二話◆共同研究っていいよね……
なんであんなに動揺してたんだろう……?
論文の欠陥を補完するために、僕は発表会の時と同じメンバーに声をかけて、301号研究室に集まってもらった。
まあフェリクスは多忙だし、一応声をかけただけで最初から来られるとは思っていなかったけど。
いまこの部屋には、僕とダリルさん、そしてクラウスとゼノの四人が顔を揃えていた。
僕はダリルさんに話した時のように、今回招集をかけた理由を改めて二人にも説明した。
クロードの赤橙色の結晶を見たクラウスは、すぐに問題の深刻さを理解してくれた。
「まさか事象の再現が起こるなんて……。確かに放置していい問題じゃないね。アシェル君、フローレス殿。解決に全力を尽くそう……!」
こうして、新チームによる結晶化の再発防止のための『合同研究』がスタートして。
あの夏季休暇ほどでは無いにしろ、僕たちはまた研究室で過ごす時間が増えた。
ダリルさんの指示のもと、具体的な修正の方向性や防止策の考案はみんなで行い、「最終的な理論構築と文章化」のようなデリケートな作業は、僕とダリルさんの二人で進めることになった。
公然と二人きりの研究時間を得た僕は、真面目に頷きながらも内心では勝利の舞いをしていた。
◇ ◇ ◇
チーム発足から数日後。
今日はダリルさんと二人きりで論文の記述をチェックしていたんだけど。
ふと思い立って、僕はレイナの魅了についてダリルさんに相談してみる事にした。
「あの、ダリルさん。魅了の魔法に対する防御や予防策って、一般的にどんなものが知られていますか?」
そんな僕の問いかけに、ダリルさんは一瞬身じろいだあとペンを止めた。
どうしてか、眼鏡の奥の瞳がわずかに動揺しているように見えた。
半端な位置で静止したペン先から、ぽたりとインクが落ちて、紙に染み込む。
少しの沈黙のあと、彼は静かな声でこう問い返してきた。
「魅了って、精神魔法の一種だけど……あまり知られていないし、研究としては資料が少ないよね? アシェルくんはどうして急にそんなことを聞くの?」
「へっ? えっと……それは、ですね……。最近たまに見かけるようになった人から、なんか『奇妙な魔力を浴びせられた』感じがして……」
ダリルさんが問いに問いで返すのはめずらしい。
僕は少し戸惑いながら、レイナの名前は出さずに、ダリルさんに大雑把な状況だけを説明した。
「…………奇妙な魔力……?」
「はい。……もしそれが魅了だったら怖いし、どうにか対処できないかなって思ったんです。気になるついでに、予防法や理論的弱点を調べて、今回の論文の付帯研究として盛り込めないかと!」
僕はそう言って、なんだか青い顔のダリルさんを安心させたくて、グッと拳を握って笑ってみせた。
ダリルさんは少しのあいだ、どこか遠い目をしたままじっと考え込んでいたけど……。
細く長いため息のような深呼吸をしたあと、いつもみたいに優しく微笑んでくれた。
「確かに……君の安全のためにも、詳しく調査してみたほうがいいかもしれないね。うん。論文に組み込むかは別として、それについても一緒に調べよう」
そんなふうに協力を快諾してくれたダリルさんは、何かを決意したひとみたいに、蜂蜜色の奥に強い光を宿しているように見えた。
その後は、魅了問題よりも先に、本来の目的である論文の記述チェックを再開した。
今回の修正で、僕たちが考案した『魔力の結晶化』を防ぐための具体的な対処策は二つあって。
一つは、「圧縮限界の体感フィードバック訓練プロトコル」を論文に追記して、術者自身の感覚を磨くこと。
そしてもう一つが、物理的な補助装置の導入だった。
「例えば……僕は違いますけど! クロードのような極端に感覚だけに特化した術者は、限界点を超えた微細な魔力の変化を感じ取れたとしても、とっさに中断するという判断ができません。だから、外部からの監視や補助が必要だと思うんです。……僕のは、それとは違った要因でしたけど!」
多少偏見も入った僕のそんな発言から、「魔力安定化バッジ(リミッターバッジ)」の設計に取り掛かることになった。
