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乙女ゲームで存在しない悪役令嬢の双子の兄に転生してしまった【第五章◇進行中】  作者: かみながあき
第四章◆中等部二年生編(前期)

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【幕間】影の密談

※第四章の【幕間】に限り【Past Day】の続きであり、本編よりは少し過去の時間軸となっております。


 

 

 Jがダリルに"文字だけ"の接触を図って以降、少年には内密のまま、半年程の月日が経過していた。

 中等部生になると同時に、あらゆる面で急速に有名になりつつある少年は、ますます研究への意欲を高めていった。

 その間にも、ささやかでありながら重大な意義を持つ裏側での二人の交流は、途切れることなく続けられていた。

 

 

『 アナタ こレ よメル ヒト ? 』

 

 歪な日本語擬きで書かれた、一見すると『恐怖の対象』にしか成り得ないような、たった一枚のメモ書き。

 そんな奇妙な"出会い"から始まったそれは、間隔や時間帯さえも定まらぬまま。

 Jは影としての務めの合間に、気紛れを装ってその回数を重ねていた。

 

 

 ある時は。

 

『 マタ

 アしェル ネナイ。

 つギ いつ くル? 』


『 わかりマシタ。

 あした いきマス。

 しらせてくれて ありがとう。 』

 

 少年アシェルの不摂生に歯止めを掛けるために。

 

 

 またある時は。


『 アンタ の 目

 タマに ヘン。 

 ソレ ドウしタ? 』

 

『 いえナイ。

 でも アシェルくんニ

 ゼッタイ わるイコト しナイ。

 しんじて。 』

 

 新たな疑念を晴らしたい、その一心で。

 Jはただ、闇を纏って秘密のルートを駆けていた。


 そのようにして言葉だけで積み上がった信頼は、Jにもダリルにも、"アシェルの為に心を砕く者がいる"という確かな安堵を生んでいた。

 

 

 ――しかし。

 Jの歳の離れた友人が、貴族学園の中等部二年生に進級して、数ヶ月が経過した頃。

 賞を拝した論文に、新たに見つかったという"穴"も即座に修正し、順風満帆かのように思えたが。


 それまで盲目的なまでにダリルの背中を追いかけていた少年が、その瞳に、僅かな翳りを湛えるようになっていた。


 

「なあアシュ坊。最近なんかあったか?」

 

「え……? なに、Jくん……急に」


 端的に尋ねたJに、隠し切れない戸惑いを見せるアシェル。

 少年の心境はさておき、"観る"ことが仕事でもある影に見せるには、その後どう取り繕ったとしても誤魔化しがきかない反応だった。

 

「……あったんだな」

 

 Jの抑えたような呟きに、アシェルの肩が跳ねる。

 視線を彷徨わせて言葉を探すアシェルに、Jは尚も続けた。

 

「なんで言わねえんだよ、俺ら"命預け合ってる"ようなモンなのに」

 

「ごっ、ごめんっ! わざと言わなかったわけじゃなくて、ちょっと、いっぱいいっぱいで…………!」


 声に怒りは感じられずとも、その言葉はアシェルの良心を締め上げるのには十分だった。

 慌てて弁明をする少年に、影の男はわざとらしく明るい口調で笑ってみせた。

 

「そこまで頭が回んなかったってか? なら良いけどよ。俺もKも、王家の影としちゃあバレたら消される覚悟でアシュ坊とお嬢の側にいるの、忘れてもらっちゃ困るぜ?」


 覚悟とはよく言ったものだ、と。

 平時のアシェルならば、そんな軽口の一つも叩いたことだろう。

 

 実際のこの男は――

 自ら秘密に首を突っ込んだあの日、『面白そう』という理由で王家よりも双子を選んだのだと、その口で告げていたのだから。


 今は、"結果的に隠し事をした"という事実が、アシェルから『かつての事実との相違』に気付く判断力を奪っていた。

 

「…………ごめん。ちゃんと、話すから」

 

