舞い込んだ祝福
空を舞うブーケに向かい、娘たちがいっせいに手を伸ばした。けれども、ふわりと風に煽られたブーケは、彼女たちの頭上を大きく越えていく。
「えっ、わわっ!」
――こっちに来る⁉
まっすぐこちらへ飛んできた花束に、アンネリーゼは反射的に手を伸ばした。すると、腕の中にすっぽりと、作りたての花々の芳しい香りが収まる。新婦を象徴する小さなカスミソウたちが、喜ばしそうに揺れていた。
「……アンネ様だ!」
「次はアンネ様が花嫁さんですね!」
周囲からワッと歓声と冷やかし混じりの拍手が沸き起こる。
(わわわわ、なんだかこれ、とてつもなく恥ずかしい……!)
花嫁のブーケをゲットできた喜びと、それを皆に祝福される恥ずかしさが入り混じる。
アンネリーゼは真っ赤になってその場に立ち尽くした。自分でも戸惑ってしまうのだけれど、思わず少し離れたところでこちらを見守っているシグルドをチラリと見てしまう。どんな反応を、しているだろうかと……。
シグルドも驚いたように目を見開き、それから以前宝物庫で見た時のような、どこか熱を帯びた眼差しでこちらを見つめていた。その視線に、アンネリーゼは鼓動がドキリと音を立てる。
(どうしてシグルド様のことを、見てしまうんだろう……?)
――それはきっと、彼のことを身近に感じ始めているから。
腕に収まっているカスミソウのブーケで顔を隠しながらも、恥ずかしいけれどなんて喜ばしい日なのだろうと思わずにはいられなかった。
***
「アンネ、君は本当にすごいな。この光景を見ていると、この国に光が戻ってくるような気がする」
ブーケトスも終わり、いよいよ式は参列者へプチギフトを配る最後のひとときへと移ろうとしていた。会場が温かな幸福感に包まれるなかで、隣で微笑むシグルドの金茶色の瞳が、真剣なまなざしでアンネリーゼを見つめる。
「あ、ありがとうございます。こうして滞りなく式が進行できましたのは、本当に、新郎新婦や司会、そして参列してくださった皆様のご協力のおかげですわ」
彼に認められたことが、なによりもうれしいと感じている自分に気づき、アンネリーゼはじんわりと頬を赤らめる。手もとに大切に持ったブーケで照れた顔を隠していると、シグルドが穏やかなまなざしを向けた。
「美しいブーケだな。君にもよく似合っている。君は、そういった小花が好きなのか?」
「え? あ、はい。大輪のお花ももちろん華やかだと思うのですが、自分は裏方の仕事が好きなので、どちらかというとこういった控えめで小さなお花が好きです。ひとつひとつが小さなお花でも、こうして寄り集まって華やかな花束となる――それが、皆の力を合わせて至福の式を作り上げるブライダル事業に通ずる気がして」
「……そうか。よし、わかった」
――な、なにがですか?
そう聞き返したかったけれど、シグルドが妙にうれしそうにひとりで納得していたので、アンネリーゼは小さく微笑んでその言葉を吞み込んだ。
(かわいらしい殿下。こうして一緒にいると、落ち着くし、いつも楽しい)
彼といると笑顔になれる――アンネリーゼはそのことに気がついた。
こうしてシグルドやこの国の人たちと一緒にいられる時間が続くといいなと思う。自分が自分らしくいられる大切な居場所を見つけられた気がした。
そうして迎えた式の最後には、ささやかながらも心のこもったプチギフトを配り、会場は柔らかい多幸感で満たされる。プチギフトは、街の喫茶店のオーナーたちが、総力を結集して作り上げた渾身のハート形クッキーだ。かわいらしいリボンでくくられた小袋に入っていて、それを受け取るだけで幸せのお裾分けをもらった気持ちになる。
アンネリーゼが、ゲストが全員退出するまで見届けていると、花嫁がプチギフトの小包の入った籠を持ってやって来る。籠もまた、彼女が丹精込めて育てた花で飾られていた。花嫁が、プチギフトをアンネリーゼに差し出す。
「アンネ様、本日はステキなお式を企画してくださり、本当にありがとうございます。まるで本物のお姫様になれたみたいで、夢のような時間でした」
「こちらこそありがとう。お式が成功したのは、皆の協力はもちろんだけれど、一番は主役であるあなたや新郎さんのおかげよ。ブーケも、その、わたしなんかがいただいてしまって……」
そう言って人差し指で頬をかくと、花嫁が首を左右に振った。
「ふふふ、やっぱり気づいていらっしゃらなかったのですね。そのブーケ、ゲストのみんなには申し訳なかったのですが、アンネ様に向けて投げさせていただいたんですよ」
「え? そ、そうだったの?」
驚いているアンネリーゼの耳もとに、花嫁が口を寄せる。
「……どうか、シグルド殿下とお幸せになってくださいね!」
(――っ!)
花嫁はそれだけささやくと、軽やかな足取りで新郎のもとへと戻っていった。
残されたアンネリーゼは、真っ赤になったままその場に立ち尽くす。
こうして、アルシェリア王国での『ブライダル事業』は、国にとってもアンネリーゼにとっても、希望に満ちた第一歩を踏み出したのだった。




