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乙女ゲームで存在しない悪役令嬢の双子の兄に転生してしまった【第五章◇進行中】  作者: かみながあき
第四章◆中等部二年生編(前期)

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十話◆開かない扉

[恋心の暴走を読み飛ばした方への補足]

・またアレな感じの夢を見ました

・うっかり自家発電しました

・死ぬほど後悔しています←イマココ

 

 

「……っ……ゔ……」

 

 ずびずびと鼻を鳴らしながら、自己嫌悪のループに陥っていたとき。

 

 突然頭上から声をかけられて、僕は心臓が止まりそうなほど驚いた。

 

「……なあ、何泣いてんの?」

「…………ぇ? ……J!? うそ、なんで? 鍵かかってたよね……?」

 

 

 誰も入ってこられないと思ってたから、あんなことをしてしまえた。

 だから今も、こうして泣いていたのに。

 

 呆然としていると、Jは小さく息を吐いたあと、哀れみなのか呆れなのか分からない目で僕を見据えた。

 

「あのさアシュ坊? 影が鍵かかってるくらいで侵入できないわけねぇだろ?」

 

「…………確かに」

 

 言われてみればそうなんだけど、今は誰にも見られずに、ひとりで沈んでいたかった。

 もし泣き声が漏れて、心配で来てくれたんだとしても……。

 

「そんで、どうしたんだよ。ついにフラれちまったのか?」

「……ちっ、違う! フラれてなんか…………!」

 

 普段の笑いを含んだような声じゃなく、しみじみとそんなことを聞かれて。

 僕はとっさに反論してしまった。

 

「……でも、どうせ女神さん関連なんだろ?」

 

 まるで何もかも分かっているみたいなJの物言いに、自然と退路が塞がれていく。

 

 静かな闇色の瞳からは逃れられずに、僕は事のあらましを説明する羽目になってしまった……。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 "夢"と"現実の失態"を話し終えると、ほんの少しだけ心が整理できた気がした。

 Jは途中では余計な口を挟まずに、ただ相槌だけをくれたから、思ったより辛い告白にはならなかった。

 

 一連の話を最後まで聞いたJは、心底"理解不能"みたいな顔をした。

 

「はぁ? ……泣くとこ、そこかよ。もっと他に泣くタイミングあっただろ」

 

「……だって……」

 

 だっての後を続けられない僕を見て、Jは小さく肩をすくめる。

 

「つーか。んな事でいちいち泣いてんの、さっすが、若いねぇー」

 

「もう! ……こっちは真剣にへこんでるんだから、茶化さないでよ……」

 

「別にまだ茶化してねぇだろ。茶化すってのはな、こういうことを言うんだぜ? …………で、何回やらかしたの?」

 

「は、はあ!? やめてよ、ほんと……」

 

 とんでもない質問をぶつけられて、僕はまた泣きたくなってしまった。

 羞恥と八つ当たりみたいな少しの怒りで、カッと頬が熱くなる。

 

 そんな僕に、Jは事も無げに告げた。

 

「アシュ坊くらいの歳のガキなら、そんくらい普通だろ? むしろ今までやんなかったことのほうがびっくりだね」

 

「えぇ……?」

 

 思ってもみない言葉に、恥ずかしさよりも困惑が芽生え始める。

 戸惑う僕に向けて、Jはさらに言葉を重ねた。

 

俺ら()だって、場合によっちゃ任務に差し支えるから先に済ましとくぜ? 状況が違うっつーんならそれまでだけど、別に恥でも罪でもねぇだろ」

 

「……そう、なのかなぁ」

「そーそー」

 

 どこまでも軽い調子のJに、これって落ち込んでる僕の方がおかしいのかな……なんて迷いが生じる。

 

 だけど、僕は――

 

 

「でも、あのひとを……汚しちゃった……」

 

 またマイナス思考に傾きかけた僕に、Jはパンッと自分の膝を打って(かぶり)を振った。

 

「っだぁ! めんどくせーなあ。何も本物の女神さんが汚れたわけじゃねぇだろうが。それともなにか? アシュ坊は、もし女神さんが実際にそういう目に遭った事がありゃ、"汚れてる"って思うのか?」

 

 そんな――

 考えただけで胃が逆流しそうな……碌でもない言葉を投げつけられて、瞬間的に頭に血が昇る。

 

「なんだよそれ!? …………っ、血反吐吐きそうだけど…………思わない……。あの人が汚れてるなんて、絶対に思わないよ……!」

 

 冷静さを欠きながらも真剣に答えるうちに、僕自身の言葉はそのまま確信へと変わっていった。

 

 ダリルさんは。

 ダリルさんの心は、きっと誰かの介入なんかで汚されたりしない。

 

 

 その思いは、薙いだ湖に落ちた一滴の雫のように、僕の薄暗かった心に瞬く間に波紋を広げた。

 

 冷え切ったり、熱くなり過ぎたりしていた感情が、穏やかで少し熱い温度に戻っていく。

 

 

「……まあ、そういうこった。アシュ坊が頭ん中で何しようが、女神さんは女神さんのまんま。それでいいじゃねーか」

 

 僕の頭をポンポン……と少し雑に撫でながら、Jが曖昧に笑う。

 この余裕の態度。

 完全に乗せられたんだな、これは……。

 

「……なんか丸め込まれただけのような気もするけど……」

 

