月夜の贈り物
夜の領主の館、与えられた客間で、アンネリーゼは心地よい疲労感に包まれながらソファに身を横たえていた。窓から差し込む静かな月光が、テーブルに飾られたカスミソウのブーケをキレイに照らしている。
シグルドの手配によって、アンネリーゼは隣国からの客人という扱いになっていた。彼は地方巡回の途中であったため、ふたりは街を治める貴族の屋敷にある、王族を迎えるための格式高い客間に宿泊していたのだ。
(本当に、ステキな一日だったな……)
今日という時を振り返ると、街の人々の笑顔や、シグルドが浮かべた温かい笑みが次々と脳裏に浮かんでくる。
(それに、こんなにすばらしい贈り物までいただいてしまって)
アンネリーゼは、シグルドから贈られた、自分の瞳と同じ菫色の宝石がはめ込まれたブローチをかざした。
これは、式が終わったあと、シグルドが遠慮がちに差し出してきた物だった。
『元の金の腕輪では、手先を使う君の仕事の支障になってしまうかと思ってな。それで、〝リメイク〟をしてブローチにしてみたのだ』
覚えたばかりの言葉を自慢げに使うシグルドがかわいくてかわいくて……。
そして、自分がこの腕輪を気に入っていたことを覚えていてくれたことがうれしくて。
アンネリーゼは、うれしさと感動のあまり、涙をこぼして喜んだ。
それでシグルドをまた慌てさせてしまったのだけれど――そのあとお互いに笑い合って、大切にしますとお礼を伝えて。彼との心の距離が一気に近づいた気がしていた。
ブローチを両手で包み込むように胸の前で持ち、アンネリーゼは天井を仰いだ。
(……シグルド殿下、本当にステキな方だわ。一緒にいると楽しくて、ドキドキしてしまって。もう、自分でもどうしたらいいのかわからない)
ブローチをそっとなでると、胸の奥がまたドキリと音を立てる。
その時、霧が晴れるように目の前にエルドランが姿を現した。彼は少年の人間のような声を念話で響かせ、ふわりとたてがみを揺らす。
『アンネ、お疲れさま。今日は本当にいいお式だったね』
「ええ。エルドランも見守っていてくれてありがとう。協力してくれた皆さんに感謝しなくちゃね」
アンネリーゼが微笑んで答えると、エルドランは少し真面目な顔をして、アンネリーゼの手もとにあるブローチを見つめた。
『いきなりだけれどね、ボクはシグルドのこと、気に入っているよ。だって、聖獣の加護の力を借りれば、この国の窮状……作物の不作とかね、急には無理だけれど少しずつ上向きにできると思うんだ。けれど、彼はボクの能力を借りようとしないで、自分たちの手でなんとかしようとしてるから』
「……エルドランも、そう思う?」
アンネリーゼは身を起こすと、少しだけ表情を引き締めた。
エルドランの言うとおり、自分の聖獣ユニコーンの加護をこの国で発動させれば、多くの困りごとがいい方向に向かい始めるだろう。急激に上がってしまった気温を、ゆるやかに元どおりにすることだって可能かもしれない。エルドランの守護がどこまで及ぶかによるだろうけれど。
(殿下は、当然にわたしがエルドランと共にいることを知っている。それなのに、安易に聖獣に頼ろうとしていないのよね)
エルドランが白いふさふさの尻尾を振る。
『うん。前の婚約者の男とは大違いだよ。彼はボクの力を〝管理〟して利用することしか考えていなかったけれど、シグルドは違う。彼はキミの知識と情熱を信じて、この国を自分の足で変えようとしている。それは、とても尊いことだと思うよ』
エルドランの言葉に、アンネリーゼは何度もうなずいた。
(シグルド様は、わたしが提案した『レンタルドレス』という斬新な仕組みをすぐに理解してくださって、自ら宝物庫を案内してくださったわ)
彼は決して楽な道を選ばず、この国の現状を正面から受け止めて戦っている。
――格好いい。そう、彼はとても、ステキなのだ。考え方も、やり方も。
そんな彼のことを、自分は――。
そう思いかけて、アンネリーゼはふるふると首を横に振った。
祖国を追放された侯爵令嬢……そんな自分が憧れていい人物ではないのだ、彼は。
「……わたしね、シグルド様と一緒にいると、不思議と力がみなぎってくるの。彼のためにもっと頑張りたいって、心から思えるのよ」
口にすると、なんだか急に恥ずかしくなって、アンネリーゼはクッションに顔を埋める。
エルドランが、けらけらとからかうように笑った。
『ふふ、アンネ。キミのそのうれしい気持ち、ボクには全部伝わっているよ。だからね、ボクはシグルドが本当に困った時、アンネにするのと同じように力を貸そうと思う。ボクは、アイツをもう一度、背中に乗せてやったっていいと思っているんだよ。小さい頃に乗せた時に比べて重くなってるだろうけどさ』
初めて聞いたエルドランのシグルドへの本音。エルドランが彼のことを信頼していることがわかって、アンネリーゼは心が熱くなる。
エルドランが、気恥ずかしいのかそっぽを向く。
『アンネを取られちゃうみたいで癪だけどさ。けれど、ボクはキミのこともアイツのことも大切に思っているよ。アイツになら、アンネを任せても……まあ、許せるかな。蹄で一発くらい蹴らせてもらって、憂さ晴らしするかもしれないけれど』
エルドランにからかわれて、アンネリーゼは顔を真っ赤にしながらも、窓の外に広がるこの国の未来に想いを馳せた――。




