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乙女ゲームで存在しない悪役令嬢の双子の兄に転生してしまった【第四章◆進行中】  作者: かみながあき
第四章◆中等部二年生編(前期)

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【Past Day 6 】始まりの恐怖 ーSIDE Darylー

※過去回想からさらに過去回想に入ります。

(ややこしい構成ですみません)

 

 

 あの夏――

 わたしは初めて『自分の魔法が誰かを傷つけうるもの』であることを知った。

 その日の中等部の古い演習塔は、いつもよりずっと静かで、風の音すら遠く感じられた。

 

 アシェルくんは知らない。できればずっと知らないままでいて欲しい。

 わたしの瞳が、本当に『蜂蜜色の秘密』を宿してしまったことを。

 

 そして、よりにもよってカーティスにその『秘密』を向けてしまったことも……。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 それは、ほんの一瞬の出来事だった。

 

 ふと視線を上げたとき、扉の向こうに立っていたカーティスと目が合った。

 でも彼は、なぜか目を逸らそうとはしなかった。

 わたしの瞳を真っすぐに見つめたまま、何かを確かめるように……まるで縫い止められたかのようにその場で固まっていた。

 

「……カーティス?」

 

 声をかけたら、彼はようやく影が落ちたように瞬きをして。

 わたしをじっと見つめたまま小さく呟いた。

 

「ダリル? 今の……その、黄金色の……揺らぎは……」

 

 その言葉に、胸の奥がひどく冷たくなる。

 

 ――まただ。

 わたし、また気づかないうちに……。

 

 慌てて視線を落とすと、いつもの眼鏡をかけていなかった。

 さっき、細かい術式の確認でほんの少し外しただけのはずだったのに。

 

「ごめん、カーティス……大丈夫。もう収まったから」

 

「本当に大丈夫……なのかい?」

 

 カーティスの声はわたしを責めるようなものではなく、ただ、友人としての心配だけがにじんでいて。

 だからこそ余計に胸が痛んだ。

 

 カーティスには、このことは知られたくなかった。

 彼はわたしにとってずっと傍にいてくれた大切な親友で、アシェルくんにとっても、きっと心から安心できる素敵なお兄さんで。

 

 そんな彼に、わたしの『あれ』を見せてしまった。

 

「……本当に、平気だよ。気にしないで」

 

 そう取り繕ったけれど、カーティスはかすかに眉を寄せたまま動かない。

 わたしの言葉より、さっき見た『揺らぎ』の方を信じてしまっている目だった。

 

「ねぇダリル。君……『前にもこういうこと』があったんじゃないか?」

 

 その瞬間、わたしは呼吸を忘れて……無意識のうちに一歩後ずさりしていた。

 

 胸の奥で、ずっと封じ込めてきた記憶が――

 ひび割れた瓶の隙間から、音を立ててこぼれ出す。

 

 …………いやだ。

 だめ、思い出したくない……!

 

 だけど止められない。

 あの時の光景が、色も音も匂いもそのままに、鮮明に蘇ってくる――

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 初めてソレが起こったのは、二年前。

 わたしが前世の記憶を取り戻してから、五年ほど経った頃だった。

 

 その日は、ただ夕方の書斎で新しい魔法書を読んでいただけだった。

 外の風が強くて、窓の隙間から鈴みたいな音がしていたことを、なぜか今でも覚えている。

 

 ドアをノックして、使用人のひとりが入ってきた。

 年はまだ若く、いつも穏やかに笑う、優しい人だった。

 

「ダリル坊ちゃま。お茶をお持ちしました」

 

 そう言った彼が、盆を置いた瞬間。

 わたしが何かしたわけではないのに、なにかがふるりと揺れた。

 

 空気が沈むような、変に湿った気配。

 胸の奥に、ざらりとした違和感。

 

 ――嫌な予感がした。

 

 でも、気づいた時にはもう手遅れで。

 

「……ダリル、さま……」

 

 呼びかけられて顔を上げると、彼はわたしを見ていなかった。

 ううん、見てはいたのかもしれないけれど……普通の目じゃなかった。

 

 焦点が合っていないのに、やけに熱を帯びた瞳。

 口元だけがかすかに笑っている。

 盆の縁を握る手が震え、なにかを堪えているみたいに見えた。

 

「どう、したの……?」

 

