十三話◆久しぶりのティータイム
破壊力がさぁ……
震えを抑えた手で、丁寧にノックする。
コン、と鳴らすたびに、心臓が跳ねた。
きっちり三回打ち鳴らしたあと、一瞬が永遠に思えるような待ち時間を過ごす。
「…………どうぞ?」
なんとなく不思議そうな声が返ってきて、僕はそぉっとドアを開いた。
「ダリルさん。お久しぶりで――」
「……っ! アシェルくん!?」
書類仕事をしていただろうダリルさんが、弾かれたように顔を上げて。
僕の挨拶の後半は、彼の驚いたような声にかき消された。
眼鏡の奥の瞳が大きく見開かれ、その後、安堵したかのように眉尻が下がる。
「来て、くれたんだ……。この前は体調が悪そうだったから、しばらくは会えないのかと思ってた」
ダリルさんも僕に会いたがってくれてたみたいな言葉に、嬉しさと罪悪感で、胸がツキリと痛んだ。
ぎゅっと拳を握って、思いを伝えるための勇気をかき集める。
「……ごめんなさい。このあいだは、その…………僕。嘘を、つきました」
扉を閉めて、逃げそうな視線を堪えて彼に向き合う。
ダリルさんは驚いた顔をしたけれど、すぐに静かな表情に戻って「うん」と頷いた。
「……そう、だね。なんとなく、そうかもって思ってたよ」
「バレてましたか……」
「ふふ、分かるよ。アシェルくんは……嘘をつくのが、下手っぴだからね?」
苦笑するダリルさんに近付いて、僕は机の前に立つ。
「あの時、体調が悪かったわけじゃないんです。ただ……ダリルさんに合わせる顔がなくて。勝手に自分の気持ちを持て余して、勝手に避けて……ダリルさんに心配をかけちゃいました……!」
そこまで言って、僕は深く頭を下げる。
「本当に、ごめんなさい」
沈黙が落ちる。
衣擦れの音がして、ダリルさんが立ち上がる気配がした。
「……顔を上げて、アシェルくん」
言われて顔を上げると、すぐ目の前にダリルさんがいた。
彼はそっと手を伸ばし、僕の頬に触れる。
その手は少し冷たくて、でもとても心地よかった。
「謝らないで。誰にだって、一人になりたい時はあるよ。……それに、わたしの方こそごめんね」
「え? ダリルさんが謝ることなんて……」
「ううん、あるよ。わたし、アシェルくんがヒューゴくんを連れてきた日……ちょっと……変だったでしょう?それに、その前も、少し……」
「……それ、は…………」
肯定も否定もできない僕に、ダリルさんは続けて言う。
「……最近、きみにおかしな態度ばかり取ってしまってたから……。それで会いに来てくれなくなったのかな、なんて……不安になっちゃって……。もしかしたら、無意識に気持ちを押し付けてしまっていたのかもしれない」
だからごめんね……と、泣く前みたいな顔で笑った。
それでも、大好きな蜂蜜色は、揺らめきながらも真っ直ぐに僕だけを見つめていて。
その瞳の奥にある感情が、「弟分への親愛」だけではないように見えて――
胸が、高鳴る。
「……そうだ。ねぇアシェルくん。今日は、タルトはないの?」
不意に。
空気を変えるみたいに、ダリルさんがいたずらっぽく笑った。
「あっ! 急いで来たから、忘れました……!」
「ふふっ。じゃあ今日は、お茶だけにしようか。……積もる話もあるし、ね?」
「…………はいっ!」
積もる話……には正直心当たりはなかったけど、僕は力一杯返事をした。
(……なんだろう。研究の話、とか…………って!研究といえば、ペンダントの魔石……!)
