十二話◆短縮できるのは、詠唱だけ
呪いの手紙のほうがまだマシまである……
三人でバカやって、少し気分が晴れた僕は。
来週から始まる夏季休暇の前には、絶対にダリルさんに会いに行かなきゃ、と気合を入れていた。
(…………でも。その前に……)
一つだけ、すぐにでも確認しておかなきゃならないことが出来てしまった。
「はあ……」
一人きりの自室で、隠す必要のない息を吐く。
机の上に置かれた"小さな包み"を眺めて、嫌すぎるけど……僕は仕方なくそれに手を伸ばした。
"アシェル・ガルブレイス様"……と。
僕の名前が記された、その簡易的な包装を剥がした瞬間。
「…………うっ」
ふわりと甘すぎる匂いが鼻を掠めて、僕は反射的に顔をしかめた。
そこから出て来たものは、二つ。
一つは、押し花が施された"しおり"。
そしてもう一つは、控えめな淡い緑色の封筒だった。
「どこからどう見ても、手紙…………だよなぁ。ぱっと見は、普通の……」
封蝋のされていない封筒を開けて、中身を検める。
どうやら、手紙以外のものが仕込まれているわけではなさそうだった。
折り畳まれた紙面をひらくその前に、僕は事の次第に思いを馳せた。
◇ ◇ ◇
寮の部屋からそろそろ帰ろうと、支度を始めたとき。
ヒューゴが何かを思い出したように、声を上げた。
「そういえば、アシェル」
「なに? そろそろ僕、帰るよ?」
「ああ、それは分かってる。だがその前に。これについて、何か知らないか?」
ヒューゴが差し出してきたものは。
初めて魅了の危険性を垣間見た、あの時――
『お前が受け取るまで……俺は……席には座れない……』
そう言って、ヒューゴが渡そうとしてきた、"あの"包みそのものだった。
「うわ……完璧に忘れてた…………!」
口の端が引き攣りそうになりながら、その危険物を凝視する。
「やはり、お前の物なのか。ここに名前が書いてあるしな」
知りたくなかった情報を告げるヒューゴは、そのままさらに説明を重ねた。
ヒューゴの体感としては、"知らない間に自分のポケットに入っていた"そうだ。
記憶、抜け落ちてたもんね……。
ヒューゴはそれを、単純に『僕の物』として解釈していた。
ヒューゴが、一度ならず二度も魅了魔法にかけられた……という事実。
それを、ここまで本人にはずっと教えずにいたのに、わざわざ事情を説明する気にはなれなくて。
結局僕は、怪しげな代物を"僕の物"として引き受けるしかなかった。
◇ ◇ ◇
思い返した事で、ますます嫌気がさしてきたけど、意を決して手紙を読む。
そこには。
予想外に整った字で、控えめそうな文章が綴られていた。
『 アシェル・ガルブレイス様
先日は、親切にして頂きありがとうございました。
お優しいアシェル様にとっては、
何気ない事だったのかもしれませんが、
わたくしにとっては、かけがえの無い
大切な思い出になりました。
わたくしが誰なのか、あなたはきっと
お分かりにはならないでしょうね。
それでも、わたくしは
アシェル様をお慕いしております。
どうか、まずはお手紙だけでも
読んで頂けたなら、それだけで十分です。
もしもお返事を頂けるのなら、
わたくしがこの手紙を託した
アシェル様のご友人の方にお渡しください。
色良いお返事をお待ちしておりますわ。
あなたを慕う R.D. 』
文字を追うごとに、ぞくりと怖気が走った。
(っ、なんなんだよ、これ…………まるでデタラメじゃないか……!)
微かに震える手で、手紙をぐしゃりと握りしめる。
一見すると可憐なラブレターのようにも見えるそれは、何もかもが不気味だった。
……まず、前提から間違っている。
ハンカチの件は、僕の善意なんかじゃなくて、レイナに半ば無理やり拾わされたようなものだ。
しかもその際に、あいつが僕に魅了をかけようとした事も分かってる。
僕に直接働きかけるのが難しくなったからなのか。
その後に、二度にも渡って、大事な友達に手を出しておいて……。
"この手紙を託した"、だって?
