【七夕番外if】願い星の奇跡
※このおはなしは、
本編外であったかもしれないし無かったかもしれない……
そんな【もしもの世界(if)】として気楽にお楽しみください。
七夕なので、なにか特別なエピソードを書きたくなりました。
(未登場キャラの声も混じっていますが、いつか答え合わせしてみてください)
◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
「わあ……!」
きらきらの星屑に囲まれた深い深い青の世界で、僕は感嘆の吐息を漏らした。
今日のは、すぐに夢だって分かった。
だってどう見てもここは、空想の世界そのままみたいな宇宙空間だったから。
「実際の星だったらめちゃくちゃ大きいはずだし、なによりこんなところで普通に息なんて出来るはずないし、ね……」
眼前に広がる大きな川にも見えるそれは、さらさらと流れる光の粒の集合体で。
まさに絵本で見たことがある天の川のイメージとぴったり合致している。
(めちゃくちゃファンタジー…………いや、ファンシーだ!これは紛れもないファンシー空間だ……!)
試しに掬い上げてみると、触れた感触もない光の粒は煌めきながら手のひらから零れ落ちていく。
涼やかで高い「キラキラ……」という効果音のエフェクトまで付いていて、なんかもう"夢のメルヘン宇宙遊泳"って感じだった。
「まあ、間違いなく夢なんだけど。これってどういう心理……?」
なんて。
こんな時でもただ楽しむんじゃなくて、妙に理屈っぽいことを考えてしまう僕の耳に――
『 このままずっと
ふたりだけで生きていけたらいいのにな 』
ひときわ輝く星のひとつから、そんな聞き覚えのある声が聞こえた。
「え……。今のって、もしかして……だれかの願いごと……?」
だれかの、と言うか。
今の声はクラウスによく似ていた。
星屑の流れを辿って歩いてみると。
願いが集まって出来た暫定天の川の中には、ところどころに眩しい欠片が混じっていて。
横を通り抜けると、キラキラサウンドと共に淡く発光して、その度にやっぱり誰かの声が響いた。
『 ぜってえ最強の騎士になるぞ! 』
力強い、願いというよりも決意の声。
知らずに笑みこぼれながら、ふわりふわりと浮遊するように歩を進める。
『 ぼくは王位など望まない
兄上の治世を臣下として支えたい 』
『 神様がいると言うのなら
アシュだけは取り上げないでね 』
胸が詰まりそうなほどに、優しくて切実な祈りの声。
思わず振り返ると、柔らかな光が薄らいでいくところだった。
『 ボクの代で
子爵家が潰れませんように…… 』
『 みんなには
いつも笑っててほしいっス! 』
『 今年こそ
兄貴達に恨みを晴らす 』
「あはは、願いごとが本当にそれっぽくて笑っちゃうな。僕ってばみんなの解像度高すぎなんじゃないの……?」
あまりにも本物の願いみたいに聞こえきて。
ただの夢のはずなのにと思いながらも、なんだかバツが悪いような、でもワクワクするような……。
そんな気持ちを誤魔化すために、僕はわざと茶化すようなことを口にしながら先へ進んだ。
『 生まれ変わりってのがあるんなら
今度はアイツを幸せにしてやってくれ 』
「え…………J、くん……?」
よく知っているはずの声が、まるで知らない声のように聞こえて、僕は思わず立ち止まってしまった。
(こんなの僕の解釈にないんだけど……)
戸惑っていても、ゆるやかに流れる煌めきは何の答えも寄越してはくれない。
ふたたび光の帯に沿って歩き始めたとき、すぐに次の願いの欠片が瞬いた。
『 最期の時までお嬢様のお傍に 』
「あっ、Kはそのまんまだ……」
圧倒的なまでのKの"彼女らしさ"に、一瞬芽吹きかけた不安の種もどこかに弾け飛んでしまった。
さっきのは何だったんだろうと思わなくもないけど。
こんな不思議な宇宙遊泳の最中に真面目なことなんて考えたって仕方がないので、とにかく先を目指してみることにした。
『 家族と親友が
憂いなく 』
(あ……。兄様……)
『 クロード様が
いつも息災でありますように 』
(うわあ…………。クロード愛されてるなぁ……って、これは僕の想像上のシャロン嬢なんだっけ……?)
