一話◆魅了の瞳 【SIDE A/R】
**前半がアシェル視点で、後半はレイナ視点に切り替わります**
【SIDE Asher】
新年度。
高等部の敷地に向かう僕の胸元には、王宮魔法師団特別賞の副賞でもらった銀色の勲章が輝いていた。
このバッジを付けている僕は「中等部二年生」という身分に関係なく、学園内のほとんどの施設を自由に使える権利を得ているんだ。
(なんか追加の賞金とかいって為替手形も余分にもらっちゃったけど、よく分かんないし……副賞だけで十分だったんだけどなぁ? とにかくこのバッジが最高すぎる……!)
これは中等部生の僕と高等部生のダリルさんの距離を、物理的に縮められる公的な証といえる。
うん、まあ。浮かれてはいるけど、あくまで物理的な距離だけだっていうのは、ちゃんと分かってるよ……。
この勲章の力をもってしても、高等部三年生になったダリルさんとの距離は前よりも開いてしまった気がする。
最終学年という響きに、どうしようもない胸の痛みとさみしさが込み上げてきたけど、僕は泣き出しそうな気持ちを一度すみっこに追いやって見ないふりをした。
(……今は、とにかくわたあめ理論の欠陥をどうにかしないと)
研究棟の廊下で再会したダリルさんは、去年よりもずっと大人に近づいているように見えた。
「アシェルくん、進級おめでとう。わたしも最上級生になっちゃったから忙しい、けど……もし何か相談があったらちゃんと話してね? わたしはきみの監視役なんだから」
「あれ、まだ僕の監視続けてくれるんですか? 嬉しいなあ……ありがとうございますっ!」
あの夏だけだったはずの監視役という言葉を、ダリルさんは軽い調子で口にする。
本当に監視を続けてくれればいいのにと思ったけれど、あくまでも冗談ぽく返して、僕はそのまま本題を切り出した。
「ねえダリルさん。実は、早速なんですけど共同研究をお願いしたくて……」
「うん?」
僕はクロードから預かった赤橙色の結晶を取り出し、「わたあめ凝縮理論」が、特定の術者に僕と同様の魔力の結晶化を引き起こす可能性があることを説明した。
「――つまり、僕らの理論には欠陥があったんです。重大な事故が起こる前に、早急に論文の加筆修正と防止策を確立したくて……。ダリルさんにも力を貸してもらえたら心強いんですけど、お願い出来ませんか?」
真剣に申し出ると、ダリルさんの表情も引き締まる。
「確かに……これは見過ごせない問題だね……。うん、わたしも協力するよ」
「っ、ありがとうございます!」
すんなりと了承してくれたダリルさんにお礼を言うと、彼は少しだけ眉を吊り上げて、真剣な顔で僕を見つめた。
なにを言われるのかという不安と、じっと見られて照れてしまうのとで、心臓がドキドキとうるさかった。
「……でもねアシェルくん、これだけは約束してくれるかな? 時間と場所は、厳守すること! 分かった?」
研究に没頭しすぎることを心配しているらしいダリルさんに「夜間までの研究は控えるように」と釘を刺されたあと、大まかな計画を立ててから解散した。
中等部のクラスまでの帰り道、僕は久しぶりにダリルさんの顔が見れたことに浮かれながら、表向きは平静を装って廊下を歩いていた。
そんな時。
偶然なのかなんなのか、曲がり角を曲がった先である女生徒とすれ違う。
…………またレイナ・ドローレンスだ。
同じ中等部の上級生だから遭遇することもあると分かってはいるけど、出来れば彼女には会いたくなかった。
僕と彼女がすれ違ったその瞬間。
まるで意図したかのように、繊細なレースのハンカチが彼女の手から離れ、ひらりと宙を舞った。
「あら……?」
僕は迂闊にも反射的にハンカチを目で追いかけ、その場に立ち止まってしまった。
