十一話◆持つべきものは
それにしても、ヒューゴ……マジかぁ
初めて"ダリルさんに会わない選択"をしたあの日から、僕はまた、研究にのめり込む日々へと戻っていた。
人工魔石の徹底的な調査と、『感情・イメージによる術式構築理論』のブラッシュアップ。
作業自体は楽しいし、時間も忘れられるけど。
「はあぁぁぁ…………」
定期的に襲ってくる"逃げ"という自覚が、大きなため息となって現れていた。
「アシェルさま、大丈夫ですか? またあの時みたいに、ため息ばかりつかれてますね……」
隣から聞こえたニールくんの声に、そういえばここは学園だったなと思い出す。
僕は、彼の柔らかい金茶の髪をわしゃりと撫でながら、視線を逸らして曖昧に笑う。
「……ごめんね、心配かけて。まあそのうち大丈夫になるから」
その言葉は、事実というよりは願望だったけど、思いの外僕自身の心に沁みた。
「それならいいんですけど……確かにボクじゃ頼りないですもんね……!」
拗ねた口調でぷくっと頬を膨らませるニールくん。
相変わらずハムスターなんだよなぁ……。
「拗ねないでよ、ニールくん。きみはちゃんと……その……一緒にいるだけで、心を軽くしてくれてるんだからさ」
そんな風に笑いながら、撫で続けていたら。
頭上から伸びてきた手にガシッと腕を掴まれた。
「おいアシェル。いい加減にそれをやめろ」
振り返ると、なぜか苛立った様子のヒューゴが立っていた。
「あ、ヒューゴくん。それにブレインくんも、おはようございます」
「ああ……ニール、おはよう」
「ニールくんもアシェル様も、おはよっスー!」
ヒューゴが僕の腕を掴んだまま、普通に挨拶が交わされる。
地味に痛いんだけどな……。
「おはよう二人とも。ねえ、ヒューゴ。ちょっと痛いんだけど……」
「……いつまでも初等部気分のまま、気安く撫でるお前が悪い。ニールも、少しは拒絶しろ」
……うむ、完全にごもっともである。
ポイと投げ捨てられた腕をさすり、ちょっとだけバツが悪いような気持ちになる。
「えっと……ボクは、もう慣れちゃったんで、ぜんぜん平気ですよ?」
「それならよかった、のかな? ごめんね、ニールくん……」
「良くはない……!」
ニールくんの言葉に、彼を不快にさせてたわけじゃなかったと安心していたら。
少し語気を強めたヒューゴの声が、ざわめく教室の中でも響いた。
なんだ? なんでヒューゴはこんなに怒ってるの?
「あー…………ねっ! そうだ、アシェル様! 今日久しぶりに寮の部屋、遊びに来ないっスか!?」
妙な緊張を切り裂くように、ブレインくんの明るい声が響く。
空気が変わったのは助かるけど――
「お誘いは嬉しいけど、ごめん。僕はいま研究に……」
「来い」
「え…………?」
研究に時間を使いたいから。
そんな"断り文句"をヒューゴの端的な言葉に遮られた僕は、ぽかんと口を開けて呆けてしまった。
「……アシェル様、最近ヤバいっスよ? 自分じゃ気付いてないかも知れないけど、ちゃんと息抜かないと」
「あ……」
ごめん、と呟いたら。
ブレインくんは、いつかみたいに「だからすぐに謝るのやめてって言ってるじゃないスかー」と笑っていた。
◇ ◇ ◇
そして、放課後になって。
「待って! 待ってよ、逃げないから。そんな引っ張らないでもちゃんと歩くからさ……!」
僕は腕を掴まれて、強制連行さながらに……ほとんど引きずられるようにして歩かされていた。
"せめて自分で歩かせて"とわめく僕に構わず、ヒューゴは無言で僕を引っ張り続ける。
そんな時。
「ヒューゴ! ちょっとだけ止まってほしいっス」
「ブレインくん……!」
やっぱりブレインくんは優しい!
なんて染み入っていたら。
「…………よっし。これでオッケーっス! じゃあ行くっスよ!」
ブレインくんは、腕を掴まれたままの僕のローブの胸元に、訪問者用の寮章を取り付けると、再びヒューゴにゴーサインを出してしまった。
「えっ、ウソ!? そりゃないよブレインくん!」
抗議の声を上げると、ブレインくんは太陽みたいないつもの笑顔でニカッと笑った。
「まーまー! アシェル様。今日のところは、オレらに付き合って下さいっス!」
そんな風にして、僕は二人の部屋まで問答無用で連れて行かれたのだった。
◇ ◇ ◇
「……で? 最近のお前は一体なんなんだ?」
着くなりベッドの縁に座らされて。
両側を二人に固められながら、ヒューゴがいきなり核心をついてくる。
「う……。なんなんだって、言われても……」
左右のどちらにも逃げ場がないので、膝の上でギュッと握った自分の手を見つめる僕。
「ヒューゴ……やめるっスよ。いくらアシェル様が不気味なくらいに研究尽くしで、そのくせ暇さえあれば無意識にニールくんにベッタリだからって、いきなりそんな言い方は良くないっス!」
「え…………えぇ……?」
なにそれ、僕そんな感じだったの……?
