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乙女ゲームで存在しない悪役令嬢の双子の兄に転生してしまった【第四章◆進行中】  作者: かみながあき
第三章◇中等部一年生編

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十五話◇夏の終わり

なんだったんだろう……


 あの日、ダリルさんに『監視任務の完了』を告げてから、長いようで短かった休暇も終わりを迎え、学園は新学期を迎えた。

 

 すでに僕らのチームは発表準備を終えていたけど、放課後につい研究室まで足を運んでしまうのはやめられなかった。

 わりとクラウスとゼノも来ていたけど、さすがにフェリクスは休暇が明けてからは忙しそうにしている。

 

(同じ王族って言っても、クラウスは継承権も放棄してるし、他国ですることもなくてヒマなのかもね……?)

 

 元はといえば、いつダリルさんから助っ人依頼が来ても飛んでいけるように待機してるみたいなものなんだけど。

 僕が自発的に様子を見に行かない限り、彼のほうから呼んでくれることはほぼ無くて……。

 

 発表会の研究用に借りてる部屋ではあるけど、せっかくだから期間内は存分に活用させてもらおうと思って、空いた時間で『わたあめ(魔力圧縮)理論』とは関係のない実験も少しずつ進めていたりする。

 

 何か手伝える工程がないか確認するために、とりあえず研究棟に着いたらダリルさんの研究室に挨拶をしに行くのが日課になってきた、そんなある日――

 

 

「ダリルさん、お疲れさまですっ。今日も…………っ……!?」

 

 集中しすぎてノックに返事がないのはよくある事なので、特に気にも留めず302号室のドアを開けると。

 よっぽど疲れていたのか、彼は机に突っ伏して眠っていた。

 

 眠っているダリルさんを見るのは初めてだったことや、久しぶりに彼が眼鏡をしていない顔を見たことで、一気に緊張状態になってしまう僕。

 

「えっ、え、え? ダリルさん? 寝ちゃっていいの?」

 

「…………ん、ぅ…………」

 

 優しく肩を揺すって声をかけると、小さな呻き声を漏らすダリルさん。

 その声が妙に色っぽくて……慌て過ぎて飛び退いた僕は、近くにあった簡易イスを倒してしまった。

 

「うっ、わ……!」

 

(ビックリしたぁぁ……。っていうか、やらかしたぁ……)

 

 転がしてしまった椅子を戻しながら、ダリルさんの様子をうかがう。

 結構な物音がしたけど、まだ覚醒には至らなかったらしいダリルさんは、眉間に皺を寄せて「うー」と可愛らしい唸りをあげた。

 

 そんなに疲れているなら、このまま寝かせておいてあげたいけど。

 せっかくの論文が間に合わなくなるほうが良くないから、きっとこの場合は起こすのが正解……なんだよね……?

 

「ダリルさんっ、起きて……! 風邪ひいちゃうかもだし、まだ研究も終わってないんでしょ?」

 

 少し強めに声掛けすると、ようやくダリルさんの意識が浮上し始めた。

 

「…………んん……あしぇる、くん……?」

 

 

 瞼がゆっくりと開かれて、長い睫毛の下からとろけた蜂蜜色が現れる。

 光の加減なのか、その色はいつもより濃くて――それなのに、やけに鮮やかに輝いているようにも見えた。

 

 僕が眼鏡なしのダリルさんの素顔に見惚れていると、ぼんやりしたままの彼はしきりに首を傾げていた。

 

「…………あれ……? これ、まだ……夢?」

 

「夢じゃないですね……眠気覚ましにあのマズいやつ飲みます?」

 

「えぇ……? まずいやつ、って……?」

 

 寝惚けたダリルさんも可愛いなぁなんて思っていたら。

 形だけのノックのあと、研究室のドアが開かれた。

 

「すごい音がしましたが、何かありましたか?」

 

 そんな言葉と共に、控えめに中を覗き込んできたのはクラウスだった。

 

「ああ、やっぱりアシェル君も居たんだね。さっきの音、どうしたの? 大、丈夫なら……いいんだ、けど…………」

 

