二話◇どうしてこんな恥ずかしい
こんなはずじゃなかったんだけど
……さっきまであんなに余裕ぶって『ガイドになる』だなんて言ってたくせに。
いざ準備段階に入ると、緊張しすぎて口から心臓が飛び出しそうだった。
床だと痛いよねと言われて、仮眠用ベッドの上でふたりで向かい合って座り……。
僕は胡座の体勢だったけど、ダリルさんはなぜか正座をしていた。
確かにダリルさんが胡座をかいている姿は想像しづらいとは思ってたけど、ずっとそのままだと足が痺れないだろうか。
そんな、どうでも良くはないけどそれほど重要でもないことを考えながら。
「あの……てっ……手を、繋いでもいいですか?」
差し出した手のひらも、なんとか告げることが出来た言葉も、震えが抑えきれていなかった。
だけじゃなく、ちょっとだけ声が裏返った……。
「手? …………うん、いいよ。こうかな?」
「はびゃっ……!」
きゅ、と。
ダリルさんに向けた右手だけではなく、まるでダンスでもする時みたいに両方の手を握られて、反射的に奇声が漏れる。
「あれ、なにか違った?」
「……その。…………片手だけで大丈夫です……」
積み重なっていく小さな失態と、火照った顔が恥ずかしくて、つい視線を逸らしながら言う。
「あ……そうなんだ……」
「説明不足で、すみません……。そっちの手は、僕の魔石を握っていてもらえますか?」
「アシェルくんの魔石? うん、わかった…………これでいいのかな?」
不思議そうにしながらも、僕の言う通りにしてくれるダリルさん。
"魔石との魔力パス"は、基本的には『元になった魔力の持ち主』としか繋がっていないみたいなんだけど。
それでも、僕の精神世界を一緒に見てもらうのに、補助として少しくらいは役に立つと思うんだよね。
「はい。準備、万端ですっ。それじゃあ……始めましょうか」
◇ ◇ ◇
深く、深く。
意識の奥へと潜っていく。
触れ合う手のひらとパスから感じる、ダリルさんの体温と魔力を引き連れて。
真っ暗なのにはっきりと先が見えるような、そんな神秘的な世界を、まるで宇宙空間を泳ぐようにして進んでいった。
現実の空気は震わせずに、"この空間の中"だけで問いかける。
「ダリルさん? ちゃんと、ここまで来られてますか?」
瞬間、情景の一部がふんわりと歪んで、見る間にダリルさんの姿を形作っていく。
「本当に、一緒に来られるんだね……? 不思議……」
知覚情報として映る彼は、どうやら本物の"ダリルさんの意識"のようだった。
「あれが、ダリルさんの言ってた"境界門"なんですけど、何か違ってたりしますか?」
「うーん……そうだね。ここに来るまでは、わたしの"中"と変わらない……かもしれない」
やっぱりそうなんだ?
イデアの入り口までの……言ってみれば『通り道』は、そこまで個人に差が出るようなものじゃなさそうだな。
「あれに入るの、怖いですか?」
黒に近い世界で、そこだけ眩しいくらいに光を放っている、緩やかに渦を巻いた『世界の境界』。
それを視線と指で示しながら、ダリルさんに問う。
「……怖くは、ないかな。なんとなくあったかい感じがして、危ない場所じゃなさそうなのは、分かるし……」
「そう、ですか……」
(……だったら。一体なにが問題だったんだろう?)
