四話◇それは正論……だが断る! ★
帰宅キャンセルさせて……!
ダリルさんの精神世界に一緒に入って。
異様な流れ方をしている魔力の気配に気が付いた僕は、好奇心を装って一人で端っこまで見に行った。
そこには、やけに粘度の高そうな金色の魔力が、ひび割れた外壁の隙間から外に出ようと纏わりついていた。
元を辿って視線を向けてみれば、どうやらその金色はさっきみたあのログハウスの中から漏れ出しているようだった。
近づかないでおこうと思った場所に、根源があって。
とりあえず壁のひび割れだけでもなんとかしてみようと思い、手を触れてみた。
僕自身のイデアで『修復の痕』を見ていたこともあって、どうすれば正しくそれを塞げるのか、分かる気がした。
そうして、おそらく強化された"聖"の魔力で壁の修繕を済ませたころ。
どういう訳なのか、ダリルさんが必死に走ってきて。
今にも倒れてしまいそうなほどに疲労困憊のまま、僕に尋ねた。
いま、何をしていたのか、と。
ダリルさんが落ち着くのを待って、粗方の事情を説明すると……。
何故か、堰を切ったように泣き出してしまった。
僕は必死で宥めようと、背中をさすったり、頭を撫でてみたり……ついにはぎゅっと抱き締めたりもしてしまったんだけど。
結局、泣き疲れてぼんやりするまで、ダリルさんが泣き止むことはなかった。
そのあいだ僕は、大好きな蜂蜜色が、泣き過ぎてこのまま溶けてしまうんじゃないかと変な心配をしていた。
現実に戻ってからのダリルさんは、精神的な疲労はそのままみたいだったけど。
泣き腫らした顔ではなくて、そこだけは安心した。
◇ ◇ ◇
あれから数日経って、僕らの距離感は微妙に変わった。
ダリルさんが、以前よりも一歩分くらい近い。
通常の距離が近くなったぶん、ふたりで同じ本や書面を覗き込むときなんかは、いっそ"触れている"……。
(嬉しいけど死にそう! 死にそうだけど嬉しい! ……ダメです、ダリルさんっ! 本の内容が頭に入ってきません……!)
ずっと研究室に篭っていたら身体に良くないかも、なんて言うダリルさんと、休暇中で人のいない中庭のベンチで雑談してたはずなんだけど。
いつのまにか、なんとなく一冊だけ持ってきていた本をふたりで読み始めていて。
もともとダリルさんが読んだことあるって聞いたから借りてみた本で、光魔法の本……面白いんだけど…………横で解説してくれる声も心地良いんだけど……もう中身わかんない。
……後でちゃんと読もう。
「ふぅ……。なんだか、すっかり長居しちゃったね」
なんの気無しに、そっと息をつくダリルさん。
耳のすぐそばで空気が震えて、正直僕は気が気じゃなくて。
「そっ、そうですね! ビタ……んっ、んん……日光ならもう十分浴びたんじゃないですかね……!?」
何か返事をしなきゃと思ったものの、動揺から、余計なことまで言いそうになってしまった。
「びた? ……ふふっ。アシェルくん、暑くてボーッとしちゃった? 戻って冷たいものでも飲もっか」
「…………はいっ!」
(……あっぶな……ビタミンDとか口走るところだった……。いや、言っても別に『何それ?』って言われるだけなんだけど……)
慌てて立ち上がり、もう慣れ親しんできた研究棟までの道を、並んで歩く僕たち。
302号室に戻ってからは。
ほんの少しだけのつもりが、結局お互いの論文課題について話し込んでしまい。
またしても、炎天下の氷のように時間が溶けていった。
その時に、まるでスポーツドリンクみたいな、ダリルさんの自作だという飲み物を飲んだりなんかして。
じゃあまた夜ご飯のときに……なんて、僕としては完全に結婚してると思うんだけど、なにか間違ってる?
(いや、でもやっぱり卒業したら改めて結婚式は挙げないと……!?)
そんな、現実にまでお花畑を咲かせそうな状態で研究室のドアを開けると。
朝には無かったものが視界に映った。
「…………え……」
近付いて、違和感の正体を確かめると。
夢見心地で301号室に戻った僕を待っていたのは、机の上にぽつんと置かれた一通の手紙だった。
差出人は書いてないけど、封蝋の刻印で分かってしまう。
(う……アリシアだ……)
恐る恐る封を開くと、そこには美しい文字で、簡潔かつ冷徹な事実だけが記されていた。
『 Jから聞いたけれど、もう目的は達成したのよね?