 涙目で謝る少年に、軽く反省を促すだけのつもりであった男は。

 自身の言葉が、まるで"脅し"のように聞こえうるものだったことをようやく自覚し、数瞬固まった。

 

 小さく息を吐くと、軽くあやすように半べその頭を叩いて、ひび割れかけた空気を有耶無耶にする。

 その後、多少持ち直した少年から改めて話を聞いた。

 

 

「はあ!? 魅了ってお前……っんなの実在してたらマジもんの災害じゃねぇか……!」

 

 アシェルが語った、『二番手の悪役令嬢(レイナ・ドローレンス)』の話を聞いて、Jは受け入れ難いといった様子で声を荒げる。

 

「僕だってそう思うよ。でも、実際にレイナの能力として、"魅了"があるんだ。僕もかけられそうになったっぽいし……」


「二回もやられたっつってたな……。そんでアシュ坊は、なんで無事なんだ? いや。むしろ無事で全然良いんだけど」

 

 Jが軽口のように口にしたそれは、浮かんで当然の疑問だった。

 なぜ、歴史の中でも危険視されていたという程の"魅了"という特殊な魔力を、アシェルという少年が排し得たのか。


「……わかんない。理由も、理屈も。僕自身がなにか特別なんだっていう感覚も、特にないし……」

 

「…………アシュ坊って、稀に見る特殊さだと思うけどな?」

 

 己を正しく認識し切れていないアシェルに、Jは白けた視線で訂正を入れた。

 アシェルの特殊性が、現在の問題に関連があるのかは知る由もないが、その言葉は少年に少しばかりのひらめきを与えたようだった。


「……うーん。僕に前世の記憶があることで、精神構造もなんか特殊なのかな……? それにしたって、情報不足で、まだ仮定の域を出ないけど……」

 

 ぶつぶつと平常運転の独り言を漏らし、アシェルは思案に耽っていた。

 その様を眺めながら、Jは自身の心中にひとつの懸念が巣食い始めるのを感じ、それを追い出す様に頭を振った。


(……女神さんの目が、たまに変な感じになるのとは……関係、ねえ…………よな?)

 

 影としての訓練を経て、常人より遥かに優れた五感を持つJには。

 あの優しい青年の瞳が揺らぐ瞬間に、僅かに感じる"魔力の漏れ"が――

 疑うつもりが無くとも、どうにも気に掛かって仕方なかった。

 

 それ単体で見ても疑わしいものだが、Jはメモを通じた交流で、あの善性に信を置いたはずであった。


 しかしここへ来て、彼の異父妹という近しい血縁から、警戒すべき"特殊な能力"を持つ者が現れた。


 この事実は、一度は信じると決めた相手だとして、その胸中に再び猜疑の火を灯すには、余りに十分な証左であった。

 

「うー! …………やっぱり、わかんないや」

 

「……っ」


 アシェルの唸り声に、Jはピクリと身動いだ。

 注視していなければ分からない程度の動揺だったが、その内心は大いに揺れていた。


(……ビビったぁ。つか、アシュ坊の前でこんなこと考えんのは、やっぱ色々とマズイな……)

 

 一先ず疑惑の芽はそのままに、Jは少年に向けて、殊更軽い調子で声をかける。


「まっ。研究狂いで、おまけに前世の記憶まで持ってるアシュ坊が、"分かんねぇ"って言うんなら。今んとこ誰にも分かんねぇ話なんだろーし、しゃーねぇわな!」


 あえて無頓着に振る舞うJの物言いに、真意に気付いたわけでもないアシェルは、意表を突かれたようで。

 軽く目を見張ったあと、表情を和らげた。

 

「もうっ、Jってば! そんなに簡単に流していい話でも無いんだよ……?」


 反論のような言葉を使っていても、その口許は微かに綻んでいた。

 一拍置いて、少年が続ける。

 

「まあでも、そうだね。誰にも分からない事だったとしても、少しずつでも調べてみるよ」

 

「おう。でもよ、危ねえトコにはぜってぇ首突っ込むな?これだけは守れよな」

 

