十四話◆窓を開けて ★
あらためて、魔法が使えるようになって良かったなって思う
待ちに待った翌日!
僕は授業中もずっと、ダリルさんとの"約束"のことばかり考えていた。
帰り支度の最中に気付いたんだけど。
そんな状態でも、機械的に授業の板書は全部ノートに書き留めていたらしい。
でも。
自分でもよく分からないうちに、研究についての思考が至るところに書き散らしてあって。
しかも中には『僕が現在自覚している以上の見解』まで綴られていて、上の空の間に何があったのか、余計な謎が生まれてしまった。
(なんだろう、これ……。もしかして、"無意識下の変化"……だったりするのかな……?)
よく分からないけど、悩むのはダリルさんに会ってからでいいや。
そんな雑な結論を出した僕は、とりあえずノートも適当に鞄に突っ込んだ。
「……ねぇ。随分と浮かれているけど、流石に泊まりがけになんて、ならないでしょうね?」
忙しなく支度をしている僕に、アリシアが声を潜めて尋ねてくる。
「泊まりって…………あのさ。僕一人でなら時間も忘れちゃうかもだけど、ダリルさんが居るのにそんなの許してくれるわけないでしょ……」
「それならいいけど。この前みたいに、連絡も無しに帰って来ないのは、もうやめなさいよ?」
「……う……うん。ごめん」
うっかりうたた寝をして、"やらかして"しまったあの日のことだろう……。
自分でももう忘れたいから……事情を知らないから仕方ないとはいえ、出来ればそっとしておいて欲しい。
「……っ、じゃあ……みんなまた明日!」
「おう」とか「あまり無理はするなよ」とか、みんなの短いけど温かい言葉を聞きながら。
昨日に引き続き、僕は急いで教室を後にした。
なんてったって、今日は『ダリルさんからの頼まれごと』なんだから。
張り切らないわけがない!
「……今日捕まったらほんとシャレにならないから、絶対にダミアン・キャンセルしないとね…………よっ、と!」
そんな独り言を漏らしながら。
僕はあたりに誰もいないことを確認すると、手近な窓を開けて飛び降りた。
こんな事して大丈夫かな?なんて、ほんの一瞬だけためらったけど、どうしても気が急いてしまった。
「……《風羽》!」
風魔法で着地を補助して、三階から一気にショートカットを決める。
さすがに日常的にやろうとは思わないけど、今日だけはRTA気分で急いだっていいよね、なんて。
やっぱり屋外は暑いけど、いつもより爽やかに感じる風を浴びながら、僕は研究棟まで駆けていった。
◇ ◇ ◇
「ダリルさんっ、来ました!今日も大好きです!」
「わっ、アシェルくん!? ……い、いらっしゃい……?」
浮かれすぎて、ノックも忘れて飛び込んでしまった僕に、ダリルさんがびくっと跳ね上がる。
やらかした……。
今のは完全に僕が悪い。
「ご、ごめんなさいっ。ノック忘れて……」
「……いいよ、ちょっと驚いただけだから……」
そっと自分の胸に手を当てながら、苦笑いで許してくれるダリルさん。
ごめんなさい、ダリルさん……。
びっくりして飛び上がるの、なんか猫みたいで可愛かったです。
「今度から、ちゃんと気をつけますね……」
「ふふっ。じゃあ、そうして?」
「はいっ。もしまた忘れたら、叱ってください」
「大袈裟だなぁ…………って、アシェルくん汗かいてるね……。またここまで走って来たの? そんなに急がなくてもいいのに……」
「え、いや……これは……」
早く会いたい気持ちが抑えきれなかっただけです。
……とは言えなかった。
「もうだいぶ暑いんだから、あんまり無理しないで。……はい、これ。それと、今日は熱いのはやめて、アイスティーにしておこうね」
これ、と言って、ハンカチを差し出してくれるダリルさん。
僕は、自分のハンカチがあるけど、黙ってそれを受け取った。
(やばいやばいやばいやばい……ハンカチすらいい匂いする……!)
