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乙女ゲームで存在しない悪役令嬢の双子の兄に転生してしまった【第五章◇進行中】  作者: かみながあき
第五章◇中等部二年生編(後期)

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五話◇お迎えがきました

Jってやっぱりヒマなんじゃないの……!?

 


 どうして今日も朝日が昇ってしまうのだろうか……。

 

 魔道具のお陰で暑くはない室内から、燦々と輝く夏の日差しを見つめて……。

 僕はそれに似つかわしくない、重く長い息を吐いた。

 

 帰りたくなんかないけど、仕方なく退去の準備を進めた室内は。

 研究に使用する機材はそのままに、僕の私物だけがきれいに片付けられていた。

 

(……もう、今年しかないのに……)

 

 ダリルさんと兄様は、今年学園を卒業してしまう。

 今みたいな距離と頻度で会える機会なんて、もうそんなに残されていないのに。

 

 

「アシェルくん、起きてる?」

 

 聞き馴染んだ優しいノックの音に続いて、ダリルさんの声が僕を呼ぶ。

 

「……っ、はーい! 起きてます」

 

 それだけで。

 単純な僕は、悩みよりも"嬉しい"に支配される。


「おはようございます、ダリルさんっ」


 ドアを開けて、自然と笑顔になって出迎える。

 目が覚めて最初に見るのがダリルさんの顔だなんて、すべての憂いを晴らすパワーがあるに決まってるんだよな。

 

「おはよう、アシェルくん。今日も元気いっぱいだね」

 

「ふふ、今となってはそれが取り柄ですから」

 

「それだけじゃないでしょ? あっ、ねえ。今日の朝はクレープでいいかな」

 

 こんな『どう考えても新婚でしょ』というやり取りも、今日で最後……。

 

 

「ちょっと……生地の分量間違えちゃって……作りすぎちゃったから、余ったらお昼にも食べよう?」

 

 そう言って恥ずかしそうに笑うダリルさんは、大量のクレープをランチバスケットごと机に置いた。

 お礼と"いただきます"をして、今日は部屋での朝食となった。

 

(くっそぉ……どうにかして逃げ切れないかな? 無理かな? ……やっぱ、無理……だよねぇ…………)

 

 悪あがきの方法を考えながら、ハムやチーズなんかが巻かれたクレープを無限に平らげていく。

 やけ食いじゃなくて、ちゃんと噛み締めて味わってるよ。……美味しくて泣ける。

 

「……すごいねアシェルくん。もう何個め?」


「…………んっ。……覚えてません」

 

 不意に問いかけられて、きちんと飲み込んでから答える。

 お昼の分までいま食べちゃうくらいの勢いだったから、さすがに食べ過ぎだっただろうか……。

 

「ふふっ。たくさん食べてくれてうれしいけど、食べ過ぎにはちゃんと気を付けるんだよ?」

 

「……やっぱり結婚してる……」

 

 はいっ! 大丈夫ですっ! ほんと美味しくていくらでも食べられそうです。


「えっ?」


「……え……? いま僕なんて――」

 

 きょとんと顔を見合わせた時。

 

 夢の終わりを告げるノックの音が響いた。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

「アシェル? アリシアから聞いたけれど、決め事を破ったそうだね? 研究熱心なのは分かるけど、それは良くないんじゃないのかな」

 

 カーティス兄様の突然の来訪に驚くダリルさんと、分かっていたけど凍りついてしまった僕。

 戸惑いながらも当たり障りのない挨拶を交わしたあと、兄様はついに本題を切り出した。

 

「……えと……はい……。申し訳ありません……」

 

 冷たいオーラは出ていないものの、あまりにも正論すぎる兄様の言葉に、僕は小さく身を縮こまらせることしか出来なかった。

 言い訳なんてしようものなら、それこそ冷気が襲ってきそうで……考えただけでも震えがきそうだ。

 

「え、アシェルくん……何かわるいこと、したの……?」

 

 気遣うような、悲しむような、ダリルさんの視線が痛い……。

 どうして僕は、おとなしく昨日のうちに手紙の返事を書かなかったんだろう。

 顔を俯けて逃げるなんてことは出来ず、視線だけを彷徨わせていると。

 

「……そうか。君は事情を知らなかったみたいだね」

 

 ぽつりと兄様が呟いた。

 どうやら、今回の件でダリルさんがとばっちりを受けることはなさそうだった。


(……よかった。僕の不始末のせいで、あやうくダリルさんまで叱られるところだったんだ……)

 

 あらためて、目先の幸福に縋った代償を知り、じわじわと自責の念がわいてくる。

 反省はするけれど後悔はしていないのは……たぶんバレちゃいけないことだよね。


(……そうだよ。一生に一度あるかないかのチャンスを自分から手放せる人なんて……。そうそういるわけがないんだ……!)

 

 だから、僕は悪くない。

 ……悪いのは分かってるけど、それでも悪くない……。

 そんな屁理屈が通るわけないのも知ってるけど、心の中だけで開き直る僕。

 

 眼前では、ダリルさんが兄様から事情を聞いているところのようで。

 子供みたいに(まだ子供なんだけども)帰りたくないと駄々をこねてたのが、今まさにバレてるんだ……。

 開き直ったのと恥ずかしいのとはまた別の問題で、僕は今度こそ頬の膨れた顔を逸らして、下唇を噛んだ。

 

「……だから言ったよな? 後悔すんなって」

 

 そっと耳元で囁かれた声に、思わず叫び声をあげそうになって息をのむ。

 どうやらJは、僕が叱られるところをわざわざ見に来たらしい。


(……っ、なんて悪趣味な……! って……Jに文句言っても、自業自得って言われるだけなんだけどさ……)

