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乙女ゲームで存在しない悪役令嬢の双子の兄に転生してしまった【第五章◇進行中】  作者: かみながあき
第四章◆中等部二年生編(前期)

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【幕間】影の暗躍

※第四章の【幕間】に限り【Past Day】の続きであり、本編よりは少し過去の時間軸となっております。

 

 

 グランディール王国歴八三二年。

 少年アシェル・ガルブレイスが、徐々に青年へと近付き始め、中等部への進学を果たして間もないその頃。

 もはや王家の影として厳格に務めを果たすことから遠ざかっていたJは、その日、任務とは別の"とある私情"で学園近辺へと足を踏み入れた。

 

 暗がりに沈む渡り廊下。

 生徒が通る気配も今はなく。

 男は手慣れた仕草で静かにそこへ侵入を果たした。

 

(……なあ女神さん(ダリル)。アンタ、本当にひとつも"悪ぃもん"なんか持ってねえんだよな……?)

 

 全身を黒に染めた男は、抱いた疑念をそのままにしておくことは出来ず、真実を確かめに来た。

 杞憂であればそれで良い。

 しかし――探らなければ。知っておかなければ。

 

 二度と後悔を繰り返さないために。

 

 撒かれた種は、たった一言だった。

 真夏の午後。Jの唯一の幼い友人が、想い人との時間に浮かれて全身を逆上せあがらせた、あの瞬間。

 

 『()()()じゃなきゃいいんだけど……』

 

 聞き慣れないその言葉が、Jの胸の奥で今もざらりと刺さっている。

 

(気配の揺れ……魔力の質……やっぱ、なんとなくアシュ坊と似てやがる。それにあの謎の言葉だろ?)

 

 アシェルの先天性の体質を、『回路奇形』という難病だと断定したその"知識"。

 己れでは何もしてやれなかったその病を、対処どころか根治させる術を知っていた者。

 

 アシェル自身の持つ『前世の記憶』という、想像の枠を越えた発想や語彙。

 それに酷く似た匂いを、彼はダリルから感じ取ってしまった。

 

 もしも『前世』という要因を持ち込み、その知識を使って――よからぬ意図であの子供に近づいたのだとしたら。

 

(ああクソ! …………俺だって疑いたくなんかねえよ……!)

 

 ダリルは良い人間だ。あの子供を誰よりも大切にしている。

 それは、誰よりも間近に二人を観察してきたJが一番よく知っていることの筈だった。

 

 ――だからこそ、男は確かめねばならなかった。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 

 ダリルがひとりになる時間帯は限られていた。

 王侯貴族の令息にして、ガルブレイスの長男の友人。

 彼は人目につかない行動をほとんどしない。

 

 しかしこの日は違っていた。

 普段なら間違いなく連れ立っているであろうカーティスの姿はなく、彼は一人で学園の廊下を奥へ奥へと歩いていた。

 そして、人気のない書庫へと入っていった。

 

 Jは無音で天井近くの梁へと移動し、隠匿と遮音があるにも関わらず、無意識の内にさらに気配を削ぎ落とす。

 

(……さて。アンタはどんな顔で、本を読む?)

 

 影から男が見つめる中、ただ淡く微笑んでページをめくるダリル。

 それは――硬い表情でも、怯えでも、隠しごとでもなく――ある意味Jの想像通りの姿だった。

 

(……なんだよ。やっぱりアシュ坊を害する気配なんて、ひとつもねえじゃねえか)

 

 そんな目に見える事実に、監視者の男は胸の奥が少し軽くなるのを感じて息を漏らす。

 しかし、男の目的はこれで終わりではなかった。

 

 Jは静かに、懐から一枚の紙片を取り出した。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 アシェルという少年がノートに書き溜めた『日本語の攻略ノート』と。

 秘密を共有する際に、改めてこの世界の言語で書き写された『翻訳版の攻略ノート』。

 

 二冊のページを見比べながら、Jは独学で『ぎこちない日本語らしきもの』を覚えていた。

 

 

 Jの持つ紙切れは、独特のいびつな日本語で書かれた小さなメモだった。

 

 

『 アナタ こレ よメル ヒト ? 』

 

 Jはまず、ダリルに"理解者かどうか"の踏み絵を仕掛ける事にした。

 "読める者"以外に読まれてはいけない。

 だからこそ日本語を選んだ。

 

(……読めるってんなら話は早い。読めねぇんなら、このメモはただのガラクタってだけだ)

 

 書庫内の微細な風の流れを読み、ひと筋の隙間から紙片を落とすJ。

 目論見通りに、紙はダリルの足元に静かに舞い降りた。

 

 ダリルはその異変にすぐさま気づいた。

 拾い上げ、目を通し、そして――

 

 紙が微かに揺れた。

 

(……読めちまったかー)

 

 Jが確信を得るには十分だった。

 少しの間を置き、返された紙には同じような日本語が書かれていた。

 

『 よめマス。

 でも アナタ だれ? 』

 

 まっすぐで、嘘がない文字と。

 おそらく差出人の文字の歪みから、日本語に慣れていないことを察したのだろう。

 ダリルの文もまた、Jが書いた言葉のように片仮名と平仮名だけで構成されていた。

 

(ハッ……こういうとこ、ホント敵わねえな。アシュ坊が気に入るわけだよ)

 

 微かな苦笑が、影の中で漏れる。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 

 暫しの逡巡の後、Jは返答を書く事に決めた。

 

『 ワルい オモイ ナイ。

 アしェル マモリタイ。

 オレ ワ カゲ。

 アしェル二 いエナイ ハナし アリ。 』

 

 Jにとってはこれが限界だった。これ以上踏み込めば流石に"干渉"が過ぎるだろう。

 放置すればアシェルの危険に繋がるかもしれないという葛藤を抱えながら、再び紙片を手から落とした。

 

 ダリルはそろりと拾い上げた紙をしばらく見つめ、ふっと息を吐く。

 その顔は安堵の色に染まっていた。

 

 そして、彼もまた紙片に文字を連ねていく。

 

『 わかリマシタ。

 アシェルくんニ わるイコト しナイナラ

 わたしモ ハナシ キキマス。 』

 

(……ったく…………なあアシュ坊。やっぱ女神さんは女神さんだったよ)

 

 その応答だけで、もう迷うことは無いと知れた。

 彼は『こちら側の人間』だと、Jは結論付ける。

 目の前の青年がアシェルを故意に傷つけるようなことはないのだと。

 

(……女神さん、アシュ坊のこと守ってやってくれな?……俺には出来なかったけど、アンタなら……)

 

 紙片を風で攫いながら、Jはその場を後にした。

 ひとり取り残されたダリルは、最後まで姿を見せなかったJを何と思ったのだろうか。

 彼はしばらくその場に留まり、次の紙切れを待っていた。

 

 こうして、アシェルを大切に思う者同士の小さな邂逅は一旦幕を閉じた。

 

 当の本人である少年が決して知ることのない――

 静かで、しかし確かな"暗躍"だった。

 

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

(主人公の知らない『邂逅』……こういうの好きです)

よければまたアシェルに会いに来てくださいね!


☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。

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