…………いや、自覚はある。多少は、だけど。
それにしたって、そんな"不気味"で、"暇さえあればベッタリ"だなんて、そんなこと――
(………………ある、な……?)
「あっ…………ごめんなさいっ! オレ、全然こんなこと言うつもりじゃなかったんスよ!」
どうやら、わざと現実を突きつけたわけじゃなかったらしい。
ブレインくんは慌てて謝ってくれたけど、多分、どう見えてるのか早めに知れてよかった。
「なんか、ほんとにごめんね。心配かけちゃって」
「……全くだ」
「あー……。アシェル様? ヒューゴは別のとこでイラついてるだけなんで、そこまで気にしなくていいっスよ?」
ヒューゴの短いけれど急所をついた返事に、ほんの少しだけ、チクリと胸が痛んだけれど。
ブレインくんが何かをフォローするように付け足した。
「別のとこ?」
「っ、まー細かいことはイイじゃ無いっスか! ほら、お悩み相談会始めましょっ?」
パンと手を打ち鳴らして、ブレインくんがこの場を仕切る。
何かあっても、空気が重くなり過ぎないように気遣ってくれて、いつも助けられてるんだよなぁ。
「…………お悩み相談会、ねぇ……? どこまで話していいものか、まずそこに悩んじゃうな」
なんだか気が抜けてきて、思わず漏れた本音に、ブレインくんが苦笑いする。
「アシェル様って、ホント自分の限界分かってないタイプっスよね……。あっ、別に責めてないっスよ?」
一呼吸おいて、彼は続けて口を開いた。
「オレら、アシェル様の悩みだったら……。どんなことでも真剣に聞く準備、出来てるっスから」
ちょっとだけ照れたように笑いながら、それでもわざわざ恥ずかしい言葉でも伝えてくれて。
僕はその優しさに、甘えてみることにした。
◇ ◇ ◇
「………………なんか、思ってたより生々しい話で、正直ちょっと面食らってるっス……」
あの日の"夢からの暴走"と"その後の逃避"について、ぶちまけたあと……。
ようやく喉の渇きに気が付いた。
勢い任せに告白したけど、やっぱりそれなりに緊張していたみたいだ。
お葬式かな? っていうくらい沈黙が続いて、ようやくブレインくんが言葉を発した。
なんか、ごめん。いやマジで。
「……ごめんって! ほんとはこんなの、誰にも話すつもりなんてなかったんだよ……!」
「いやあ…………聞いたオレらが悪かったっスよ」
気まずい静寂が破られた勢いに乗っかって、僕が慌てて謝罪と言い訳を口にすると。
ブレインくんは、顔を赤くしながら、バツが悪そうに小さく頬を掻いた。
「……それに、オレだって、そんな時もありましたし………………」
「え?」
「…………へっ!? うわあああぁぁあああッ! いっ、今のは、忘れて下さいっス……!」
「ごめん。ムリかも……」
泣きそうになってるブレインくんと、申し訳ないけど"自分だけじゃ無い"ことにちょっとだけ安堵してしまった僕。
ぎゃーぎゃーと騒いでいると、それまでじっと様子を眺めていただけのヒューゴが口を開いた。
「そうか……。起き抜けに"ああ"なっている時があるのは、割と普通の事なんだな」
「ヒューゴ……!?」
「ばかっ! ヒューゴ、これ以上その話題を引っ張るのはやめるっスよ……!!」
驚いた僕とブレインくんの声が重なる。
さっきの暴露話をどこまで理解していたのかは分からないけど。
ヒューゴは恥ずかしがる様子もなく、いつもどおり淡々としていた。
「…………ねぇ。それって、どう"処理"してるの?」
僕が興味本位で聞いてみると。
「処理? いや、早朝の鍛錬中には自然におさまっているが。お前達の言うように、何らかの処理をした方が良いものなのか?」
曇りの無い瞳に見つめられて、なんだか一気に恥ずかしくなってくる……。
「…………え……。ヒューゴ、もしかして、したことないんスか……?」
ブレインくんが、信じられないものを見るようにヒューゴを見つめる。
僕も同じ気持ちだけど……。
「……何をだ? よく分からんが……これといって対処をした事は、無いな」
衝撃のひとことに、ヒューゴが辺境伯家でどうしてそれほどまでに溺愛されているのか、なんとなく分かった気がした。
その後もみんなで(主に僕とブレインくんが)自爆して、思いっきり笑って。
沈み込んでたのが馬鹿らしくなってきた。
やっぱり、一人で悩んでても碌なことにはならないよなぁ。
なんて、あらためて思った僕だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(やけにヒューゴが目立つ章ですね……?)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆期間限定 夏休みイベント☆
週3回(火・木・土 20:00)更新中です!