なら いつまでも研究室なんかに泊まり込んでないで、
早く帰ってきなさいよ 』
文面から立ち昇る凄まじい「圧」に、僕はそっと手紙を畳んだ。
何事もなかったかのように封筒に戻し、鞄の一番奥底へ丁寧にしまい込む。
「……うん。僕はまだ、なにも見てない……」
そう呟いて振り返った、その時だった。
「……おい」
――スパァンッ!!!
「いっ……たあ!?」
瞬間的に虚空から現れた人影の、その手が。
僕の脳天に容赦なく鋭い手刀を叩き込んだ。
涙目で頭を押さえて見上げると、そこには呆れ果てた顔のJが腕組みをして立っていた。
「なに見なかったフリしてんだァ? ……アホ坊がよ」
「いっ、痛いよJくん……! だって、まだ帰りたくないんだもん……」
「あァ? ガキかよ。……おら、さっさと返事書け、『明日帰ります』ってな。今からじゃねぇだけでも有り難く思いな」
「やだ! まだ帰らないよ、他の研究だってあるもん……! まだダリルさんと……」
「……はぁーあ」
Jは深いため息をつくと、哀れむような目で僕を見下ろした。
そんな目で見られたって、なんと言われたって、僕はまだここに残るんだからね……!
「お前、本気でそんなの通ると思ってんの?」
「思……い、ます……」
震える声で虚勢を張ると、Jはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「ハッ……わぁーったよ。いいかアシュ坊、俺は今回は大人しく帰ってやるけどよ」
Jの姿が、窓から差し込む夕日に溶けるように消えていく。
最後に残された言葉は、予言のように不吉に響いた。
「…………後悔すんなよ?」
恐ろしい捨て台詞を残してJが去ったあと、部屋には静寂が訪れて……。
ごくり、と。
僕の喉が上下する音が、聞こえた気がした。
脳裏をよぎる、この最悪の予想が正しいものなんだとしたら。
(……いやいやっ! まだ"そう"と決まったわけじゃないし!? もしかしたら、あと少しくらいなら……見逃してくれるかも…………)
そんなことはないと、頭のどこかでは分かっていた。
でも僕は、ささやかな期待に縋りたい……。
許されるなら。夏季休暇が終わるその日まで、しあわせに浸っていたかった。
(やだやだ言ってたって、仕方ないよ……。今は……)
とりあえず、現実逃避をします!
◇ ◇ ◇
残された時間は、わずかしかないかもしれない。
それなら全力でいい思い出を作りたい。
キッチンへと駆け込んだ僕は、今ある食材を確認していく。
「よしっ……これなら何とかなりそうだ。あとは時間だけど……まあ、間に合うかな?」
普段はダリルさんに任せきりだったキッチンに立ち、僕は無駄に気合を入れていた。
多分包丁は使わないんだけど、握る手にも熱がこもる。
(最後くらい……いや、最後じゃないけど! この合宿の締めくくりとして、ダリルさんを驚かせるくらい美味しいものを作るんだ……!)
幸い、僕が思い浮かべているレシピと、いまある食材の相性は悪くない。
僕は《風刃》の応用で野菜を素早くカットし、《火球》の繊細なコントロールで火加減を調整する。
研究で培った魔法制御技術を、今こそフル活用する時だ!
「……え、完璧じゃない? あれぇ……僕って料理の才能あったの……?」
テーブルに並んだのは、彩り豊かなサラダに、香草焼きのチキン、そして野菜をじっくり煮込んだスープ。
予想以上の出来栄えに、自分でも驚いていた。
――にぃちゃんのごはん、好きだよ。こげててもおいしいから、また作ってよ!――
「…………あ……」
何年振りかに響いた、"妹"の声。
前に聞こえた時よりも幼さの残る甘えた声に、ふわりと記憶の一部が通り抜けた。
(……そっか。僕、たまに料理してたんだっけ……)
なんとなくしんみりしかけたその時。
タイミングを見計らったように、キッチンのドアが開いた。
「わぁ……。すごくいい匂いがするね?」
鼻をひくつかせながら入ってきたダリルさんが、テーブルを見て目を丸くする。
「これ、全部アシェルくんが……?」
「はいっ! いつもダリルさんに甘えてばかりだったから、今日は僕が腕を振るいました。……お口に合うといいんですけど」
少し照れくさいなと思いながらもそう告げると、ダリルさんはパァッと満開の花が咲くみたいに笑った。
「すごいよアシェルくん! 魔法の研究だけじゃなくて、お料理まで出来ちゃうなんて……。ふふっ、きっといい旦那さんになれるね?」
「っ……!?」
無自覚な爆弾発言に僕は盛大に咳き込んだ。
ダリルさん、それ……どういう意味でしょうか。
僕はいったい誰の"いい旦那さん"になれるんでしょう……!?