「えぇ……そんなの、約束できないよ……。僕から行かなくても向こうから来るかもだし……」

 

 本音の心配が伝わり切らず、Jは小さく舌を打つ。

 眉を顰めて遺憾を表しながらも、懐から何かを取り出してアシェルに向かって放り投げた。


「ぅわっ!? …………え、なに……」

 

 どうにか反射的にそれを受け止めると、寄越された品を見て、アシェルは困惑の表情を浮かべた。

 

 その手には、見覚えのある小さな黒い笛を持っていた。


「ね、ねぇJくん…………これって、まさか」

 

「まあ、お察しの通りだ。何があるか分かんねえし、お前が持っとけ。失くすなよ、特注品だぞ?」

 

 内容としては重みのある言葉を、いかにも軽薄そうな態度で伝えるJ。

 その婉曲した優しさに、アシェルはまた、先程とは違った感情で泣きたくなった。

 

「…………ありがとう、Jくん。もしもがあったら、使わせてもらうね」


「おう」

 

 やや不恰好な笑みで礼を言う少年には。

 よもや片割れの少女がなんの衒いもなくその呼び笛を使い、あの心酔し切った影の女を幾度も喚び出している事など、与り知らぬことだった。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 少年の部屋を後にしたJは、夜番の任務を数刻の間Kに押し付け、フローレスの屋敷に侵入を果たした。

 元より担当時間外でも"お嬢様"の近くに居たがる女は、容易くその任を請け負った。

 

『坊ちゃんの安寧はお嬢様の安寧でもある。今のまま、そちらはお前が主導しろ』

 

(ハッ、簡単に言ってくれるぜ)


 目的地の扉の前で――

 相棒の言葉を反芻した男は、内心の舌打ちを堪える。

 

(アシュ坊ですら見たこともねえ"女神さんの寝室"に入るの……なんか駄目だよな?)

 

 倫理としては間違ってはいないだろうが、影としては錯誤の極みのようなその思考の危うさに、男は気付かない。

 あるいは、気が付かない振りをしているのか。


 慎重な手付きで扉の下の隙間に紙片を滑り込ませると、小さく二度、扉を打ち鳴らした。

 

「……えっ。こんな時間に、だれ……?」

 

 向う側でダリルの戸惑うような呟きが漏れる。

 次いで、異物に気付いたのか、ハッと息を飲む音がした。

 

 紙面に書かれていたのは、ダリルにとっては決して踏み入れて欲しくはない"心の闇"に触れそうな言葉だった。


『 アンタ の 目

 マじョ ト オナじ ?

 チガう ヨナ ? 』


 当初より幾分か整ってきた文字を見つめ、揺らぐ瞳。

 扉越しの男には観測しようもないその動揺を押さえ付け、ダリルは震える手で返事を認めた。

 

 長い沈黙の後、ようやく返されたメモには。

 インク溜まりの染みと、短い問いだけが記されていた。


『 アナタ ノ いう

 マじョ って ナ二 ? 』


 どう返事をしたものかと、Jが考えあぐねていると――

 カサリと音を立て、二枚目の紙片が寄越された。

 

 Jは無音でそれを拾い上げ、そっと内容を確認する。

 

 

『 わたしは

 アシェルくんに

 わるいこと しない。

 それだけは ほんとう。 』

 

 それまでの、意識的にJの筆記レベルに合わせた"いつもの文面"とは違う、ダリルからの切実なメッセージ。

 それは、書くことには苦労しても読む分には支障をきたさないJには、正しく理解できた。

 

(……チッ。肝心なことは答えねえくせに、一番信じたくなることだけ言いやがって……!)

 

 心で悪態をついた男は、『今日のところはここまでだ』と、早々に見切りをつけてこの場を立ち去った。

 

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

(七話で吹いてた笛……!)

よければまたアシェルに会いに来てくださいね!


☆期間限定 夏休みイベント☆

 週3回(火・木・土 20:00)更新中です!

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