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幼き日の邂逅

 シグルドと名乗った男――アルシェリア王国の王太子は、馬上からじっとアンネリーゼを見つめていた。切れ長の瞳に射抜かれるようで、アンネリーゼはたじろぐ。まるで自分の正体を見透かされてしまいそうで……。

 シグルドのまなざしには、驚きと、どこか懐かしむような色が混じっている。アンネリーゼは首をかしげつつも、不敬にならないよう伏せ目がちにその視線を受け止めた。

 シグルドは、わずかに意を決したふうに口を開く。


「……アンネ、と言ったか。俺の勘違いであったら申し訳ないのだが、貴女は隣国グランディール王国のアンネリーゼ・フォン・エルディナ侯爵令嬢ではないのか?」

「え……っ」


 あっさりと言い当てられてしまった。ここで「いえ、人違いです」などとごまかしては逆に失礼になってしまうだろう。なにより目の前の彼に嘘をつくわけにはいかなかった。


(だって、これからこの国にお世話になろうというのに、そのような不敬はできないわ)


 アンネリーゼは心を決めると、改めてシグルドに向き合う。


「不敬をお許しください。殿下のおっしゃるとおり、わたくしはアンネリーゼ・フォン・エルディナでございます。ですが、なぜわたくしの名を……? 確かに、王家や貴族同士の交流はございましたけれど、恐れながら、殿下とまともにお話をさせていただいた記憶はございませんわ」


 社交界の場で、軽く挨拶くらいはさせてもらっただろうけれど、一国の王太子と他国の侯爵令嬢が交流することはなかったはずだ。

 アンネリーゼは冷や汗が流れるのを感じた。すでに国外追放された身だ。下手に身分が絡めば、国際問題に発展しかねない。

 だが、シグルドはふっと口角を上げた。


「なんだ、覚えていないのか。君が幼いころ、君の聖獣――ユニコーンに乗せてもらったことがある。その菫色の瞳と、凛とした佇まいは当時と変わらないな」

(え……?)


 懐かしそうに微笑むシグルドに、アンネリーゼは過去を思い起こす。


(シグルド殿下を、エルドランにお乗せしたことがある……?)


 そういえば、隣国との親善儀式のときに小さな男の子をエルドランに乗せたことがあったような――。


「――あ! もしかして、あの時の泣きべそをかいていた少年がシグルド殿下だったのですか?」


 思わず口走り、アンネリーゼは慌てて口もとを押さえる。

 王族に向かって、泣き虫だった王子様とは失礼にもほどがあるだろう。


(けれど、思い出したわ! 昔、親善儀式でやってきた隣国の王子様が、エルドランに乗りたいって泣いてきかなかったことがあったっけ)


 まさかの再会に、アンネリーゼの緊張が少しだけ解けた。

 シグルドは馬から下りると、アンネリーゼの前に立った。間近で見ると、その体躯はたくましく、放たれる覇気は王者のそれであった。


「思い出してくれたか。君にそのような印象を持たれていたとは恥ずかしい限りだが」


 シグルドは、気恥ずかしそうにしながらも少しだけふてくされている。

 その仕草が、なんだか幼き日のあどけない殿下を彷彿とさせて、アンネリーゼは小さく笑ってしまった。


(大人になっても、あの時のかわいらしい男の子の面影が残っていらっしゃるのね)


 屈託なく笑っているアンネリーゼに、シグルドが気遣う視線を向ける。


「君がなぜ、このような旅装でひとりこの国にいるのか今は聞かない。だが、ひとつだけ教えてほしい。この国の惨状を見て、君はなにを思った?」

「……そうですね。率直に申し上げますと、とても……その、悲しいと感じてしまいました。前世の……いえ、わたしの知る限りでは、たとえば結婚式は未来を信じるための希望の儀式。ですが、今のこの街には、そうした人々の心を照らす光が足りないように思うのです」


 街を往く人々に活気はなく、人生を謳歌しているような輝きはない。

 皆、娯楽を楽しむ余裕はなく、日々を生きるのに精一杯なのだろう。

 シグルドも周囲の人々に目を向ける。


「そのとおりだ。原因不明の気候変動による不作、それにともなう少子化、そして人々の心の冷え込み。父上からも、なにか対策を打てと命じられているが、こうして市街地を見回ってはいるが、良い案が思いついていないのが現状だ。情けない限りだがな」

「いえ、そのようなことは……。自国の現状をなんとかしようと、ご自分の足で動いていらっしゃるお姿はご立派だと思います」


 たとえば自分の元婚約者だったルシアードであったら、どうだっただろう。アンネリーゼの聖獣の恩恵もあり、恵まれた自国で何不自由なく生きてきた人物だ。妹にそそのかされて婚約破棄を申し出たとおり、考えなしに動いてしまう幼稚なところがある。王族として国やそこに暮らす人々の生活を背負っている立場という自覚がないのだ。


(……だから、たぶん己の足を動かさず、自分は上から下々に命令するばかりだったと思うわ)


 だからこそ、問題解決に奔走しているシグルドのことを素晴らしいと思った。

 情けなくなんか、ない。

 シグルドの金茶色の瞳が、真剣なまなざしでアンネリーゼを射抜く。


「それを踏まえて尋ねたい。君なら、どうする?」


 彼が心から自分を頼ってくれているのがわかった。それくらい切実な声音だった。


(頑張っている殿下。なんとかお力になりたい)


 アンネリーゼは深く息を吸い込み、ずっと考えていた決意を言葉にする――。

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