「あっ、変なこと言ったかな? ごめんごめん。……でも本当に嬉しいよ。ありがとう、アシェルくん」
そうして始まった、僕たちだけの小さな晩餐会。
「おいしい……! このスープ、野菜がすごく甘くて優しい味だね」
「お肉も柔らかいし……アシェルくん、本当に天才かも」
一口食べるごとに、嬉しそうに感想をくれるダリルさん。
その笑顔を見ているだけで胸がいっぱいになって、僕はお腹が空いているはずなのに胸焼けしそうだった。
(……幸せだなぁ。こんな時間が、ずっと続けばいいのに……)
でも、部屋に帰れば「明日帰れ」という死刑宣告(手紙)が待っている。
この幸せは、砂時計の砂みたいに、あと数時間も経てば流れ落ちてしまうんだ。
「……アシェルくん、どうしたの? 食べないの?」
手が止まっていた僕を、ダリルさんが不思議そうに覗き込む。
「い、いえ! 食べます! ……ダリルさんが美味しそうに食べてくれるから、見てるだけでお腹いっぱいになっちゃって」
「もう、またそんなこと言って。ほら、アシェルくんもちゃんと食べないと」
そう言って、ダリルさんが自分の皿から切り分けたチキンを、フォークで差し出してきた。
「はい、どうぞ」
「えっ、ええ!? ……えぇぇえ……?」
空気に飲まれて、つい食べてしまった僕は……。
口の中に広がるハーブの香りと肉汁、そして何より「ダリルさんに食べさせてもらった」という甘すぎる事実に打ち震えていた。
(……っ、悔いは、ないっ! 明日、兄様にどれだけ怒られても、僕は今のこの瞬間のために生きてきたんだ……!)
◇ ◇ ◇
食後の片付けを二人で終えて。
満腹感と心地よい疲労感に包まれた僕らは、なぜか解散することもなく302号室に戻っていて。
どちらからともなく部屋の長椅子に並んで座っていた。
窓の外はもう完全に夜で、静寂だけが部屋を満たしている。
「……ふあぁ……」
座ったまま小さく伸びをしながら、ダリルさんがあくびをもらした。
研究の疲れと、お腹がいっぱいになったことで、眠気が襲ってきたみたいだ。
「眠いですか? ダリルさん」
「ん……ごめんね。アシェルくんのご飯が美味しくて」
「ふふ、光栄ですね」
とろんとした瞳で微笑むダリルさんに、僕も笑いかける。
「……お腹いっぱいになったら、眠くなるなんて……こども、みた……い……だよね…………」
途切れ途切れに話しながら。
その頭が、ゆらりと傾いて――
そのまま、僕の肩に重みが乗った。
「……ダ……リル、さん……?」
甘い香りが鼻をくすぐって。
ダリルさんの体温が、肩越しにじんわりと伝わってくる。
「……アシェルくん……あったかいね……」
寝言のように呟いて、ダリルさんは僕の腕にすり寄るように身体を預けてきた。
完全に無防備なその姿に、僕の心臓は早鐘を打ちまくっていたけれど……。
同時に、どうしようもない愛おしさが込み上げてきた。
(……離れたく、ないな)
そう強く思いながらも。
起こさないようにそっと抱き上げて、ここはベッドまで運んであげるべきシーンだと使命感に駆られる。
(……うん、いける。筋トレしててよかった……!)
多少プルプルしてるけど、絶対に落としたりなんかしない。意地なら負けない……はず。
なんてことを考えながら、何とか無事に少しの距離を運び終えた。
マットレスの上に慎重に寝かせて、ブランケットを肩まで掛けて……これで大丈夫、かな。
僕は部屋の明かりを落とすと、ドアノブに手をかけた。
最後に振り返って、一言だけ声をかける。
「……おやすみなさい、ダリルさん」
301に戻った僕は、頭まで布をかぶって丸くなると、この夢が覚めなければいいのにと思いながら、眠りについた。
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ここまで読んでいただきありがとうございます。
(えらいぞアシェルくん……!)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆期間限定 夏休みイベント☆
週3回(火・木・土 20:00)更新中です!
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*AI生成挿絵についての補足
本来なら制服の方が望ましかったのですが、あまりにも雰囲気が良かったので私服なのに採用してしまいました……!