 声が震えた。

 けれど、問いかけた瞬間、彼はかすれた声で言った。

 

「ああ…………坊ちゃまのためならば……なんでも……」

 

 ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。

 

 その『異様な変容の仕方』を、わたしは知っていた。

 前世で読んだ物語の中で、何度も似たような状況を見てきたから。

 それは『魅了に支配された者』に起こり得る変化に見えてならなかった。

 

 ありえない。

 わたしは、そんなの使っていない。望んでいない。

 そんな力なんて、あるはずないのに。

 

「やめて……どうしたの、本当に……」

 

「ダリルさまは……わたくしめの……」

 

 彼の言葉は途中で歪み、足下がふらつき始めたかと思うと、盆ごと床に崩れ落ちた。

 ガシャンと陶器が砕ける激しい音が響いたけど、わたしはそれどころじゃなかった。

 

 …………こわい。

 

 

 怖い、怖い怖い怖い………………!

 

 喉が焼けるほど叫びたかったのに、声が出なかった。

 おそらくわたしのせいで、あの人は壊れてしまった。

 

 わたしのせいで?

 

 

 その時、物音を聞きつけて飛び込んできたのは、義母であるマリアさんだった。

 

「ダリル……! これは――」

 

 マリアさんはわたしの目を見て、それから部屋の惨状を見渡して、すぐに状況を理解したようだった。

 彼女は崩れ落ちた使用人に駆け寄りながら、決してわたしには向けられてこなかった厳しい目をしていた。

 

「……ダリル、そんなまさか! あなた……魅了が()()()()()いるの…………?」

 

「み………………み、りょう……?」

 

 マリアさんの口からでた魅了という言葉に、やっぱり……という気持ちと、認めたくない恐怖が募る。

 

「やだ……いやだ! ……わ、わたしは……わたし、そんなつもりじゃ……!」

 

「……大丈夫よ。あなたが自分から魅了を使ったわけじゃないことは、分かっているわ。だから落ち着いて……」

 

 マリアさんは、取り乱して叫ぶわたしの肩をそっと抱き寄せてくれた。

 

「あなたの魅了は…………色々と"正常ではない"。魅了の魔眼というのは、本来は発動させる意思があって初めて働く力……それに、女系にしか顕現しないはずの…………それなのに、あなたは――」

 

 マリアさんの苦い声が、動揺に震える。

 色々と正常ではない。

 その言葉は、わたしの心の奥底まで、深く深く突き刺さった。

 

「今のあなたは、意識しないまま、魅了の力を垂れ流してしまっているわ」

 

 喉の奥がぎゅっと痛くなった。

 心臓がつぶれそうだった。

 

「わたし、は、誰も傷つけたくない…………普通に、暮らしたい……!」

 

「ああ……ダリル、泣かないで……」

 

 マリアさんは優しかった。

 だからこそ、余計に苦しかった。

 

「これはあなたの責任じゃない。けれど、守らなければいけない。あなた自身を。あなたの周りの人を。そのために――"抑制する方法"を探しましょう」

 

 それが、魔力遮断の術式を刻んだ特注の眼鏡を作るきっかけだった。

 

 あの日から、わたしは心に誓った。

 

 二度と、誰も狂わせたくない。

 誰にも知られないように、力を隠し通してみせる。

 ――特に、アシェルくんには。

 

 純粋な眼差しで、わたしをまっすぐに信じてくれるあの子だけには、絶対に。

 

 胸の底に沈めた誓いは、今もまだ強い痛みを伴う傷のままだった。

 

 ◇    ◇    ◇

 

あの子(使用人)はしばらく療養させるわ。あなたが気に病む必要はないの。でも……同じことが再び起きないようにしないといけない」

 

 その後、マリアさんはそう言って使用人を連れていった。

 わたしは書斎に取り残されて、床に染みていく紅茶の匂いだけが部屋に沈んでいた。

 

 胸の奥で、なにかがかすかに軋んでいた。

 

 誰も傷つけたくなかった。

 ただ前世の記憶と魔法を学ぶ楽しさの中で、静かに暮らしたかっただけなのに。

 

 夜になると、マリアさんの部屋に呼ばれた。

 

「ダリル。あなたの目をよく見せてみて」

 

 わたしは素直に従った。

 マリアさんはそっと手を伸ばし、わたしの瞳を確かめたあと、眉を寄せた。

 

「……ほんの少し、魔力がにじんでいるのがわかる?」

 

「……うん。なんとなく……」

 

「これが『いびつな発現』よ。本来、魅了の魔眼は意思が引き金になる。でもあなたは……意思ではなく、感情や気配だけで発動し始めてしまうのね……。このままでは、あなたが普通に人と目を合わせるだけで、影響が出てしまうわ」

 

 信じられないような言葉に意識が遠のきそうだった。

 わたしの何気ない眼差しで、いつか誰かがまた壊れてしまうかもしれない……?