苦笑いで無意味な考察をしていたところに、聞き馴染んだ鋭利な声音が不意打ちのように耳を掠めていった。
『 これ以上に望むことは何もない 』
『 あの子を救ってくださって
感謝しています 』
父上と母上の……。
どう表現したとしても冷たい響きなのに、なぜかじんわりと胸を温めるような――満ち足りた幸福を神に感謝しているようにさえ聞こえる、そんな不思議な祈りの声が。
僕の涙腺をツンと刺激した。
『 可愛い生徒たちが
いつも笑顔でいられますように〜 』
「……ちょ…………ちょっと待って……!」
ただでさえ涙の匂いに襲われて、天を仰ぎそうになっていたというのに。
トドメとばかりに、どんな時でも優しく包み込んで朗らかに背中を押してくれた、初等部時代の恩師の声が聞こえてきて。
「いや……待って……! こんなん泣くでしょ……」
あわやダムの崩壊、とでもいうべき時に。
全てを台無しにする冗長な大音声があたりにこだました……。
『 神に祈るなどという非現実的な行いに割く時間など私にあるわけが無かろうがと言いたい気持ちであるのは山々だが! 敢えてそのような愚行に走るのであればこのように纏める事と―――― 』
「…………って、ホントうるさいな!? 情緒返せよ……!?」
かがやく願い星(と勝手に名付けた)にまで"キャンセル"される安定のしつこさに、溢れ出しそうだった想いと涙が急速に引っ込んでいった。
「……いや、まぁ。泣いちゃうのもアレだし、別に返さなくてもいいんだけどさ……」
お陰様でしんみりせずに済んだと思えばいいのかな。
しめっぽくなりそうな気分が霧散した僕は、軽くなった足取りでこの不思議な旅を続けたのだった。
『 オモシロイ観察対象が増えますように…… 』
「だれ!?」
突然によく知らない人の声が聞こえて、思わずツッコんだり。
『 ニコが無事なら
それでいい 』
「……うん……知ってた」
随分と湿度の高い友人の声に、妙にあてられてしまったり。
どこまでも続くみたいな星河を辿って、時折り聞こえてくる願い星の声に耳を傾ける。
『 もっと背が伸びますように 』
『 親父が俺の才能にひれ伏して
跡継いでくれって
泣きついて……来ねえかなぁ…… 』
『 愚息が真っ当になりますように 』
「…………なんかこの辺、よく分かんないな……」
もしかして最後のはグウェインさんの声だったのかも、とは思うけど、いまいち確証が持てない。
どうして僕の夢の中で、僕の知る由もない願いが響くのか。
分からないけれど……深層心理とイデア(精神世界)には深い関わりがあると思うから、もしかすると、根源的に他者のイデアや宇宙的な何かと繋がっている部分があったりするのかもしれない。
こんな時にまで小難しい理論に思考が引っ張られて、あわや考察の沼へと沈んでいきそうになっていた。
そんな、僕の耳に――
『 おとにぃ
しあわせでいてね 』
「……っ!?」
理論なんかよりも、一瞬にして目の前の"非現実"に引き戻すような、ひどく懐かしい声が響いた。
引き攣れて止まった呼吸が、浅く小さく再起動する。
「ふ…………ふたば……?」
震える唇から漏れた掠れた問いかけは、深い紺色の世界に溶けて。
星の煌めきの音だけが、かすかに鳴り続けていた。
◇ ◇ ◇
「…………なんで夢の中でこんなに号泣しなきゃいけないんだよ……。はぁ……」
どれだけ泣いたのか分からないけれど。
知らずに蓄積された心の負荷のようなものも、ひとつ残らず吐き出してしまったんじゃないかと思うほど、溜まっていた全ての涙を流し切ったみたいな感覚がした。
(現実じゃないのに……双葉の声聞いたら、苦しくなっちゃったな……)
今はもう、全部溶け出してひどく落ち着いた気持ちになったけど、誰も見ていないのになんだか少し気恥ずかしかった。
「……そういえば、ダリルさんの願いごと……まだ見つかってないな。…………って、みんなのは勝手に聞こえてきたけど、わざわざ探すのってルール違反(?)か……!?」
物寂しさを振り払うように、わざと大きめの声でひとりごとを言いながら、僕は再びきらめきの中を歩き始めた。
まるで返事のように、星の瞬くキラキラ音が大きくなった気がした。