連想ゲームみたいに、青い魔石も調べてみたかったことを思い出したけど。
それは、なにも今すぐじゃなくていい。
目の前で笑ってくれるダリルさんに、まずは一番言いたかったことを伝えなきゃ。
「あの、ダリルさん」
「なぁに?」
「やっぱり、大好きです!」
懲りずに何度も伝えてきた言葉に、ダリルさんは一瞬きょとんとして。
それから、顔を赤くして吹き出した。
「……ふふっ……」
少しの間、肩を震わせて笑ったあと。
ダリルさんは目尻に滲んだ涙を指先で拭って、
「もぉ。久しぶりだからびっくりしちゃった」
「……ほんとは前みたいに、毎日でも伝えたいんですけどね」
真顔で本音を言ったけど、ダリルさんにはどこまで伝わるんだろうか。
穏やかに微笑む顔も好きだけど、少しは照れたりして欲しかった。
「ありがとう。…………わたしもアシェルくんが、だいすきだよ」
僕の持つ恋の温度とは違うけど。
その言葉だけで、あの日の「暴走」も「自己嫌悪」も、全部救われていく気がした。
今はまだ、この心地よい関係の中で、傍に居られればそれでいい。
でもいつか必ず、この「大好き」の意味を、本当の意味で彼に届けてみせる。
僕は研究室のポットにお湯を沸かしながら、改めてそう誓ったのだった。
◇ ◇ ◇
「それでね、ここのところなんだけど。アシェルくんの力を借りれないかな? って思ってるんだ」
……ダメかな?と、少し不安げに首を傾げるダリルさん。
いろんな衝撃で、僕は。
「……っ!?」
飲みかけの紅茶が、変なところに入りそうになって。
……むせた。
「わっ!? だっ、大丈夫……?」
「げほッ……ごほッ…………だだ、だいっ、だいじょうぶですっ! 紅茶も研究も、どっちも! 大丈夫ですっ……」
優しい手つきで背中を摩ってくれるダリルさん。
善意以外のなにものでもないその行為に。
僕は、ヤンチャ盛りがまた目覚めてしまわないかと、気が気じゃなかった……。
必死でアピールして、なんとか安心してくれたダリルさん。
僕は邪念を払うため、慌てて話題を戻すことにした。
「えっと、その……。『内包魔力の無意識下における発動の抑制』を、イデアの観念から探ってみたい……ってことでしたよねっ?」
「うん。……どうかな?」
「もちろん! 任せてくださいっ。ていうかそれ、すごく良いんじゃないかと思います。……イデアって、魔力の根源とも言える場所だし、『無意識下』っていう部分も、むしろ"そのもの"っていうか……」
「そうなの?」
小さな子供みたいに、ぽやんとした表情で呟くダリルさん。
なんなんだこの人は……。
この圧倒的な可愛さを自覚してないなんて、もはや重罪じゃないのか。
「そうなんですよ! "精神世界"って、いってみれば『心象世界をそのまま映した仮想現実』みたいな感じなんですけど」
「う……うん……?」
「まあ実際にそこで起こした事象は現実にも相応の変化をもたらしますし、一番その研究に適してるなって思うところは"内包魔力の全て"を自在に扱えるって点なんですよね」
「え……? え、え……?」
「だから、勝手に漏れちゃう魔力があったとしても、イデアでなら制御できるはずだし……」
「……イデアでなら、制御……が……?」
「あっ。なんだったら原因すら目視できる状態なんじゃないかな? あれ? もしかしてダリルさんって、ほんとになんか魔力漏れ起こしてたりします?」
「……えっ、あの…………アシェルくん? えと。いま、なんて……」
眼前には、これ以上ないほどに困惑顔のダリルさん。
……また暴走してしまった。(健全な意味で)
「ご、ごめんなさいダリルさん……。僕、つい話しすぎちゃって……」
「ううん、それは大丈夫。ただ……」
「ただ? 何か気になることでもありましたか?」
なんだか、期待と不安の入り混じったような、複雑な表情を浮かべているダリルさん。
なんだろう。
正直なところ、色々ヒートアップしすぎて、イデアについてどこまで話したのかはっきり覚えていない。
(そんな不安になるようなこと、言ったかな……?)
「……ねぇ、アシェルくん。今日はもう遅いから……また今度、イデアについて改めて詳しく教えてくれる?」
神妙な面持ちで、そんなことを言うダリルさん。
僕にとっては、正式に招かれて研究室に来られるなんて、願ったり叶ったりだった。
「はいっ。もちろんです! 僕なら明日でも、いつでもいいですよ」
「ありがとう、アシェルくん」
そんな風にお礼を言ってくれるけど。
僕にしてみれば、ダリルさんに頼られるだなんて、これ以上に嬉しいことを探す方が難しいのに。
「じゃあ、明日また来てもいいですか? それと、その時に。時間があったらでいいんですけど、ペンダントの魔石の解析もしてみたくて」
「え、これの? もちろんいいよ。……今はわたしがつけてるけど、実際はアシェルくんのものでしょう?」
「……うーん。僕としてはプレゼントしたつもりなので、少し借りるだけの予定なんですが…………」
これは微妙に"平行線"のまま、簡単には交わりそうにない気がするぞ?
「まぁ。この話は、追い追いにしておこうか……」
どうやらダリルさんも、同じ気配を感じたらしい。
そんなこんなで、その後は少しだけ他愛のない話をして。
暗くなる前に帰ってと、ダリルさんに時間切れを告げられて。
変に気負わずに、また会いに来られることに喜びを噛み締めながら、僕は軽い足取りで帰路に着いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(やっと対面できて、作者もひと安心です……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
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週3回(火・木・土 20:00)更新中です!