 

 そんな想像をしただけで、胃の奥が痛くなって、逆流しそうな熱が蠢めく。

 

「……どうしたら、止められるの?」

 

「方法ならあるのよ。魔力遮断の術式を"瞳に干渉しない形"で、魔道具として組み込むの。そうね……眼鏡が良いと思うわ」

 

 思いも寄らない答えだった。

 でも、マリアさんの声はとても落ち着いていた。

 

「素材と術式はすぐに準備するわ。ダリル……あなた自身を責めないで。これは呪いでも罪でもない。あなたが生まれ持った『性質』のひとつでしかないの」

 

「……でも、怖いよ。わたし、また誰かを……」

 

「大丈夫。わたしが必ず守るから」

 

 優しい声だった。

 けれど同時に、それは"隠さなければならない力"だという宣告でもあった。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 魔道具であるその眼鏡が完成したのは、それから数週間後のことだった。

 

 黒縁でも銀縁でもない、精巧な魔術細工があしらわれた細い金のフレーム。

 手に持つだけで、微弱な魔力の振動が伝わってくる。

 

「掛けてごらんなさい」

 

 言われた通りに掛けると、不思議なほど世界が澄んで見えた。

 

「……視界が……軽い」

 

「遮断術式が正常に働いている証拠ね。これなら、よほど強い感情の変化でもしない限り『魅了』は外に漏れないわ」

 

 安心と、同時に……深い孤独が胸を締めつけた。

 

 ――わたしは、この先ずっと"隠して生きる"のだ。

 

 そう思うと、静かに涙がにじんだ。

 けれど、その孤独はすぐに別の気配に揺さぶられて形を変えていった。

 

 アシェルくん。

 

 あの子は、わたしの隠し事には気づかないまま、ただまっすぐに近付いてくる。

 

 

「ダリルさん、今日も教えてくれませんか?」

 

「この前の続きが解けたんです。見てください!」

 

「……ダリルさんは、ほんとにすごいです」

 

 毎週の書庫訪問。

 夏休みの勉強会。

 タルトを作った時の、あの楽しそうな彼の顔。

 

 眼鏡の奥で、わたしは密かに怯えていた。

 

 ――わたしの目を、まっすぐに見上げてくるその瞳がいちばん怖い。

 

 魅了なんてかけたくない。

 わたしなんかのせいで、アシェルくんに何か起こってしまうなんて耐えられない。

 

 でも。

 

 あの子は、どんどん大人に近付いていった。

 

「……ダリルさんの隣に立ちたくて、頑張ってるんだから」

 

 そんな言葉を、真っ直ぐに言える少年に。

 

 わたしよりもずっと速く、未来へ駆け出していく背中に。

 

 気づけば目が離せなくなっていた。

 

 怖いのに。

 離れたいのに。

 でも、距離を置くことなんてできなかった。

 

 胸の奥で、二つの気持ちがせめぎ合いを続けた。

 

 ――「傷つけたくない」

 ――「離れたくない」

 

 その矛盾の狭間で、わたしの心はゆっくりと軋み始めた。

 

 ◇    ◇    ◇

 

 そして、その矛盾がついに限界を越えてしまいそうな、そんな時だった。

 

 滅多に人の来ない唯一の癒し。

 束の間の安らぎを求めた静かな書庫で。

 

 古い木箱の上にふわりと舞い降りた、小さな紙切れが――

 わたしを、呼んだ。

 

【 アナタ こレ よメル ヒト ? 】

 

 背筋が凍りつくような、"声"が聞こえた気がした。

 

 いびつな日本語で書かれたそのメモが、わたしを『魅了』とはまた別の恐怖へと(いざな)った。

 

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

(ダリルさん……まだイジめるけど強く生きて……)

よければまたアシェルに会いに来てくださいね!


☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。

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