ふんわりと柔らかい軌道を描いたそれは、僕の足元に程近い地面に落ちる。
「貴方、拾ってくださる?」
レイナは甘い声で僕に微笑みかけて、まるでハンカチを渡すのを促すように手を差し出した。
僕は拒絶の言葉を飲み込み、仕方なくそれを拾って彼女のほうへと歩み寄る。
無言のまま手渡したハンカチをレイナが受け取ったその時、彼女の蜂蜜色の瞳が意図的に僕の目を見据えた。
レイナの揺らめく蜂蜜色に捕まった僕は――
全身に微細な電気が走ったような、説明のつかない「異物感」を覚えた。
それは一瞬で消えたけれど、まるで僕の精神に何かが触れようとして拒絶されたような……奇妙な感覚だった。
初めて彼女と遭遇した時と同様に、背筋を走る悪寒と言いようのない不安に襲われたけれど。
僕はなんとか動揺を抑え込んで、冷静なフリで形ばかりの会釈をした。
「では……失礼します」
「…………」
レイナは何か言いたげに僕を見ていたけど、結局それ以上口を開くことは無かった。
僕が背を向けて立ち去ってからも、レイナはまだしばらくその場にいたのかもしれない。
再び角を曲がるまで、ずっと背中に視線を感じるような気がしたから。
(今の、なに……? 何かが……僕の意識に入り込もうとした…………?)
それに、彼女のあの瞳。
ダリルさんと同じ色のはずなのに、どうしてあんなに得体の知れないもののように感じるんだろうか。
(なんだろう……? やっぱり本当に光ってるみたいに見えたし…………一瞬だけ変なのが入ってきた、よね……)
レイナと顔を合わせたのはまだ二回目だけど、前回も今回も、意図的に視線を合わせてなにかをしようとしている感じだった。
しかも、比喩ではなく本当に奇妙な光を放つ、不気味な瞳で。
「……精神干渉?」
思わず口に出すと、さっきの違和感がなんだったのか、ストンと腑に落ちた気がした。
ほぼ確実に、彼女は僕に『精神に干渉する何らかの魔法』を仕掛けてきたということなんだろう。
そう結論付けた僕は、家に帰ってから数年ぶりに攻略ノートを開くこととなった。
幼い日に数年かけて書き溜めた、前世のゲームの記憶をまとめたこのノートに、何かヒントは無いか。
前世の妹よ…………きみは僕にあの危険な少女について、何らかの知識を授けてはいないだろうか?
そんな神頼みにも近い気持ちで文字を追っていく。
(最近じゃほとんど夢も見なくなったし、だんだん詳細は思い出せなくなってるんだよね……。書き留めておいてよかった……)
ようやく見つけた手掛かりは、個別ルートのイベントを大まかに記したメモ書きだった。
『カーティスとの待ち合わせ場所の噴水前でクリスタが数人の学園生男子に絡まれる。連れ去られそうになったところをカーティスに助けられたあと選択肢によって専用スチル回収。★これに関してはアリシアではなく魅了を使ったレイナのしわざ』
お世辞にも綺麗とは言えない幼い文字で綴られた情報の中に、求めていた答えが確かにあった。
「魅了………………っ……そうだ、魅了持ちだ!」
あの乙女ゲーム『こもれびの中で愛の花束を』の世界線で、彼女――レイナ・ドローレンスは、直接手を下さずに魅了で人を動かしてクリスタに危害を加えていたんだ……!
(彼女の武器は強力な『魅了の瞳』で、意図的に相手の心を惑わせて己の意のままに操る……とかそんな感じの設定だった。特に異性に対してはかなり強力に作用するんじゃなかったっけ?)
どうしてこんなに重大なことを今まで忘れていたのかというと、それはレイナが『アリシアがクリスタを虐めないカーティスルート』でしか登場しない、サブの悪役令嬢だったからだ。
今となってはもうゲームだなんて思えない現実の世界で魅了だなんて…………あり得ない、危険すぎる!