実際のところ、特定の誰かの願いごとを意図的に探すというのは、どうなんだろう。
プライバシーの観点から、あまりよくない気もしないでもない。
「……でも、所詮はこれって僕の夢の中なわけだし……。妄想の産物なら、別に探したって問題ないのでは……?」
そんな真面目なのか不謹慎なのか分からないことを考えているうちに、ようやくメンタルも通常運転になってきた僕だった。
少し歩くと、また願いごとの詰まった輝きの強い星が集まっている場所を見つけた。
『 狂犬の噛み癖が直りますように 』
「……違う。ってかだれ……」
『 必ずわたくしのモノにしてみせるわ 』
「っ……! 次っ、次行こう……!」
『 ノアに会いたい 』
『 いつまでも花を贈ってくれる
あなたのままでいてね 』
「……分かんない……。なんで僕の知らない人の声がするの……?」
ここまでくると、本当に僕の作り上げた幻なんかじゃなくて、誰かの願いごとが流れてきているのかと思ってしまう。
あるいは、夢の中だと思っていたここが、どこか別の『根源の世界』のような場所で、僕が無意識に迷い込んでしまっただけだったりして。
(それはそれでワクワクするんだけど)
なんて、また思考にトリップしかけたとき。
『 毎日アシェルの顔がみたいな 』
『 どうか気付かないでいて…… 』
まばゆい光とともに、どうしてだか『二人分の願いごと』がひとつの星から同時に響いたような感じで、重なった音は混ざり合ったまま儚く消えていった。
「…………なに、今の……声が重なって……聞こえた……?」
確かめてみたくても、これまでの願い星もそれぞれ一度ずつしか音を鳴らしてくれなかったから、きっと無理なんだろう。
(片方はダリルさんの声だった気がするけど……よく聞こえなかった……)
一番知りたかった願いを聞き損ねてしまった僕は、なんとも言えない複雑な気持ちになっていた。
"本物"か"虚構"かは分からなくても。
ダリルさんの心を能動的に覗こうだなんて、浅ましさに耐えかねて、やっぱり自分で倫理ストップをかけてしまったんだろうか。
「それにしても……。本当にみんなそれぞれだったなぁ……」
まだ天の川にはたくさんの願い星が流れているけれど、肝心なところだけ聞き逃したせいで気が削がれたのか、ただの疲労か。
なんとなく、これ以上に誰かの願いを聞くのもお腹いっぱいな気分になってきた僕は、ゆるやかな光のせせらぎを眺めながらそんなことを考えていた。
「僕の、願いは……」
ぼんやりとつぶやくと。
ひとかけらの星が、眼前にふわりと舞い降りてきて。
僕は、色彩のない純粋な光を放つそれを、そっと両手で掬い上げるように受け止めた。
(これは……。お願いごとしてみろって、ことなのかなぁ……?)
直感的にそう感じて、星に願いをかけるなら何を祈るべきなのかと、まぶたを閉じて自分の胸の内に向き合ってみる。
おぼろげな記憶の中の……無邪気すぎる笑顔が浮かんで、やっぱりこれしかないよなぁと再び目を開いた。
「僕はちゃんと幸せだから……。今度からは、自分のために願いごと使ってよ……」
二度と会うことは叶わない別の世界の女の子に向けて、あの頃よりも柔らかくなった口調で語りかける。
届くか届かないかは関係なくて、言葉にしないとまた想いがあふれてしまいそうだったから。
『 ふたば、
しあわせでいてね 』
大切に祈ると、手のひらの上の願い星は、思わず目をつむってしまうほどに眩しく輝いて。
反射で閉じたまぶたを開いたころには、忽然とその姿を消していた。
「……流れ星にでもなったのかな」
そうして、遠く遠く離れた、時空さえも越えた双葉のもとに。
本当に届くのかもしれない。
「なんてね。センチメンタルすぎ…………って、なにこれ……?」
いまの一瞬で変わったのか、それとも元々こうだったのかは分からないけれど。
ふわり、と。
見覚えのない長い袖が僕の手元を飾り、揺れていた。
「……は?」
とっさに目に見える範囲で自分の格好を確認すると、あまりにも美しく煌びやかな薄衣が、僕の全身を飾り立てているようだった。
夜空を溶かしたみたいな濃紺の布地に、星屑みたいな銀糸が散りばめられた、やたらとひらひらしている華美な衣装に。
