三話◆今どんな気持ちでいるの?
なんでヒューゴに……?
カフスの改良をする!
なんて簡単に言ったけど、これって『魔道具に組み込んである術式をいじる』ってことだから、実は全然楽な作業じゃないんだよね……。
まず魔道具の核になる媒介素材に刻まれた【術式痕】を展開したあと、それを解析して適切な改編箇所を特定しなきゃいけない。
ていうか、そもそも精神に干渉する魔法を防ぐ為の既存の魔法術式ってあったんだっけ?
そんな風に悩んでいたら、ダリルさんがちょっと驚いた顔をした。
「あれ? そういう防護術式なら、前にカーティスと改編だけはしてるんだけど…………アシェルくん、それ知っててカフスの話したんじゃないんだ」
「えっ……完全に初耳なんですけど…………」
聞けば、兄様とダリルさんは中等部時代から二人で『既存の術式の解析と改編』にハマって、色々と遊んでいたらしい。どんな高度な遊び方なんですかそれ……。
「でも、魔道具に組み込むのはわたしたちじゃ出来なくて、まだ試したことはないんだ。……ふふっ、楽しみだなぁ」
目を輝かせながらワクワクしてるダリルさんに、僕は兄様たちの中等部時代に思いを馳せて『ぐぬぬ……』ってしてたのも忘れて見入ってしまった。
ちょっとずるくない? こんなの……嫉妬すらさせてくれないなんて。
肝心の術式自体はなんとかなりそうなので、まずは実験用のカフスを準備することにした。
それから数日後――
昼休憩が終わって教室へ戻ると、ヒューゴの様子が明らかにおかしかった。
席に座らず、教卓の前でじっと突っ立ったまま、僕の方を見つめている。
「…………ヒューゴ?」
近づいた僕に、ヒューゴはどこか焦点の合わない目を向けた。
「アシェル……これを、お前が受け取るまで……俺は……席には座れない……。あの令嬢のために……」
「は? えっ……ちょっと待って、何それ……!?」
(…………まさかレイナの魅了か!?)
青ざめる僕をよそに、ヒューゴは懐から小さな包みを取り出し、ぐいっと差し出してくる。
なにこの強制イベント……え? 何がどうなってるの?
「早く受け取れ」
「や、やだよ……!」
僕らが教卓の前で変な攻防をしていると、教室の扉が豪快に開いた。
「なんだもう予鈴はとうに鳴っているというのにまだ席に着いておらんのかね? 早く席に座りたまえアシェル・ガルブレイス君レストレンジ君! いくら優秀な者と言えども授業開始に遅れる理由にはならんであろうというものだ」
いつも通りのくどさ全開で、僕とヒューゴに注意をしながらダミアン先生が教室に入ってきた。
その声にヒューゴはさらにピクリと肩を震わせた。
「だ、ダミアン先生っ! 大変なんです! ヒューゴが、なんだか様子が変で……!」
「なに? ……ふむ。君ほどの者がその様に取り乱して大変だと言うからには、ただの遅刻よりも余程重大な"何か"が――」
僕に喋りかけながら、ふとヒューゴの方に視線をやったダミアン先生は、彼らしくもなくそこで言葉を途切れさせた。
どうしたのかと見ていると、先生は眉間に皺をたっぷり寄せてヒューゴの顔を凝視した。
「んんんん!? なんなんだね君のその顔色と魔力の揺らぎは。まさか君、古文書にのみ登場するあの《ファシーヌの微睡》にでも触れた者のようではないか? いや馬鹿な! そんな事象、現代に現れるはずが!? いやしかしこの反応はそうとしか例えようもないものではないか!!」
「せっ、先生……!?」
謎の単語を口にしたダミアン先生は一瞬でマッド研究者モードに突入し、僕の肩をがしっと掴んだ。
「由々しき事態だぞアシェル・ガルブレイス君! 実験だ! これは今すぐにでも実験に取り掛からねばならない異常事態だ! レストレンジ君はそのまま其処を動くんじゃないぞ! よし、それでは君たち二人を今すぐ私の研究室へと招待しようではないか!」
「え、授業は……」
もの凄い剣幕で迫られて、ダミアン先生に慣れている僕でも……いや、慣れているからこそ怖くなってしまった。
思わず漏れた僕の救いを求める呟きは、この後に続く先生の大音量が打ち砕いた。
「午後の授業!? そんなものは知らん! この現象を解明した『後』だ!!」
そう言い放つや否や、先生は黒板に向かってチョークを走らせた。
「さて諸君! 本日の授業で使用する複合魔法式の解体問題用術式はこれだ! 洗練された者から午後は自習とする! アシェル・ガルブレイス君レストレンジ君、来たまえ! 実験だ!」
黒板いっぱいに並べられた難問の魔法式と、それをみて呆然とするクラスメイトたちを背に、僕とヒューゴは強制的に連行された。
がっしりと掴まれた腕を振り解くこともできず、僕らはそのままあのトラウマの研究室に放り込まれることとなった。
パタリと地獄の門が閉じられる音がして、僕はこれから起きることを想像して固唾を飲む。
ヒューゴはされるがままに、以前は無かった異様な雰囲気の椅子に座らされた。
「くっ……なんだこれは……!」
まだぼんやりしているヒューゴが、それでも僅かに取り乱す。
なんと彼が座るや否や、椅子の両サイドから拘束具が現れて腕を固定されてしまったのだ。
いや!? 拘束椅子って!
