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幸せの放物線

 そして迎えた式当日。

 会場となる広場は、新婦の娘が丹精込めて育てた花々で鮮やかに彩られていた。高価な装飾品はなくとも、そこにはこの国の人々の営みと誇りがあふれている。

 広場の片隅に立ち、アンネリーゼはスタッフよろしく現場を注視していた。なにかトラブルが起きた際に、見落とすことなく、即座に動けるようにするためだ。


「おめでとうございます!」


 会場では、自分が提案したウェルカムドリンクを手に、参列した街の人々が歓声を上げている。あのドリンクも、もとはといえば街で営む酒屋や喫茶店に相談し、皆が事業の趣旨に賛同して厚意で手配してくれたものだった。ウェルカムボードや、かわいらしい花々と共に会場を彩るウェルカムドールのぬいぐるみもまた、街の雑貨店の協力によって作られたものだった。文字どおり、この式は街の人々、皆で作り上げたものなのだ。


(……だからかな、式の準備をする間も、街のいろいろな人たちと打ち合わせをして、とても楽しかった)


 ここは花嫁や花婿の生まれ育った街だから、彼らを小さいころから見届けてきた大人たちが、まるで自分の娘や息子が結婚するかのごとく力を貸してくれたのだ。

 自分もまた、この式の準備を通じて、周囲の人々と仲良くなれたと思う。少しずつだけれど、自分の居場所を見つけられていくようでうれしかった。

 そんな感慨に浸っていると、式のクライマックス、花嫁によるブーケトスが始まった。ブーケトス自体が初の試みであるけれど、市井の若い娘たちが「次は自分があの花嫁のようなお姫様になるのだ」と意気込んで、快く企画に参加してくれていた。


(ふふふ、こういった趣向を凝らしたイベントも、結婚式の醍醐味よね)


 ブーケを持った花嫁の周囲に集まっていく若い娘たちを眺めながら、アンネリーゼは満足そうに何度もうなずく。隣でそんなアンネリーゼを微笑んで見つめていたシグルドが、ふと首をかしげた。


「アンネ。君はあのブーケトスに参加しないのか?」

「え、ええ? いえ、わたしは仕事ですから、そういうのは、その……」

「なぜ? あれは、受け取った者に花嫁の幸せの分配をするという演出なのだろう? その……見事ブーケを手にした女性が次に結婚するといういわれもあるのだろう。そうであるなら、君も……出てみてはどうだ? 無理にとは言わないが……」

「うーん、そう……ですね」


 殿下、えらくプッシュするなあ、とアンネリーゼこそ首をかしげてしまう。

 けれども、ブーケトスは自分で演出した企画だ。自分で参加してみてこそ見えてくるものもあるかもしれない。

 そう思い至ったアンネリーゼは、両の拳を握って意気込む。


「承知いたしました! わたしも、後方からこっそりと行ってまいります」

「そうか! よかった。俺は、頑張っている君にも幸せになってほしいと思っている。君にも、その……すばらしいパートナーが見つかるといいなと、願っているんだ」


 シグルドはそう言うと、屈託のない笑みを浮かべた。柔らかく細められた金茶色の瞳の不意打ちに、アンネリーゼは息を呑む。

 けれど、彼は自分の言った言葉が急に気恥ずかしくなったのか、すぐに視線を泳がせると、落ち着かない様子で後ろ頭をかいた。


「……あ、いや。今の言葉に、深い意味はないんだ。ただ、君のような優しい女性が報われないなんて、あってはならないことだと思っただけで……」


 少し赤くなった耳たぶを隠すようにして、そっぽを向いてしまうシグルド。その恥ずかしいという感情を隠せない仕草は、先ほどまでの頼もしい王太子の姿とは裏腹に、とてもかわいらしく見えてしまう。


(……そんなふうにまっすぐに願われてしまったら、困ってしまうわ)


 彼から向けられた飾りのない優しさ。それが胸の奥にゆっくりと沁み込んでいく。

 ――彼といると、気恥ずかしいけれど心地よい。

 それに気づいたアンネリーゼは、またもやドクンと大きな音を立てて心臓が跳ね上がる。

 そんなふたりのやり取りを、ブーケトスを待っていてくれている花嫁や花婿、会場の人々が温かく目を細めている。

 初めのうちは、王太子が市井の婚礼の儀式に出席するということで皆驚いていたけれど、国の窮状をなんとか救おうと奔走しているシグルドの人柄を知っている皆は、王太子のゲストとしての参加を大喜びで迎え入れてくれていた。

 シグルドと街の人々の絆が深まっていくことがアンネリーゼ自身もうれしくて――自意識過剰かもしれないけれど、この国に少しでも恩返しができたようで光栄だった。


「さあ、幸せのお裾分けです! 皆さま、前へ!」


 司会の景気よい声に誘われて、次々と街の若い娘たちが集まっていく。


「アンネ、行っておいで」


 シグルドがアンネリーゼの背中を優しく押す。アンネリーゼはうなずくと、若い娘たちの輪の後方に遠慮がちに立った。

 花嫁がこちらに背中を向けて、これから投げるのであろうブーケを手にしている。


(は、初めて参加したけれど、意外と緊張するわ、これ……)


 ドキドキとワクワクが入り混じった気持ち。これも喜びの連鎖の一環なのだろう。


「いきますよー! せーのっ!」


 そうして――花嫁が力いっぱい放り投げたブーケは、澄み渡る青空を背景にキレイな放物線を描いた。

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