 手のひらでコロコロ転がされたのがちょっぴり悔しくて、僕の頬は片側だけ不自然に膨らんだ。

 

「うるせぇな、おとなしく丸まっとけ。おら鼻かめ」

 

 優しい声で、優しくない手つきでちり紙を鼻にあてがわれて。

 僕はそのまま、されるがままに鼻をかむ。

 

「…………うん。ありがとう、Jくん」

 

 呼吸の通りが良くなると、なんだか心もスッキリしたような気がした。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 

 その後。

 Jは「研究にのめり込むのも良いけど、ちゃんとメシまでには帰らねぇと俺が派遣されちまうだろ?」と、軽くお小言を言ってから去っていった。

 

 確かに今回は突発だったからなぁ。

 調べたい事があるとは言ったけど、以前の"研究合宿"みたいに泊まり込みになるなんて、誰にも伝えていなかった。

 僕自身も、まさか寝落ちしちゃうなんて思ってなかったし……。

 

 

「クロードが悪いんだよ、クロードが……!」

 

 脳筋すぎて人工魔石も生み出しちゃうし、脳筋すぎて魔石の色と属性について言い当てちゃうんだから!

 

 ぷす! と怒りのポーズを取ってみたけど……まあ、これが責任転嫁なのは分かってるよ。

 

 でも、そうでもしないと、色んな感情がぐるぐるしすぎてどうにもならなそうだった。

 

 

「あああああっもうっ……!」

 

 なんだか居ても立っても居られなくて、帰りの準備始めて鞄を引っ掴んだ時だった。

 

 コン、コン、コン――

 

「っ!?」

 

 ゆっくり、三回。

 規則正しいリズムで響いたノックの音に、僕の心臓と身体は思い切り跳ねた。

 

「…………アシェルくん? 研究室まで来てたの……?」

 

 ダリルさんだ……。

 

 会いたいけど今一番会いたくなくて、それでも会いたいけど、"絶対に会えない"ダリルさんだ……!

 

 僕がフリーズしていると、カチャリと優しくノブに触れる音がした。

 

「……あれ、開かないや。やっぱり居ないのかな……アシェルくんの声が聞こえたのに……」

 

 扉越しにくぐもった声が聞こえる。

 いろんな緊張で、脈拍が乱れて胸が痛い。

 

(……ごめんね。いつだって会いたいけど、今だけは会いたくないんだ……)

 

「…………アシェルくん……元気にしてるのかな」

 

 聞こえるか聞こえないかの呟きに、一瞬、思考が停止した。

 次の瞬間には、僕は声を張り上げていた。

 

「ダリルさんっ、僕は、元気ですよ……!」

 

「あっ、やっぱり来てたんだ……! ねぇ、どうして鍵なんてかけてるの? いつもそんなことしてないのに……」

 

 や……やっちゃったー!?

 なんで! 僕は! 返事をしちゃうの!

 

「え!? いやっ、ちょっと…………そう! 先生が! ダミアン先生が来たら困るしっ……なんて…………」

 

 咄嗟の言い訳にダミアン先生を使う僕。

 実際に先生はいつも"すぐに僕を拉致する"んだから、これくらいは許して欲しい。

 

「それは……確かに、そうだね」

 

 納得してくれたことにホッと息を撫で下ろしていると、再びダリルさんの声が届いた。

 

「…………ねぇ、アシェルくん。もしかして泣いてた?」

 

「えっ……!?」

 

 なんでバレてるの!?

 もしかして……いや、もしかしなくても。

 僕まだ鼻声なんだ……。

 

「こっ、これは、その…………気化した薬品が目に染みてっ、でももう何ともないんで! 大丈夫、です……!」


「そうなの……? 大丈夫って、本当にどこにも異常は出てない? ……わたしでよければ、念のために治癒魔法かけようか……?」

 

「…………っ」

 

 

 ……痛い。けど、嬉しい。

 

(…………だめだよダリルさん、今だけはそんなに優しくしないで……!)

 

 嘘なんてついて、心配かけて。

 ほんとにごめんなさい……。

 そう心の中で謝罪して、僕は震えそうになる声を必死で抑えて言葉を紡いだ。

 

「ありがとう、ダリルさん。本当に大丈夫ですから、心配しないで。……あと、今日はちょっと集中したくて……だから…………ごめんなさい……」

 

 ぎゅっと目を瞑って、反応を待つ。

 

「…………そっか。うん、分かった。あまり無理し過ぎないでね?」

 

 少しの沈黙のあと、ダリルさんは優しい声で呟いた。

 その声は、やんわりと僕の心を締め上げた。

 

「……はい」

 

 それだけ言うのがやっとだった。

 

 静かな廊下に響く、小さな足音が消えるまで。

 僕は研究室でじっと息を殺していた。

 

 ようやく脈拍が落ち着いてきた頃、特大のため息を吐いて緊張を逃そうとした。

 でも、あの人に嘘をついてしまった罪悪感だけは消えてくれなかった。

 

 僕はぎゅっと鞄の肩紐を掴んで、そのまま部屋からも研究棟からも飛び出した。

 早く家に帰ろう。

 その一心で、ひたすら走った。

 

 僕は今日、初めてダリルさんに会うことを拒んだ。

 

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

(早く立ち直ってくれぇ……!)

よければまたアシェルに会いに来てくださいね!


☆期間限定 夏休みイベント☆

 週3回(火・木・土 20:00)更新中です!

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