「あれ? クラウスどうしたの、なんか様子が……」

 

 なぜか部屋に入った途端にクラウスの様子がおかしくなり、怪訝に思った僕が声をかけようとした時。

 真横のダリルさんがビクリと身体を跳ねさせた。

 

「わっ!? うそ、待って……!」

 

 完全に目が覚めたらしいダリルさんは、慌てて眼鏡をかけると、どこか虚ろなクラウスに歩み寄っていく。

 困惑し通しの僕は、そんな奇妙な二人の様子をただ眺めていた。

 

「フローレス殿は今日も本当に麗しいですね」

 

「は…………?」

 

 なんでクラウスがダリルさん口説いてんの?

 なにやってんのねえほんとなにやってんの?

 

「……ありがとう。クラウス王子、ちょっとだけ失礼しますね……」

「はああぁぁ!?」

 

 なに普通にお礼言ってんの?ダリルさん?

 クラウスの手なんて取ってどういう事なの?なに?僕今日しぬの?

 

「…………っ…………あれ、フローレス殿? 僕は、うわっアシェル君っ?」

「ねえ! クラウス! なにやってんの!?」

 

「ええっ!? なにって、いま僕なにかした?」

 

 思わずクラウスに掴みかかって詰め寄ると、クラウスはそんなことを言う。

 目の前でいきなり僕の好きな人を口説いておいて、なにかした?だって……?

 

 どうしようもない苛立ちと嫉妬で、クラウスを散々に罵ってしまいたい衝動に駆られたとき。

 

「……アシェルくん、クラウス王子は悪くないから、彼を離してあげて」

 

「…………っ、なんで……」

 

 その言葉は、内容に関しては到底受け入れられるものじゃなかったけど、ダリルさんがあんまり辛そうに言うから……仕方なく僕はクラウスを解放した。

 

「アシェルくんは、わたしのこと……好き?」

 

「…………当然ですけど。あんなに毎日好きだって言ってたんですよ? ダリルさんも知ってるでしょ……」

 

「……え? あぁ、そう。そうだね?うん…………アシェルくんは、()()()()()んだ…………」

 

 ちょっとムスッとしたまま答えたら、拗ねてるみたいになってしまった。

 いや、実際に僕は拗ねていた。

 なんかこう、今はやり場のないモヤモヤに支配されちゃってるんで。

 そう簡単に機嫌は直らないと思う。

 

「…………わたしも、アシェルくんが大好きだよ」

 

 嘘です。機嫌直りました!

 数年ぶりのダリルさんからの「大好き」に、僕はもうさっきのよく分からない何かのことは吹っ飛んでいた。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 ダリルさんから魔法の言葉をもらった僕は、色んな人から浮かれ過ぎだとツッコミをもらいながらも絶好調で過ごしていた。

 ダリルさんの『内包魔力の無意識下における発動の抑制』も、完成まではいかなかったものの現状での最高と言えるものが出来たと笑っていた。

 

 そして今日は合同研究発表会当日。

 "大好きの魔法"とダリルさんの声援で、僕の心は最高潮に研ぎ澄まされている。

 

 有志たちの発表はどれもレベルが高かったけど、僕は確かな手応えを感じていた。

 実際のところ、発表会の期間だけで完成まで漕ぎつける参加者は全体の二割程度しかいなくて、仮説の段階や実験の途中経過の報告がほとんどだった。

 

(それでも、さっきの〈魔力伝導率の推移〉とか……実験途中でもすごい魅力的な発表だったな……。あれは賞獲るでしょ……!)