どういう原理かは分からないけれど、僕の周りをふわふわと漂うように虹色に輝くシースルーの帯のような布が物理法則をガン無視してまとわりついている……。
「いや待って……!? これって織姫コス!? なんで僕が……!?」
「ゔっ………!」
呻き声が聞こえてあわててそちらを振り返ると、彦星みたいな格好をしたダリルさんがそこにいて。
口元を手で押さえながらぷるぷるしていたけど、僕と目が合うと、彼は無言で視線を逸らした。
「だっ、ダリルさんっ……! なんで目ぇ逸らしたんですか……」
「…………うん」
ちら、ちら、と。
まるで見てはいけないものをこっそりと盗み見るように、蜂蜜色がこちらと彼方とを行き来する。
「いや、うんじゃなくて!」
言葉を濁すダリルさんに、恥ずかしさから少し強めにツッコミを入れると。
ダリルさんは困ったようにへんにゃりと笑って、聞かなきゃ良かった彼の本音を白状してくれた……。
「……あんまりにも似合ってて…………可愛い、から」
「っ、最悪だ……! ダリルさんに会えたのはうれしいけど……なんでよりにもよってこんなタイミングでっ……!」
僕が羞恥に震えながら嘆いていると、ダリルさんはいつのまにかすぐ近くまで来ていて、不自然に浮遊している羽衣を気にしながらこんなことを言った。
「さっきね、流れ星が見えたんだけど。それがアシェルくんの瞳の色にそっくりで……。なんだか思い出したら会いたくなっちゃって、気が付いたらここに居たんだぁ」
羽衣をつついて、ふよふよと浮かぶ布地を視線で追いかけているダリルさん。
そんな挙動もいちいち可愛いんだけど、僕は今だけはそれよりも紫の流れ星についてが気になった。
(それって、さっき僕が祈った願い星だったりするのかな? あと、思い出したら会いたくなった、っていうの……。めちゃくちゃうれしいし、深読みしたくなっちゃう……)
「ふふっ。天の川の前で織姫のアシェルくんに会うなんて、夢だって分かってても、なんか楽しくなっちゃうな。どこからが夢だったんだろう?」
僕が悶々と考え込んでいると、ダリルさんもそんな考察をしながら笑って。
「宇宙空間で普通に息ができるわけないし、夢なのは間違いないと思うんですけど……」
「けど?」
「どうして僕が織姫でダリルさんが彦星なの……!? そこだけはちょっと納得いかない……!」
僕も便乗して夢談義をしようと思ったんだけど、つい不満が口をついて出てきてしまった。
だって、どう考えたってこれは『逆』であるべきだったと思うんだよ!
「そうかなぁ……? とっても可愛いし、似合ってるよ?」
「……ダリルさんに褒められるのは嬉しいけど……さすがにこれは嬉しくないですっ!」
思わず全身全霊で叫ぶと、突然に世界がぐにゃりと歪み始めた。
「うわっ!? なに…………あっ! 夢だから、覚めるの……?」
「どう――、アシェルくん? なにか――――?」
渦を巻くように内側に収束していく星空と、モヤがかかったみたいにぼやけていくダリルさんの姿。
途切れ途切れの声と、薄らいでいくダリルさんだった希薄なシルエットが、この不思議な宇宙遊泳の終わりを告げていた。
「――、アシェ――――お願い――?」
全てが溶け合って、濃紺に染まり切る直前。
ダリルさんの柔らかい声音も、もうほとんど聞き取れなくなっていたのに。
『きっと、届いたよ』
僕の願望か幻聴だったのかもしれないけど、最後の言葉だけはハッキリと聞こえた気がした。
◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
ここまで読んでいただきありがとうございます。
【七夕番外if】楽しんで頂けていたなら幸いです。
アシェルくんの聞き覚えのない声の願いは、章が進むと誰の願いか分かるかもしれません。
(現段階で確認可能な、キャラ紹介部屋のフレーバーな人たちもいたりします……)
もっと語りたいのですが、暴れるのは活動報告だけにしておきますね!
本日、夜の定期更新もちゃんとありますのでご安心くださいませ♪
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




