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乙女ゲームで存在しない悪役令嬢の双子の兄に転生してしまった【第五章◇進行中】  作者: かみながあき
第五章◇中等部二年生編(後期)

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97/100

三話◇あなたの世界は

マジックアワー……とか言うんだっけ?

 

 

 イデアに潜っていた意識が覚醒した後。

 窓から見える景色はすっかり暗くなり始めていた。

 

「わ、もうこんな時間なんだ……」

 

「時間の経過がイマイチ分からないのは、良くないところかもしれませんね……」


 数少ないイデアの欠点を見つけて、あとでまた資料にまとめておこうと決める。


「お腹空いたね。お昼、食べそびれちゃった」


「っ、そうですね。夜ごはん、どうしましょう? ……合宿っていっても……研究のことばかり考えてて、生活面のことはあまり考えてませんでした……」

 

「ふふ、ダメだよアシェルくん。放っておくと、またタルトばっかり食べて、すぐごはん抜いちゃうでしょう? ……まあ、予想はしてたんだけど」

 

 そう言ってイタズラっぽく笑うと、ダリルさんはつんと僕の額を人差し指で軽くつっついた。

 

 

 そのあとの僕は、半ばフリーズしかけたままで。

 ダリルさんに言われるがまま行動を共にして。

 今はもう解散して、自分で借りている301号研究室で放心していた。

 

 思い出せることといえば……。

 ダリルさんが研究棟の一角にあるキッチンの使用申請を通していたこと。

 事前に食材の手配も済ませてくれていて、ふたりで夕食を作って(ほとんどダリルさん任せだったと思うけど)食べたこと。

 

 せめて後片付けくらいは、と思って名乗り出たけど。

 その間にダリルさんは、休むでもなく食後のお茶の準備をしてくれていて……。


(いやもうこれ同棲でしょ!? むしろ結婚してる? えっいつの間にダリルさんと結婚したんだっけ……!?)

 

 考えれば考えるほど"そう"としか思えなくて、これって僕がバグってるのかダリルさんの距離感がバグってるのか、どっちなんだろう……なんて答えの出ない問いが頭の中をグルグル回る。


 一瞬、本気でJを呼ぼうかと思ったんだけど、さすがに躊躇いもなく笛を吹いてしまうほどには頭は壊れていないようだった。

 

「ねっ……ね、寝よう! うん、早く、寝よう……」

 

 実験による汚れなんかを落とすために各部屋に備え付けられている簡易のシャワールーム。

 僕はそこで、ほとんど水に近いようなぬるま湯を乱雑に浴びて、適当にシャワーを済ませる。

 

 風魔法で気持ち程度だけ髪を乾かすと、膝丈くらいまであるシャツのような夜着だけを着て、そのまま固いベッドに倒れ伏した。

 

「…………おやすみなさい。ダリルさん」

 

 壁越しに聞こえるはずもないのは分かっていたけど。

 それだけ呟いて、僕は今日はもう考えるのはやめにしてぎゅっと目を瞑った。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 あれから一週間ほど過ぎて。

 

 脳の機能停止を呼び起こすような、幸せの過剰摂取。

 そんな距離感にも、少しずつ耐性がついてきた気がする。そんな今日この頃。

 

 『イデア攻略合宿』なんて銘打っていたはずなのに、他の研究ばかりが進んで……。

 肝心の"ダリルさんのイデア攻略"は、停滞の一途をたどっていた。

 

「……やっぱりダメだなぁ……。ここまで付き合ってくれたアシェルくんには申し訳ないけど、もう、諦めようかな……?」

 

「そんな……! もったいないですよ、絶対にあと少しのはずなのに……。ダリルさんがどうしても"もうイヤだ"って言うんなら、それでも良いですけど……」

 

 日に日に落ち込んでいくダリルさんは、ついに諦めを口にする。

 つい熱くなりかけた僕は。

 言葉の途中で、ダリルさんの意思も聞かずに押し付けてしまいそうなことに気付いて、ぐっと気持ちを堪えた。

 

「……うん。わたしも出来れば、ちゃんと向き合って、見てみたいよ……? でも、無理、みたいだから……」


「だったら……!」

 

 思っていたよりも大きな声が出てしまって、一度深呼吸をして、心を落ち着ける。

 

「それなら、なんでも試してみましょうよ。たとえば……ダリルさんさえ嫌じゃなかったら、僕も一緒に行ってもいいですか?」

 

「え……一緒に……?」

 

 実際、あのあとも何度か僕のイデアに一緒に入ってるから、逆も出来ないわけがないし。

 あとは気持ちの問題だけどね……。

 

「はい。もしかしたら、先に行けない原因が分かるかもしれませんし……」


「……確かに、アシェルくんならすぐに分かっちゃうのかもしれないね」

 

「そっ、そんなに期待されるほど、すごくはないかもしれませんけど……! それにっ、僕のイデアを見たあとなら……何が出てきたって、あれより恥ずかしくはないんじゃないですか……!?」


「えぇ? 別にアシェルくんのお花畑は、恥ずかしくはないんじゃないの?」

 

 テンパって自分で墓穴を掘ってしまったけど……そうなんだ。

 もう何故かとは言わないけど、この合宿が始まってからの僕のイデアはずっとお花畑状態で。

 