僕に魅了が効かなかったのは、転生者である僕の精神の特異性か、あるいは魔力体質のせいだろうか。
絶対にあの『異物感』は、彼女が僕に何かを仕掛けようとした証拠だと思う。でも、なぜ僕に?
理由なんて分からないけど、レイナがまた意図的に僕に接近してくる可能性は高い。
僕が本当に魅了にかからないのかどうかも定かでは無いし、何よりダリルさんに危害を加えられるような事態だけは絶対に避けたい!
レイナ・ドローレンスは、僕にとってヒロインよりも脅威となり得る、最も警戒すべき人物となった。
◇
◇ ◇
◇
◆
◆ ◆
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◇ ◇
◇
【SIDE Rayna】
「お母様!やっぱり駄目だったわ。…………どうしてアシェル様にはわたくしの魅了が効かないのよ」
わたくしはお母様に今日の報告とともに、抑え切れない少しの苛立ちをぶつける。
取るに足らない有象無象の男達には、効果に差はあれど魅了の魔眼が効いているのに、どうして本命の獲物にだけ効果が無いのよ!
「レイナ…………二度も失敗しているのなら、もう諦めるべきだわ。なにもそのアシェル・ガルブレイスという令息にだけ拘る必要は無いでしょう?」
「嫌よ、わたくしはアシェル様が欲しいの!家格だって丁度いいし、顔も好みだわ。何よりあの突出した才能こそがとっても素敵じゃない……!」
諦めろだなんて言うお母様にわたくしは反論をする。
彼は中等部に上がってすぐに教師達から持て囃されていて、その時から見た目だけは悪くないと目を付けていたのよ。
さらにアシェル様は、王宮魔法師団から表彰されるほどの才覚を表し、今では国の中枢にすら認められるような時の人……。
簡単に諦めるだなんて冗談じゃないわ。
「……お聞きなさい、レイナ。魅了が効かない相手というのは本当に厄介なの」
そう言ってお母様は、そのまま説明を続けた。
お母様が語られた話をまとめると、魅了が効かない相手の特徴というのは、大体四種類に分けられるらしいわ。
まず『すでに他者からの魅了にかかっている』場合。
次に、『精神に干渉する魔法を防ぐ何らかの魔道具』を所持している場合。
そして三つ目、『魅了が効かないほどに愛する相手がすでに居る』場合。
最後に、『耐性を持っている』場合。
この説明を受けて、わたくしが感じた事は。
「お母様。アシェル様が、わたくしの兄や妹だという人物からすでに魅了をかけられている可能性は、本当に無いと思う?」
「またその話なの?…………レイナ、前にも言ったでしょう。あるはずが無いわ」
「だって、同じ瞳でしょう?どうして言い切れるのよ」
お母様は溜め息のあとで、食い下がるわたくしにこう告げた。
「確かにこの蜂蜜色の魔眼は家系の血筋だけれど、あくまでも『女系にのみ』発現するのよ?ダリルは関係ないわ。それにクリスタは……私よりも強い魔眼を持っているかもしれないけれど、ずっと女子学習院に通っているからその令息と会ったことさえ無いはずよ」
その言葉に、わたくしは一応の納得をして、この話はここで終わった。
それでも『諦めろ』という言葉は聞けないわ。
たとえ魅了が使えないとしても、わたくしはアシェル様を手に入れて見せるんだから……!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第四章は開幕から【レイナ視点】が混じるなど、不穏な始まりとなりました……!
作者としてはとても楽しいのですが、ややこしい部分などがあるかもしれないので、
適宜『活動報告』にて補足をさせて頂くことになりそうです。
お手数ですが、気になる方はぜひそちらも合わせてお楽しみいただけますと幸いです。
それでは、今後もアシェルくんを見守ってやってくださいませ。
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。
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【 SYSTEM MESSAGE 】
2-6. ドローレンス家 の unlock 完了。
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