額の汗を拭いながら。
ふわりと漂ってくる甘い花のような香りに、眩暈がしそうになる。
僕がオロオロしている間に、ダリルさんはもうお茶の準備を始めていた。
あまり広くない室内に広がる芳香に、少しずつ心が落ち着きを取り戻していく。
「……あの。ハンカチ、洗ってからお返ししますね……」
「え? うん……そうだね、そういうものだよね」
ちょっと不思議な返事をするダリルさんに、ほんの少しだけ違和感を覚えたけど。
でも、どこがどう変なのかはよく分からなかった。
ポケットに突っ込むのは何か違う気がして、借りたハンカチをそっと鞄に仕舞う。
そのあとは。
ほとんどやる事は残ってなかったけど、少しだけお手伝いをして、ふたりでお茶の準備をした。
◇ ◇ ◇
「どうですか? ここまでで、分かりにくかったところとか、あります?」
昨日話したようなイデアの説明を、今度はできるだけゆっくりと噛み砕いてダリルさんに話した。
合間にもたまに質問されたりしたけど、改めて説明が不十分じゃなかったかどうかの確認をする。
「うん…………頭では、理解できたと、思う」
自信なさげに答えるダリルさん。
(え? 頭で理解できたんなら、それってもう完璧なんじゃないの? ……ダリルさんは、なにが気に掛かってるんだろう……)
「どこが引っかかってるんですか?言ってくれれば、もっとちゃんと説明できるかもしれません」
「あ……ごめんね。引っかかってる……とかじゃ、ないんだ。ただ、ちょっと気持ちの面で受け止めきれなくて……」
「気持ちの面……ですか?」
なんとなく気まずい空気になりかけて、このままじゃ良くない流れになりそうだと思った。
ダリルさんが言いにくそうにしていることに、踏み込むつもりはないから。
僕は、漂い始めたモヤモヤを払うために、ある提案をすることにした。
「ねぇダリルさん。まずは一回、イデアに入ってみませんか?」
「……え?」
僕の提案に、ダリルさんは一言だけ声を漏らしたあと、時間が止まったかのようにフリーズしてしまった。
そんな彼に、僕はわざと空気を読まずに、明るく笑ってみせる。
「"習うより慣れよ"ですよ、きっと。実際に見てみれば、案外すんなり受け止められちゃうかもですよ?」
なんともいえない沈黙が続く。
耐えきれずに、僕が紅茶に手を伸ばそうかと考え始めたとき。
「…………うん。やってみる」
ダリルさんが、戸惑いの中にも確かな決意を滲ませて、頷いた。
優しくて、涙もろくて。
そして、見た目によらず、とても芯の強いところがあるダリルさんは。
普段は可愛らしさにばかり目が行くけど、たまにとんでもなく格好良い……。
「好きです」
「……えっ……!?」
「や、間違えました。…………やりましょう! イデアに入って、見てみましょうよ。僕も全力でお手伝いしますから!」
思わず漏れた本音を誤魔化すように、勢いに任せて言い切る。
ダリルさんは、またしばらくぽかんとしたあと、ふっと表情を和らげて笑った。
「ふふっ。ありがとう、アシェルくん。初めてだから、分からない事だらけだけど…………やり方、教えてくれる?」
「はいっ。もう、全部任せちゃってください!」
つい、食い気味で答えてしまう。
ダリルさんに教えを請われる日が来るなんて、夢みたいだ。
ずっと、追い付きたくて、必死で背中を追いかけていたはずなのに。
少しずつでも、僕らの関係も対等に近付いているのかな。
なんて、ふわふわとした喜びが胸を満たしていく。
「今からもうやってみますか?」
ニヤけそうになるのを堪えて、頑張って普通に見せようとする僕。
ダリルさんは、「うーん……」と、何かを考え込んでから、おもむろに口を開いた。
「……それなんだけどね。アシェルくん、先にこの魔石の解析のほう、やっておかない?」
「へ? 解析ですか……?」
予想外の言葉に、間の抜けた声が出てしまった。
僕としてはどっちでもいいんだけど。
ダリルさんは、早く自分の研究を進めたいはずなんじゃないのかな。
「うん。別に、これをそのままアシェルくんに返して、好きに解析してもらっても良いんだけど……」
「なにか問題でも?」
「……アシェルくん、持ち帰ったらまた徹夜みたいなことしちゃうんじゃないかな、って。ちょっと心配で……」
ダリルさんのその懸念は、あまりにも的を射すぎていた。
なんと答えたものかと悩みつつ、何か返事をしなきゃと口を開く、けど。
「…………ええ……っと……」
ダメだ。図星すぎて、返す言葉が見つからない。
それ以上の言葉を紡げない僕に、ダリルさんは困ったように眉を下げた。
「……余計なお世話かもしれないけど、ごめんね?そういうわけだから、ここで、一緒に解析しよう……?」
「……っ、いえ! 余計なお世話だなんてありえませんからっ! ぜひ一緒にやってくださいっ」
ホッとしたようなダリルさんと、ふたりでなにか出来ることが嬉しい僕と。
温度差はあっても、確実に平均温度が上がっているような感覚に、なんだか叫び出したい気持ちを抑えるのに大変だった。
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ここまで読んでいただきありがとうございます。
(これからもしょーもないとこにガンガン魔法使っていってほしい……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
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