「…………《火よ》」
短く告げて、魔力を込める。
迷いや苛立ち……あらゆる感情を乗せた炎が、手の中の紙を灰塵に帰す。
一瞬にして燃え尽きたそれは、どこかに火を移すこともなく消え去った。
僕の沸き立ちそうな怒りだけを、その場に置き去りにして。
部屋に残った鼻につく匂いを一掃したくて、僕は辺りに清浄の魔法をかける。
残された、押し花のしおり。
落ち着いてから精密に調べようと思うものの、今は見るに耐えず、乱雑に引き出しに押し込んだ。
普段開けることの少ないその段は、雑多な小物の物置みたいになっていた。
その隙間に、チラリと見えた薄桃色の封筒。
目にした途端、かつて受け取ったあの優しさが胸に広がっていく。
憤りに飲まれかけていた思考は止まり、急速に熱が引いていった。
代わりに、チクリと罪悪感が胸を刺す。
――いつか。
かならず言葉を返すから、それまではどうか臆病な僕を許してほしい……。
記憶の中の、今よりも歳上な彼女の姿を思い浮かべて、心の中で謝罪する。
僕は、同じ色彩を持つ恋しい人に、無性に会いたくなった。
◇ ◇ ◇
翌日、放課後になると同時に僕は立ち上がった。
勢いが良すぎて、隣のニールくんがびくんと肩を跳ねさせていた。
フェリクスやクロードも、何か言いたげにこっちを見ていたけど。
ごめんねと心の中だけで謝って、急いで荷物を纏めていく。
今日はもう、一秒でも早く向かいたかったから。
「…………よしっ。それじゃ、みんな。また明日ね!」
個別に挨拶する時間も惜しんで、教室を飛び出す。
ちらっと確認したみんなの視線は、呆れたようなものが多かったけど。
それでも、どこか温かかった。
(アリシアには、昨日怒られちゃったけど……)
実は、寝る前にまた図書室でアリシアと顔を合わせた時に。
やらかした自覚から挙動不審になってしまって、レイナの置き土産のことがバレて……。
みんなに情報を共有する前に、手紙を焼却処分してしまったことで、ちょっとだけお小言をもらってしまった。
(Kは別に怒ってなかったし、Jなんか、"やるじゃん"とか言って、また爆笑してたけど…………)
最終的にはアリシアも、『気持ちは分かるから、もういいわ』と言ってくれたけど。
次があるなんて思いたくないけど、万が一そんなことがあれば……。
今度は衝動的になりすぎないように、気を付けなきゃいけないな。
そんな事を考えながらも、足だけはずっと、研究棟へと急いでいた。
自分自身で勝手に距離をあけて、寂しくなって。
傷付けたかも、なんて、そんなの聞いてみないと分からないのに。
今ではもう。
あんな都合の良い"夢の人"なんて比べ物にならないくらい、"本物のダリルさん"に会いたかった。
息を切らして研究棟の三階まで駆け上がると、いつもの302号室の扉の隙間から、温かな光が漏れているのが見えた。
(やっぱり、ダリルさんはここに居た……!)
ここまで全力で走っておいて、今日は研究室に来てない……とかだったら。
また301で、ヤケみたいに研究にのめり込むしかないところだった。
呼吸を整えて、乱れた服を直す。
心臓はまだ早鐘を打っていたけれど、それは走ったせいだけじゃなかった。
最後があんなだったから、合わせる顔なんてないはずなのに。
それでも「会いたい」という欲求が勝ってしまった自分の浅ましさに、少しだけ苦笑する。
(……まずはちゃんと謝らなきゃ。嘘をついたことも、不用意に頼ってしまったことも……)
ノックをする手が一瞬ためらったけれど。
一度、深く息を吸って、僕は意を決して扉を叩いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(クリスタちゃんへのお返事……いつになるのやら)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
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