六話◆炎と火花
これでどうにか……
完成した改良カフスは、予想以上にうまく仕上がった。
魔力で描かれた文言の上を魔刻筆が滑るたび、術式の線が生き物みたいに光っていくのが気持ちよかった。
ほんの少し魔力の角度を変えるだけで線の太さが揺らぐのも、面白かった。
何より――ずっと僕の手元を見ていたダリルさんの視線に、ちょっとだけ誇らしくなった。
「本当にすごいね、アシェルくんは」
「……まさか本職と遜色ないほどの仕事ぶりを見られるとは思わなかったな。いつの間にこんな技術を身に付けていたんだい?」
二人からそんな風に褒められて、照れ臭い気持ちもあったけど、それ以上に嬉しすぎた。
だって、僕の望んでいた"対等"そのものみたいな気がしたから。
「兄様。このカフスなんですけど……試作ということで、友達に配っちゃダメですか……?」
もう何年も前に、『魔道具なんて高価なものを気軽に贈ったら――』なんて兄様からお叱りを受けたことを思い出して、ちょっと弱気になりながら尋ねる。
「フフ。あの時のこと、ちゃんと覚えてるんだね。うん。どうやら今回は色々と話が違うようだし、防護魔道具自体もそれなりに普及している」
「それって……」
「いいよ。父上には僕から話を通しておくから、アシェルは思ったまま、大事な人達を守るために動いていい」
ずるいよ……。
ほんと兄様って。なんでこんなに格好良いのかな。
やっと追い付けたような気がしたのに、まだ全然じゃないか。
でも、それでこそカーティス兄様って感じ。
「……カーティス兄様、ありがとう。ダリルさんも色々と導いてくれてありがとうございますっ! とりあえず僕は、今からダミキャン先生の所に行って、この改編でどれだけ効果がありそうか調べてきます! 良さそうならお二人のカフスにも改編処理しますね……!」
認めてくれた嬉しさと、まだ届かない悔しさと。
色んな感情で鼻がツンとしてきた僕は、誤魔化すように言い募ると、そのまま研究室を飛び出した。
「あっ! アシェルくん……!」
「…………ダミキャン先生?」
(あ、今……僕、先生のこと……)
背後から聞こえた二人の声に自分の失態を悟りながら、全部振り切って僕は廊下を走り抜けた。
◇ ◇ ◇
「やっちゃったなぁ……」
しばらく走ったあと、少しずつ冷静になって来た僕は息を整えながら歩いていた。
(……ダミアン先生、話が長いから。必要なとこ以外は脳内でキャンセルしてたら、いつの間にか"ダミキャン先生"になってたんだよね。絶対本人には言えないけど)
まあ、"何と呼ぼうと許しは要らない"なんて言ってたから、普通に受け入れてくれそうではあるけどね……。
それにしても。
兄様はずるい。
ダリルさんもずるい。
僕が無我夢中で走っている間にも、二人はどんどん大人に近付いて、ますます格好良くなっていく。
「はあ……」
諦めにも恋煩いにも似た、どうしようもないモヤモヤに負けそうになった時。
大きなため息をこぼした僕の背中を、脳内会議追い打ち担当の僕Cが叩いた気がした。
そうだね。落ち込むのは時間の無駄、だったかな。
「……くそぉ、今に見てろよ」
誰に聞かせるでもなく呟いた言葉は、思っていたよりもずっと子供じみたものだった。
でもそれが、今の僕にとっての紛れもない本心で。
青臭い決意によって、嫉妬の炎はそのままやる気の炎へと姿を変えていく。
追い付きたい気持ちも、隣を譲りたくないという欲も、僕は諦めてなんかやらないから。
そんな熱い決意でさえも凍るような、地獄のトラウマ研究室へと自ら足を踏み入れることになった僕。
ダミキャン……いや、ダミアン先生の研究室は相変わらず騒がしくて、扉を叩く前から色んな音が漏れてきていた。
結果だけ言えば、検証はうまくいった。
精神干渉系の魔法もちゃんと跳ね返したし、魔力の流れも安定していた。
先生は案の定めちゃくちゃ長く喋ったけど……肝心なところだけ拾えば、今回の改編自体に問題はないってことらしい。
(……うん。よかった。ほんとに)
ただ――
(僕が刻印を書き換えたって、やっぱり黙っといたほうが安全だよね)
どうせ説明したら数時間は放してくれないし、下手したら「もっと! 術式の構築そのものからしてひっくり返す程に細部の細部に至るまで突き詰めようではないかァ!」とかそんなこと言い出して帰れなくなるはず。
そんな未来が簡単に想像できたから、僕はそっと胸の奥に秘密を仕舞った。
◇ ◇ ◇
次の日。
昨日の勢いのまま僕は、仕上がった改良カフスを友人たちに渡して回っていた。
「ん? アシェル。これ、前のとなんか違うのか?」
「うん。防護術式の刻印を改良した試作なんだけど、感想とかあったら教えてほしくて! 効果がちゃんと出るか知りたいから、普段から付けててくれない?」
クロードからの問いに説明を返すと、みんな最初は驚いたけど、最終的には嬉しそうに受け取ってくれた。
なんか、自分で作ったものを身につけてもらえるのって、思っていた以上に胸がくすぐったい。
(よしっ。あとは……)
この場には居なくて、まだカフスを渡せていない、どうしても気になる人物がひとり。
――ヒューゴだ。
昨日、あんな風になっちゃって……。
記憶は飛んでるみたいだけど、逆に怖いと思うし。
精神干渉の影響って、一晩じゃ抜けきらないこともあるみたいだし、本当に大丈夫なんだろうか。
そう思った僕は、教室や階段の踊り場をひと通り探して回った。
やっと奥まった廊下で、ヒューゴの姿を見つけた。
彼は一人、窓の外を静かに見つめていた。
声をかけようと、一歩踏み出す。
その瞬間。
ざわり、と胸の奥を冷たい予感が這い上がった。
(……いや。昨日の今日で、そんなまさか……)
これでみんなを守るって、そのために僕は僕にできる最速で結果を出したんだ。
そう、言い聞かせるように呼吸を整えながら、震えそうな喉を搾り出す。
「ヒューゴ。具合、どう……?」
近付く僕に、彼がゆっくりと振り向く。
「…………アシェル?」
その瞳の奥で――
黄金色の火花が、ふっと揺らめいた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(ついにダミキャン呼びが本編にまで……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