 

 そんなふうに他の個人参加者やチームの発表にも目を奪われながら、緊張よりも興奮したまま壇上にあがった僕だった。

 

 なんとか段取り通りの発表を終えて。

 審査のあいだはそれぞれに興味のある展示ブースを回ったりしながら、授賞式が始まるのを待っていた。

 

 

 気になる結果は……。

 

 僕たちの『魔力圧縮の効率化と安定的な上限』の研究発表は、中等部生として初となる『王宮魔法師団特別賞』を受賞した。

 その功績は異例の成功と言えた。

 

 騎士団の検証データも完璧な裏付けとして大いに役立ち、魔法界の理論を一新する可能性を見出された……らしい。

 

「最後まで仕上げてきてる参加者も少なかったし、受賞は出来ると思ってたけど……まさか最優秀レベルの賞だなんて……!」

 

「このまま、検証で世話になった王宮騎士団で、試験的に訓練の一部として導入すると言っていたな。安全性の確認が取れたら、いずれ教科書に載るんじゃないのか……?」

 

 クラウスやフェリクスも、呆然としながらも興奮を隠しきれていない様子だった。

 

 

 会場からの熱狂的な喝采の中で、僕は観客席のダリルさんを見つめる。

 彼は僕たちの成功を、まるで自分のことのように、心底嬉しそうに笑ってくれていた。

 

 その胸元。

 制服のタイの奥には、あのペンダントが会場の照明を浴びて青く静かに輝いていた。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 発表会後の喧騒を抜けて、僕はダリルさんを探して廊下を歩いていた。

 そんな時。少し先の曲がり角から一人の令嬢が歩いてくるのが見えた。

 

 ふわふわと巻かれた茶色のツインテールを揺らし、ギリギリのラインと言えそうな程に魔改造された制服を着た少女。

 指定のリボンの色から一学年上だと分かる。

 

 僕の知っている姿よりは幼いけれど、分かってしまった。

 彼女はレイナ・ドローレンスだ……。

 

 ヒロイン(クリスタ)の異母姉であり、ダリルさんの異父妹でもある、もう一人の悪役令嬢。


 僕がレイナに視線を向けた途端、彼女の蜂蜜色の瞳が僕を捉える。

 彼女は「獲物を見つけた」とでもいうような不敵な笑みを浮かべ、キラリと瞳を光らせた。

 比喩ではなく本当に光を放ったレイナの瞳に、何らかの魔力に触れた気がした僕は反射的に駆け出していた。

 

 視線を合わせないように彼女とそのまますれ違い、ただ走り抜ける。

 短い距離を走っただけではあり得ない不自然な動悸と冷や汗が、彼女は危険だと警鐘を鳴らしているみたいだった。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 徐々に静かになる廊下を歩いていく内に、僕の心も落ち着きを取り戻していった。

 

 完全に会場の音が聞こえなくなった頃、窓の向こうの研究棟をぼんやりと眺めるダリルさんを見つけた。

 ダリルさんの未完研究の発表も、魔法医学会から『研究奨励賞』を受賞して囲まれかけていたから、静かな場所まで逃げてきたのかもしれない。

 

「ダリルさん」

 

 僕が声をかけると、緩やかに振り向いた彼は疲れを滲ませながらも穏やかに微笑んでくれる。

 

「僕たち、やりましたね。まだゴールとは言えないかもしれないけど、お互いに走り抜けました……!」

 

「ふふ、そうだね。……頑張ったよね」

 

 柔らかいその表情は、初めて会った時と変わらない僕の一番好きな笑顔で。

 今はそこに……あの頃には無かった信頼と親愛が満ちている気がした。

 

「おめでとうアシェルくん。本当に素晴らしい発表だった。ちゃんときみの……きみたちの努力が実ったね」

 

 ダリルさんがそっと僕の手を取って、まるで大事なものみたいに包み込むから。

 

 我慢できなかった。

 受賞の高揚と、ダリルさんへの感謝と愛おしさ、色んな感情が抑えられなくなった僕は、勢いよく彼に抱きついていた。

 

「ダリルさんっ、ありがとうございます! あなたが僕を支えてくれたおかげです!」

 

「……ぇ…………?」

 

 ダリルさんは突然の抱擁に固まって、耳まで真っ赤になっている。

 僕とダリルさんに挟まれた青い魔石が、僕の体温と魔力に反応してほんのり熱を帯びるのを感じた。

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

(いよいよ楽しくなってきました……!)

よければまたアシェルに会いに来てくださいね!


☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。

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