 

 家に帰ったら、きっとアリシアも怒ってる。

 四面楚歌とはこの事か……。三面だけど。

 

「さて。話はついたし、帰ろうか?」

 

「っ、う…………は……はい……」

 

 今の僕は、散歩から帰りたくなくてリードを引っ張られている犬と同じだ……。

 どれだけ踏ん張っても、面白い顔になって笑われるだけで、願いが叶うことはない。

 ここまできたら、わざわざ面白フェイスを晒すんじゃなくて、大人しく従った方がまだ傷が浅い……はず。


「ダリルさん……兄様も、ごめんなさい。僕、まだここに居たくて、家族への連絡を疎かにしてました……。僕のわがままのせいで、こんな感じになっちゃって……本当に申し訳ありません……」


「……アシェルくん……」

 

 諦めてトボトボと兄様の元へと歩き始めたとき。

 ダリルさんが、少しだけ声を張って兄様を呼び止めた。


「っ、ねえ。カーティス……!」


「なんだい、ダリル?」

 

 兄様は、少しだけ意外そうに、穏やかな声で聞き返す。

 

「あんまり、アシェルくんを叱らないであげてね……?元はと言えば、わたしのせいだから」


 ことん、と。外した眼鏡を机に置いたダリルさんが、困ったように微笑んだ。

 眼鏡をしていないダリルさんは最近ではレアだから、僕は(どっちも好きなんだけど)"久しぶりの素顔"のダリルさんに見入ってしまう。


「……っ! ダリル、きみ……」


 兄様は、何かに衝撃を受けたかのように息を飲む。

 小さな呟きをそっと止めるように、ダリルさんの声が重なった。

 

「アシェルくんが助けてくれたから、あとは自分で頑張るね? 卒論、なんとか形になりそうだよ」

 

「……それは良かった。じゃあまた、休暇明けに」


「うん、またね」

 

 なんとなく、二人が額面通りの会話をしているようには思えなくて、僕はほんの少しだけ眉をひそめた。

 二人にしか通じない何かがあるような感覚に、胸の奥がチリチリとして、そのまま火種を生みそうだった。


 でも。

 

「アシェルくんも……また、こっちにも来るよね?」

 

 ダリルさんに名前を呼ばれると、それだけで機嫌が良くなるのは、もうどうしようもない。

 

「はいっ! いつでも来ます、もし必要なら呼んでくれたらそれこそ飛んできます……!」


 芽吹きそうな嫉妬も一瞬で弾け飛び、満面の笑みで答えた。

 兄様は、そんな僕に呆れたような眼差しを向けていたけれど。

 

 どうしてか帰りの馬車では思っていたよりも普通の話ばかりで。

 それほどキツいお叱りを受けることはなかった。

 

 そのぶん、家に帰り着いてからのアリシアのお説教は長く続いて。

 久しぶりのふかふかベッドに倒れ込んだ時には、僕はもうクタクタだった。

 

「よおアホ坊。ちったぁ懲りたか?」


「……悪趣味Jくん……。わざわざ僕が叱られるところなんて見に来て、楽しかった……?」

 

 僕が力尽きたタイミングを見計らったかのように現れたJに、露骨な嫌味を放つ。

 何を言ったって、Jにも敵うわけがないのは分かってるけど。

 この喪失感というか、なんていうか。気持ちのやり場がないから……まぁ、甘え……かな。

 

「おー。そりゃもう楽しかったぜ? わざわざ出向いてやった俺様の『優しーい忠告』を無視しやがったガキが、痛い目見てんだからな! ハッ、ざまぁねえな」

 

「容赦ないなあ……。それは悪かったと思ってるけど、これでも傷心なんだよ……?」


「傷心、ねぇ?」

 

 意味深に呟きながら、うつ伏せに寝転んで顔だけJの方を向いていた僕の隣に、Jが腰掛ける。

 あれ? 今日はすぐ帰らないんだ……めずらしいな。

 

「……なあアシュ坊。あんなクソ甘な生活続けてたら、脳みそ溶けんじゃねえの?」


「……一体いつから見てたわけ? アリシアにもイデア攻略のこと勝手に話しちゃうし……なんでアリシアじゃなくて僕の監視みたいになってんのさ」

 

 いけない、ちょっと愚痴っぽくなっちゃった……。

 Jは気にしてる様子はないけど、こんな責めるみたいな言い方、よくなかった。


「ごめん、こんな言い方するつもりじゃ――」

「いや。確かにちょっと、やりすぎた」


「……え?」

 

 謝罪を遮られて、呆然とJを仰ぎ見る。

 視線がかち合うと、Jはニィ……と口端を吊り上げた。

 

「いやあ。いくらアシュ坊がオトシゴロだっつっても、頭ん中以外じゃ手ぇ握るだけで限界なんだったら、そこまで心配する必要なかったよな? わりぃわりぃ」


「っ、じ、じぇいっ! ほんっと! そこ掘り返すのやめてくれる!?」

 

 思わず飛び起きた僕は、そのままJの胸元のハーネスを掴んで揺さぶった。

 しばらく騒いで、僕の喚き声とJの笑い声が結界内で響いていたけど。

 しつこく責め立てていたら、最後にまた手刀を食らってしまった。

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

(兄様召喚されたら勝ち目ないですね……)

よければまたアシェルに会いに来てくださいね!

 

__

【期間限定 夏休みイベント】終了のお知らせ

本日をもちまして、週3の特別更新から週2の定期更新に戻ります。

お付き合いいただきありがとうございました!

 

次回は8月29日(土) にお会いしましょう♪

 

☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。

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