともに痛みを増してきている。
実はあの魔術、詠唱を省くことができる代わりに――発動時に“肌を焼く”のだ。
今確認はできないけれど、恐らく仕込んできたわき腹の辺りが、魔術陣柄の火傷になっているだろう。
(だから使いたくなかったんだけどね)
まあ、仕込みがなければ死んでいたかもしれないのだから、火傷程度で済んでよかったのだけど。わかっていても、服が擦れて結構痛い。これを毎回仕込んでいる人とか、本当によく耐えられると思うわ。
(これ、痕が残らないといいんだけど……)
服で隠せる場所に描いたし、最悪残っても普段は目立たないだろうけど。それでも一応女として、傷が残るのは好ましくない。
ぴりぴりと痛む傷口を少しだけ押さえてから、再び彼らの後ろ姿へ視線を戻す。
――その、ほんの一瞬のことだった。
「……はっ!?」
魔術師のうちの一人がガクンと膝から崩れ落ちた。
走った勢いで転んだのではない。一度止まってから、膝をついたのだ。
(何? どういうこと?)
もう一人の魔術師は振り返りつつも走り続け、ロザリアにいたっては見向きもせずに奥へと進んで行ってしまう。
ひとまずその男へ追いついてみるけど、どうやら足止めに残されたというわけではなさそうだ。
「……あ、う……うぅ……っ」
「ちょ、ちょっと、何なの?」
走り疲れたのかと思ったが、何だか様子がおかしい。
すぐに発動できるよう防壁魔術を準備しながら、おそるおそる男の顔を覗きこむ。
……顔色が、恐ろしく悪い。白を通り越して土気色の肌の中で、唇だけが紫色に染まっている。苦しげな息づかいは走って乱れたものとは様子が違い、吸いこむ音ばかりがよく聞こえる。
「貴方、大丈夫なの?」
まさか、何か持病でもあるのだろうか。気味の悪いものを感じつつも、尋常ではない様子にまた一歩近付いてみる。
男は走り去った二人の方を見つめ、震える腕を必死に前へと伸ばす。見開かれた目は充血して真っ赤だ。
二度三度、その動作を繰り返したかと思えば――そのまま、男はばたんと倒れこんだ。受身も何もない痛そうな姿勢のまま、多分気絶したのだろう。
「な、なんなのよ……」
敵として追っていた人物だが、こんなおかしな倒れ方をされては、喜ぶよりも不安の方が勝ってしまう。そもそも、この男は膝をついてから、一度も私の方を見なかった。
敵の接近よりも、味方に置いていかれたことの方が気になったのか? あの魔術師が? それとも、ロザリアが?
「……と、とにかく、ロザリアを追わないと」
少し待ってみたが、男が動きだす気配はなさそうだ。気にはなるけど、今は逃げた二人を追うために再び足を動かす。
間があいてしまった分、いざとなったら≪身体強化≫で垣根を飛び越えて追わないと。魔力配分を考えながら、すぐ先の垣根を横切って――
「……はあ!?」
しかし、そんな考えはすぐに消し飛んでしまった。
逃げて行ったはずのもう一人の魔術師が、すぐ近くで倒れていたのだから。
「二人続けてって、どういうこと?」
どうやらロザリアは一人で先へ行ったようだ。ゆっくり距離をつめてみるが、男は私を警戒する素振りも見せない。先に倒れた男と同じように、変な呼吸をしながら前へ前へと腕を伸ばしている。
ずりずり、と這いずってでも進もうと足掻いているようだが、音がするだけで少しも前へは進んでいない。
「……貴方たち、何かの病気持ちなの?」
警戒しつつ質問してみるが、男は私には応えない。変な息の音の中に『くすり』という言葉が聞こえたような気がしたが――確かめる前に、彼もまた動かなくなってしまった。
「くすり……薬? やっぱり何かの病気だったのかしら」
問い質したいところだが、二人目の男ももうピクリとも反応しない。袖から伸びたままの腕は異様に細く、色の白さも相まって骨のように見える。
「赤髑髏は確かに私の敵だけど、だからってこんな姿はちょっとね」
気味が悪いというか、後味が悪いというか。敵は敵でも、別に命を奪うつもりはないのだ。これは公安機関に引き渡すより先に、お医者さんを手配した方が良いかもしれない。
「……向こうは何ともないといいんだけど」
まさかと思いつつも嫌な予感がして、少しだけ背後を振り返る。
レンに抑えてもらった男たちは、結構な人数が残っていた。赤髑髏が全員こうなんてありえないだろうけど、二人続けて妙なものを見てしまうとつい気になってしまう。
「……いや、今はロザリアを追わないと」
……気にはなるけれど、今の私には優先すべきことがある。彼らとて名の知れた盗賊団の幹部だ。死んでしまうようなことはないだろう……と思いたい。敵だったのだし、私にも彼らを心配している余裕があるわけじゃない。
男が動き出さないことを確認して、再び足を前へと動かす。
そういえば、二人とも私でなく前ばかりを気にしていたけれど……まさか、ロザリアが『薬』を持っている、なんてことはないわよね。
(……まさかね)
妙な考えを払うように首を振って、迷路のような垣根の道へと足を進める。
先ほどまで晴れていたはずの空はいつの間にか曇っており、生ぬるい風が辺りを包んでいた。