 あれの後に何が出てきたって、きっとダリルさんも恥ずかしいと思わなくて済むんじゃないだろうか。


「……本当は、森だったんですよ……?」

「ふふふ、まだ言ってるの?」

 

 納得いかないような気持ちもあるけど。

 ダリルさんが笑って、それで少しでも不安が紛れるなら、もうなんだっていいよ……。


 

 そうしてまた、向かい合って座って。

 今回は魔石を握る必要はなさそうだったから、両手を取り合って。


 鼓動は荒ぶっていたけど、大事な局面を前に、心は落ち着いていた。


 目を閉じてダリルさんとの繋がりだけに意識を集中させていく。

 そうすると、まるで自分のイデアに入る時みたいに、拍子抜けなほどすんなりと道が開かれた。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

「……アシェルくん……ちゃんと、いる?」

 

「大丈夫ですよ、ダリルさん。ちゃんとここにいます」

 

「よかった……。うわぁ、招かれた側だとこんな風に出てくるんだね。アシェルくんが、生成された?みたいな……」

 

 ダリルさんが確認を取ったことで、ようやく僕の姿が世界に描写される。

 なんか、今の状態って、いわゆるVRの『アバター』みたいな感じだよね。

 改めて考えるとかなり面白い……。

 

「ホスト側だと面白いですよね? 僕も初めてダリルさんが来たとき、実はびっくりしてました」

 

「そうなんだ?」

 

 そんな和やかな会話をしながらも、問題の"境界門"に近付いていく。

 緩く渦巻いた光は、僕のイデアへの門とまるで変わらなかった。

 

 ――幾重にも巻き付いた、鎖以外は。

 

「これは…………なんか、すごいですね」

「……うん。外してみようと思って、頑張ったんだけど……ダメだったんだ」


 まさかこんな物理的な(精神だけど)障害があるとは思わなかった……。


(ダリルさん、本当は…………イデアには入りたくない、のかな……。でも、ここまで連れて来てくれたのは……)

 

 

「……ダリルさん」

 

「なぁに、アシェルくん?」


 ガチャガチャと音を立てて鎖を引っ張っていたダリルさんが、振り返る。

 少し困ったような顔で、諦めたみたいに笑って。

 

「本当にイデアに入りたいですか?」


「……え? どう、して?」

 

 戸惑いに揺れる瞳を、まっすぐに見つめて。

 出来るだけ穏やかな声を心掛けて、問いかける。

 

「僕を連れて来てくれたってことは、入ってみたいと思ってる……ってことで、いいんですよね」

 

「……そうだね。イヤだけど、ちゃんと向き合わなくちゃとは、思ってるよ」

 

 少し視線をさまよわせたあと、最後には僕の目をじっと見返して、おそらく本心を話してくれたダリルさん。

 だったら、僕のするべきことは一つだけだ。

 

「なら、どうにかしてこれを外す方法を一緒に考えてみましょう! まずはどんな材質がモチーフになってるのか、調べ……」

 

 ――ガシャンッ

 

「えっ……?」

 

「ウソでしょ……!? あ、あんなにびくともしなかったのに……」

 

 僕が鎖を掴んだ瞬間。

 どういうわけか、触れたそばからその一部がほどけて、地面に落ちた。

 

 僕らが呆然と見守る中、強固な戒めに見えたそれは、まるで何かを縛る意味を失ったかのように――

 派手な音を立てながら、次から次へとバラバラになって、崩れ落ちていった……。

 

 最後のひとかけらが落ちるまで、僕たちは一言も言葉を交わすことが出来なかった。


 

 しばらくの沈黙の後。

 

 

「一体どうして……」

 

 ポツリと溢れたダリルさんの囁きが、やっと静寂を終わらせた。

 

「……よく分かりませんけど、これで先に行けそうですね……?」

 

「あ…………うん……」

 

 そうしてまた、境界門をくぐり抜ける間だけ、手を繋いで。

 眩しい光に包まれながら、少しずつ先へ進んで辿り着いた、彼の"世界"。

 くらんだ視界が慣れて来たころに、そっと目を瞬いた。


「わたしの中って、こんな感じなんだ……」


「キレイ……ですね……」

 

 思わず呆けた声が出る。

 

 ダリルさんの心象世界は、群青と茜色が交わる時間をそのまま切り取ったみたいな……。

 静かで、でもどこかもの淋しいような、そんなノスタルジックな場所だった。

 

 少し先に、こぢんまりとした可愛らしいログハウスのような建物があって、興味を惹かれたんだけど。

 よく見ると、それは何故だか存在が希薄で、薄い膜か何かに覆われているようだった。

 上手く言えないけど……こう、優しい闇がそっと包み込んでいるような。

 

(なんとなく、あの建物は踏み込んじゃいけない場所な気がする……)

 

「ダリルさん、どうします? 多分もう、一人でも来られるようになりましたよね。……帰ります?」


「ん……せっかくだから、もう少し見て回ろう? アシェルくんのイデアだって、たくさん見せてもらったんだし……」


 その言葉は、ダリルさんの心をもっと見てもいいという許可を貰えたのと同義で。

 たぶん今、僕のイデアには、またピンクの花が増えただろうなと思った。

 

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

(二人とも、前世の語彙が出てますよ……!)

よければまたアシェルに会いに来てくださいね!

 

☆期間限定 夏休みイベント☆

 週3回(火・木・土 20:00)更新中です!

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