どうしてダリルさんが自分のイデアに入れなかったのかは分からないけど。
今は、案内するのが先かな。
現実では手を繋いでいたけど、ここでは僕らはそれぞれ独立していたから。
あらためて彼の手を引いて、境界を通り抜ける。
「最初だけ、ちょっと眩しいけど、すぐ慣れますよ」
「うん……」
繋いだ指先から、ダリルさんの緊張が伝わってくるようだった。
ほんの少しだけ力を込めて、それを包み込む。
「……この先なんですけど。ちょっと、薄暗かったり足元が悪かったりするかもしれないんで、気をつけて下さいね」
「そうなの? ……う、うん。気をつけるね……」
そんなことを話しながら、揺蕩うような流れに任せて、僕たちはついにイデアフィールドへと踏み入れた。
◇ ◇ ◇
眩しく感じられた揺らぎが薄れていき、視覚情報が再び働きを取り戻したころ……。
「………………は?」
――なんなんだろう、これは。
僕の想像していた世界とは違って、どうにもおかしい空間がそこに広がっている。
「わぁ……! なんだか、思ってたよりも……明るいね?」
固まったままの僕に、ダリルさんは無自覚に追い討ちをかけてくる。
「というより、なんか……。アシェルくんの心の中って、可愛い場所なんだね?」
「……っ、ちが!? これは違くてですねっ!? いつもはもっと、なんていうか、くらっ……暗い森! そうですよ、クロードも言ってましたもん、湿った森みたいな場所だったって…………!」
無慈悲に広がる、"脳内ピンク色"みたいなファンシーなお花畑空間を背にして、僕は必死に言い訳を重ねた。
「ふふっ。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。わたしは好きだよ、アシェルくんの"この世界"」
(……なんでっ!? どうして僕のイデアがこんな能天気な空間に? あの森はどこ行ったの!? ……こんなの絶対おかし……)
そこまで考えて気付いたけど……残念ながら、おかしいことなど一つもなかった。
"精神世界"というのは、心の有り様をそのまま映し出す場所なんだから……。
いま僕が、ダリルさんと居られて浮かれている気持ちが、イデアにも反映されてしまっている。
……それだけの事だった。
「っ、ううぅ……」
自覚すると余計に恥ずかしくなってきた。
僕は頭を抱えたくなる気持ちを抑えて、なんとか片手で顔を覆うに留めると、ダリルさんの方を見れないままで呟いた。
「……とりあえず、ご案内します……」
「ふふ。よろしくね? アシェルくんっ」
羞恥で瀕死な僕とは対照的に、なぜかダリルさんは普段よりテンションが高いみたいだった。
このお花畑がお気に召したのなら、何よりです……。
その後は、霧みたいに広がる僕の魔力の根源の場所に案内したり。
延々と続くように見えるけど、実は球体みたいになっている世界の端まで行ってみたり。
色んなことを説明しながら、不本意なファンシー空間をふたりで歩き回った。
端っこに着いたとき。
以前は気が付かなかった、一部の壁にだけまるで装飾みたいに張り巡らされている、金色の線に気が付いた。
それは――
陶磁器を金継ぎで修繕したような……ひび割れた壁を補修した痕跡なんだと、直感的に分かってしまった。
まさか、回路奇形が治療されたときの痕跡が目に見える形で残っているだなんて、思いもしなかった。
(……二年後、いや。あと一年半くらいかな。クリスタ嬢に会ったら、ちゃんとお礼言わないと……)
そっと壁に手を当てて浸っていると。
やや離れた場所で、外では見たこともない花を観察していたはずのダリルさんが、驚いたような声を上げた。
「わっ、なにこれ……」
「どうしたんですか!」
慌てて駆け寄ると、ダリルさんは蜂蜜色の瞳をキラキラと輝かせて、少し興奮気味に告げた。
「ねえ! いま、あたりの花の色が一斉に変わったんだけど……アシェルくん、なにしたの?」
「え、色が……?」
さっと見渡すと、確かにほとんど桃色一辺倒だった花たちが、その半数ほどの色を変えていた。
青、水色、金に近い黄色……。
それらは、人工魔石に現れていた属性の色と一致しているようだった。
(なんで? ……直接"壁に触れた"から、なのかなぁ。それにしても金色が多いような……)
色の変化に関しては、外壁に手を触れたことによって、"感情寄り"ではなくて"本質寄り"な影響を与えたと仮定しても。
金色の割合の増加は……。
クリスタ嬢の聖魔力の残滓に触れて、今まさに僕の魔力そのものまで微妙に変質したとでもいうのだろうか。
「それにしても、綺麗だねぇ……」
まあ……。
意図的ではなかったにしろ、イデアで直接"聖女の魔力"に触れたんだから、何かしらの変化があってもおかしくはないのかもしれない。
仮に聖属性が強化されたんだとしたら、これから先のレイナ対策にも役立ちそうだし、もうちょっと詳しく調べてみる必要があるな。
「あれ、アシェルくん? どうしちゃったの……?」
「えっ、あっ!? はいっ! どうもしません、大丈夫ですっ」
ダリルさんに名前を呼ばれて、一気に意識が引き戻される。
「大丈夫? ちょっと疲れちゃったかな? そろそろ戻ろうか」
「疲れてはないですけど……。そうですね、戻りましょうか」
いつもなら意識を浮上させるだけで、帰りは簡単なんだけど。
今回はダリルさんが一緒だし、万が一にでもはぐれちゃったら困るから。
行きと同じように、通って来た道をそのまま戻ることにした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(リアルに脳内お花畑は恥ずかしいね……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
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