これは、術者が魔力圧縮を行う際に魔力の過剰な凝縮――結晶化の予兆――を検知すると、アラート音と共に、組み込まれた魔力の流れを制限する術式を発動して圧縮を強制的に中断させるための装置だ。
論文を完成させるためには、このバッジのプロトタイプまで提示する必要があった。
案の定、この新しい研究テーマは僕らの頭を悩ませることになり。
お陰と言ってはなんだけど、僕とダリルさんの共同作業の時間を、さらに長く、密接なものにした。
苦労はしたけれど研究は着実に進んでいき、どうにか夏が始まる前には無事に完了することが出来た。
魔力の結晶化の現象開示と、『リミッターバッジ』と『訓練プロトコル』という二つの安全対策が盛り込まれた修正版の論文を、今度はダリルさんの名前も加えて提出した。
実は、バッジの開発では、グウェインさんにもかなりお世話になっていて。
特別指導員的な感じで、今回は新たに「魔道具師グウェイン・スミス」の名前も記載している。
発表会もとっくに終わったし、この魔法理論はもう学園という枠を飛び出して普及し始めているわけだから、僕たち学生だけで対処できないことは専門家の助けを借りて然るべきだった。
今回の訂正に、教師陣や魔法師団は最初はかなり騒然としたらしい。
でも、きちんと具体的な解決策をセットで提示したことで、最終的には「初期段階で危険性を発見し、対策も講じた」という点で、僕を含めた論文に関わった者の評価はさらに高まったようだった。
◇ ◇ ◇
夏が近付いても僕とダリルさんは、バッジの完成版を作るための研究の合間に、魅了対策の理論研究も続けていた。
……でも、この魅了というのが本当に厄介で。
どこを探しても「秘匿されたある家系の神秘的な血脈が云々」といった眉唾まがいな口伝の書き起こしがほとんどで、一般資料が決定的に足りていないときた。
そのため、具体的な「防御理論」の構築にはまだ程遠そうだった。
「この、『すでに他者からの魅了に侵されている者』って、どうやって判断するんでしょうね?」
僕は眉唾資料の『愛する者で心が埋まっている者には魅了の侵入する余地は無し』という記述が気になりながらも、別の記述についての疑問を投げかけた。
「……さぁ。もしかしたら、魅了に深い関わりのある部位のどこかに、小さな異変でもあるのかも……ね?」
「魅了に関わりのある部位に、異変……かぁ。うーん、なんかあり得そう!? ダリルさんって、ほんと考察力も半端ないですね……!」
こんな信頼の薄い資料しかないのに、諦めずに対策について真剣に考えてくれるなんて、ダリルさんの女神ぶりは今日も健在だった。
「……それは流石に大袈裟じゃないかな?」
「謙遜しなくていいのに。あっ、そうだ。ダリルさんのカフス、今度ちょっと預かってもいいですか?」
「えっ」
魅了の完璧な解明にこだわるんじゃなくて、このカフスを『精神に干渉する魔法全般』を少しでも軽減するような魔道具に改変出来ないかな?
なんて思って、声をかけてみたら。
ダリルさんは瞳をまん丸にして、ぽかんとしたような顔で固まってしまった。
「ダリルさん、大丈夫ですか?」
「え、うん……。大丈夫だけど。カフス、なんで……?」
呟くような声量でなんで?と問うダリルさんに、そういえば説明が足りなすぎたかもしれないと思い至って、改めて僕の考えを共有する。
「たぶん僕が標的だから無いとは思うんですけど、もしその人がダリルさんにも何かしたら嫌だなって。だから、その防護魔道具のカフスを改良したくて」
「あ。そう、なんだ…………うん、確かにそれはいい考えだと思う。改良の術式構築、わたしも手伝うよ」
「ありがとうございます……! ダリルさんとなら、絶対に有用な改良案が作れそうですね!」
嬉しくてつい熱い返事をしてしまったら、ダリルさんは眉を下げながらも穏やかに笑った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(まゆつばって、漢字で書くと視認性が悪いですね……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