「な…………なんでこんな物騒なモノが学園の中にあるんですか!?」
「何故も何も。これは私が罪人の尋問用にと近衛騎士団から依頼されて製作した物だが、拘束具の材質を強度な物へ変更してくれと再調整を任されたのだよ。しかし今回は丁度良い時機であったものだなぁ!」
僕の問いに、先生が楽しげに答える。
ヒューゴにとっては丁度いいどころか最悪のタイミングだよ……。
「よし! まずは視覚情報からレストレンジ君の異変を探っていくとしよう。アシェル・ガルブレイス君! 君も私と共に至近距離からの観察を行うべきだ。君ならばこの微細な魔力の揺らぎを読み取れるであろう!」
「……は、はいっ!」
「やっやめろ……こっちに来るな…………」
弱々しい静止の声を無視して、僕とダミアン先生はあらゆる角度からヒューゴの観察を始めた。
ダリルさんが言っていたことも気になるし、僕はヒューゴの瞳を覗き込もうと更に顔を近づける。先生も同じように僕と並んで観察をしていた。
「先生。確実とは言えないんですけど、もしかしたら瞳に何か異変があるかもしれません」
「実に良い着眼点だぞアシェル・ガルブレイス君! こらレストレンジ君! 顔を背けるのは止めたまえ!」
「ち、近すぎる……! やめろっ、離せ!」
「何を言うか! 研究に"距離感"など有って無いようなものだ! 必要ならば鼻先が触れ合う距離まで寄るのに何の抵抗があろうものか! さあもっと細部まで観察を続けるぞアシェル・ガルブレイス君!」
「はい先生っ! …………というわけで、ちょっとごめんねヒューゴ」
「嘘だろアシェル……お前まで……!?」
ダミアン先生がヒューゴの顎を固定しているおかげで、とても観察がしやすい。
僕ら三人は、本当に鼻先が触れ合いそうなほどの近距離で顔を寄せ合っていた。
…………これ、はたから見たら最悪の絵面じゃない?
そんなこと気にしてる場合じゃないから、まあ良いんだけど……。
って、僕も先生に感化されてちょっとおかしくなっちゃってるかも。
「…………ヒューゴ、ちょっとこっち見て」
「…………う……。嫌だ…………が…………お、お前が見ろと言うなら…………俺は……」
ヒューゴの反応もどうかしている。
普段なら「やめろ!」ってキレそうな距離なのに、今日は従順で、瞳もどこか潤んでいた。
(うわ……やっぱり何かに"影響"受けてる顔だ……)
「ふむ! その表情だ!! アシェル・ガルブレイス君、さらに三度ほど瞬きをしてから、レストレンジ君へもう一段階近づくのだ!」
「え!? 近づけって……いや、無理無理無理!! これ以上はさすがに――」
「いいから寄りたまえ! これは研究なのだぞ!!」
ダミアン先生に背中を押され、もはや否応なしにヒューゴと額が触れそうな距離になった。
至近距離すぎて、お互いの呼吸がかかるレベル。
「……アシェル…………ち、近過ぎて……落ち着かない……」
「それ僕もだから! 安心してよヒューゴ!」
「安心する要素が……どこにある……!?」
「静粛に! 無駄な事で騒ぐのは止めるのだよ二人とも! この距離での魔力の微細な反応こそが重要なのだ!! さあアシェル・ガルブレイス君、そのままレストレンジ君の眼を真正面から見据えて――」
「やめ、やめろ……やめてくれ……!」
「すごい…………予想した反応と違って、『別方向に』揺らいでる……! これ魅了というより"感情混濁"系って言ったほうが近いかも……」
「混濁、だと? …………おい、アシェル。俺は、そんな危険な状態なのか……!?」
「危険な状態なのか、だと?そんなものそうに決まっておるだろう! 君は教室で『謎の包みを渡すまで席に座れない男』になっていたんだぞ! ほぼ症状として完成している!」
そんな言い合いをしながらも、僕とヒューゴとダミアン先生の三人は、相変わらず至近距離で顔を寄せたままだった。
ヒューゴの拘束椅子も相まって、第三者が見たら確実に通報案件の様相だ。
「……先生、この絵面……絶対に他人に見られたら誤解されますよ」
「誤解されて困るのは"誤解する側"であって! 我々研究者は一切困らん!」
「俺は困る……!」
そんな具合に、研究室の中はこの上無いカオスな空気で満ちていたけれど。
この地獄絵図の観察によって、一つだけ確かなことが分かった。
――ヒューゴは、明らかに何かの『魔力的干渉を受けた後遺症』を抱えている。
しかも、思っていたよりずっと厄介な種類の。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(地獄絵図たのしかったです……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




