ブライダル事業、始動
「殿下。わたくしに、この国で『ブライダル事業』を立ち上げさせていただけませんか?」
「ぶらいだるじぎょう……? 聞き慣れない言葉だな」
シグルドがきょとんとする。ふとした時に、そういった素の表情を向けてくれることがくすぐったかった。
アンネリーゼは彼が興味を持ってくれたことが光栄で、嬉々として身を乗り出す。
「結婚式をイベント化し、国を挙げて祝福するのです。それにより、人々に明日への活気を与え、ひいては婚姻率を高める……つまり、少子化対策へとつなげます」
「ほう。婚礼の儀式か……考えたこともなかったな」
シグルドは興味深そうに顎に手を当てた。
(結婚式は、人生の新たな門出。未来への期待と、ほんの少しの不安が入り混じるなかで、とりわけ花嫁衣裳に憧れている女性にとっては大切なもの)
そうだからこそ、求心力があると思うのだ。この国に差し込む暗い影を払拭する逆転劇、その可能性を秘めていると思う。これしかない、と思えるほどに。
アンネリーゼは、前世で培ったウェディングプランナーとしての情熱を込めて、一気に提案を続ける。
「よろしければ、手始めにモデルケースとなる式を挙げましょう。例えば……そうですね、この商店街にいる方などはどうでしょうか?」
「ふむ……。思い立ったが吉日、というからな。ここでアンネリーゼ嬢と再会したこと、そしてすばらしい案を頂戴したことも聖獣の導きだろう」
シグルドの口もとに、アンネリーゼは慌てて人差し指を伸ばす。
「シグルド様、〝アンネリーゼ嬢〟はもしよろしければお控えくださいませ。わたくしは祖国を追放された身――ここではただの〝アンネ〟でございます。アンネ、とお呼びいただけたら光栄でございますわ」
「あ、ああ、それもそうだな。……では、お言葉に甘えて。ア、ア、アンネ……」
(――いやいやいや、どうしてそんなにも照れていらっしゃるのですか!)
口もとを押さえながらそっぽを向いたシグルドの耳元が、ほんのりと赤い。
意外と女性慣れしていないといったら失礼に当たるかもしれないが、異性関係において堅物なのかもしれない。真面目そうな彼に、心がほんわりと温かくなる。
にこにこと微笑んでシグルドを見守っていると、彼は小さく咳払いをして話題を戻す。
「ちょうど俺の部下の兵士が、街の花屋の娘に惚れていてな。先日想いが通じ合い、ふたりは恋人関係になったようなのだ。だが、この不況で式を挙げる余裕がないと嘆いていたところだ」
(まあ、完璧なタイミング! 花屋さんと兵士さんの結婚式……想像しただけで素敵だわ! うう、ひさしぶりに職人魂に火が点いてきた!)
ここはウェディングプランナーとしての腕の見せ所であろう。伊達に何年も経験を積んできたわけではない。前世でだけれど。
アンネリーゼは、勢いのままにシグルドの手を両手で強く包み込む。
「それですわ、殿下! ぜひ、そのおふたりを担当させてください。お金をかけなくても、最高に幸せな式にしてみせます」
シグルドは、最初はつながれた手に戸惑っていたようだったけれど――アンネリーゼの意思のこもった目線を受けて、彼もまた彼女の手を握り返した。
「おもしろい。君を信じてみよう。必要な物資や場所は、俺が手配しよう」
「あ、ありがとうございます! かならずお役に立ってみせます」
意気投合したシグルドのことを、アンネリーゼは戦友のように思っていた。これが前世であったなら、彼は同じ案件を担当するスタッフ、仲間、同僚のような関係であっただろう。
(彼は一国の王太子であられるというのに……なんだか不思議な感じ)
自分などとても手の届かない身分の方であるけれど、こうして国の危機に立ち向かう仲間だと思うと、彼のことを身近に感じてしまう。彼がいてくれれば自分はどこまでもがんばれる気がする――そう思えた。




