十三話◇監視だなんて
これってチートとご褒美だよね?
「わっつ……!?」
ふと意識が浮上して、僕は飛び起きた。
疲労はまだ残っていたけど、二日間の限界状態からはだいぶ回復しているようだった。
「よかった、アシェル君。目覚めたんだね……!」
隣で心配そうな顔をしていたのはクラウスだった。
クラウスがちらっと後ろを向いたのでそれを追って見てみると、ゼノがスープを乗せたトレイとタオルを持って立っていた。
「クラウス、ゼノ……。僕、あの後どうなったの? 誰かが抱き止めてくれたような気がしたんだけど」
「……キャンベル先生の実験からやっと戻ったと思ったら、すぐに疲労困憊で倒れちゃったんだよ。この研究室のドアを自分で開けて、そのまま僕たちの前に倒れ込んできたんだ」
クラウスがそう言うと、ゼノも小さく頷いた。
「部屋に戻るのとほぼ同時に眠りに落ちて、アシェル殿はそこの床に倒れ込んだ。それを、まあ……我々が……仮眠ベッドへ寝かせました」
そんな、ゼノにしてはやけに冗長で歯切れも悪い物言いに、僕は違和感を覚えた。
(えぇ……? 床に倒れるよりも前に抱えてくれた気がするんだけどなぁ。それに……最後に聞こえたのって、ダリルさんの声だったよね……? あれって妄想か幻聴だったりする?)
なんだかはぐらかされてる気がするよなぁ、なんて頭を悩ませていると。
ゼノは一度トレイを机に置いて、そのすぐそばに置かれていた見慣れない小さな紙袋を手に取ると、僕の方へと差し出してきた。
「そういえば。アシェル殿が目覚めるほんの少し前に、隣の研究室の方がこれを置いて帰られましたよ。『同じ研究者としての応援』……? だそうです」
「えっ、ダリルさんから!? ありがとう、ゼノ……!」
なんとなく含みのある感じで告げるゼノから紙袋を受け取って、すぐに中身を確認してみる僕。
そこには、栄養ドリンク代わりの微妙に高くてマズい薬湯の瓶と、いつものタルトが入っていた。
「あっ…………すき……」
(やっぱり、あのとき僕を支えてくれたのはダリルさんだったんじゃないかな? クラウスとゼノの様子がおかしいのは、もしかして口止めされてる……?)
ダリルさんがたまに飲んでいるマズい薬瓶を揺り動かして、中身を撹拌しながら思案にふける。
ゼノの口ぶりからして、おそらくダリルさんは僕が目覚める直前まではこの部屋にいたんだろう。
付きっきりで看病してくれてたのかもしれないのに、それをわざわざ隠して、差し入れだけ置いていくだなんて。
ダリルさんの不器用な優しさに、僕は口元が緩むのを抑えられなかった。
◇ ◇ ◇
ダリルさんがくれた栄養ドリンクとタルトで気力と体力を回復した僕は、すぐにチームの研究を再開した。
「クラウス。僕の『わたあめ凝縮』の感覚は、手芸屋さんで買ったこの綿で説明するよ」
僕は袋から取り出した綿を手のひらに乗せて宣言した。
それを解していくと、ふわふわとした繊維がこれでもかと広がっていく。
「見ててね。これが魔力の塊だと仮定して、論理的な限界値を超えても、僕の魔力は『他の人より多く』凝縮できる。この差は『僕はまだ圧力をかける余地があることを知っている』からなんだ。以前のデータの不足部分にこの無意識の知覚差を当てはめれば、完成したクラウスの理論とフェリクスのデータがちゃんと結びつくはずだ!」
僕はさっき解した綿を今度はどんどんと纏めていき、塊に戻って小さくなったそれを手のひらでギュッと握りしめ、その「理解の深度による圧縮の感覚差」を伝える。
「なるほど……! 確かに、この『感覚差』の部分が、騎士団の検証データに出ていた『魔力供給のムラ』や『各個人の上限の知覚』にここまでの差異を生みだしている根幹……。これはもう、アシェル君の感覚的な操作でないと、魔力圧縮の『上限』を論理的に成立させることは出来なさそうだね……?」
実物の綿くんのおかげで、僕の伝えたい感覚とクラウスの知りたい理論が合致して、やっと研究が軌道に乗った瞬間だった。
◇ ◇ ◇
ようやく理論の裏付けを得られたということで、そこからは僕の役割分担は実験のほうに比重が置かれた。
僕はというと、それはもう楽しく真剣に、ひたすらに魔力圧縮の再現実験に取り組んでいた。
魔力圧縮の限界点は一体どこなんだろう?
研究の為でもあるけど好奇心も抑えられない僕は、参考どころか完全に『感情・イメージによる術式構築』の理論に沿って圧縮を行ってしまった。
ポツンと僕だけがいる精神世界で、僕は霧のように広がる自分の魔力を、ただ一点に集めていく作業を繰り返した。
手の中のわたあめが固い砂糖の塊になっても、上からどんどんと重ねて塊を大きくしていく。
まだいける。まだ足りない。もっと集めなきゃ……。
そんな風に魔力圧縮を繰り返していたら、不意に手の中の感覚が変わった。
もしかして、限界点?
なんとなく熱を帯びた魔力の塊に、これ以上はいけないという警報が聞こえた気がした。
僕は、その警告に……。
「わっ!? アシェル君!? やり過ぎだよ……!」
「ニコ! 離れろッ」
限界値を超えて魔力を凝縮する瞬間。
僕の魔力の塊は……特に爆発したりもせず、あたりには強い魔力波だけが風のように吹き抜けていった。
――そう。僕は自身の警告を"無視"したんだ。
ゆっくりと瞼を開き、イメージの世界から帰ってきた僕は、手のひらに固いものを握っていた。
呆然としたままそれを見てみると、二センチにも満たない小さな青い宝石のような物だった。
「アシェル君? いま、一体何を……」
クラウスが僕に近付いて、そろりと覗き込んでくる。
「びっくりしたよね……ごめん、クラウス。圧縮限度越えちゃったみたい……」
「え、でもさっきのは霧散というより……」
クラウスがなにか言いかけた時、隣の302号室のドアが勢いよく開く音がして、慌てたような足音が通路に響いた。
「…………あ」
僕がそんな間の抜けた、たった一言を発する間に、今度はこの部屋のドアが性急に開け放たれた。
「今の魔力の変動は……!? っ、アシェルくん!」
「だ、ダリルさ…………わ、ちょ……!」
飛び込むようにして部屋に入ってきたダリルさんは、坐禅みたいに床に座っていた僕の両肩を掴むと、グッと食い入るように僕のあちこちを観察し始めた。
「……無事、みたいだね。……良かっ……た………………え、なに……その、魔力の塊みたいな結晶は……」
ダリルさんは僕の手の中の青い結晶を見て、声を震わせて呟いた。
金縁眼鏡の奥の瞳も、少し怯えたように揺らめいた。
「魔力の塊、って、まさか……!」
ダリルさんの言葉にクラウスも息を飲む。
「あは、は…………魔力圧縮しすぎたら、こうなっちゃった! …………みたいな……?」
場にそぐわない冗談めかした態度で乗り切ってみようかと思ったけど、無理だった。
「は………………なに笑ってるの!? ふざけてる場合じゃないでしょアシェルくんッ! きみは……なんて、なんて危険なことを…………!」
「…………ごめんなさい」
「これってつまり、ほぼ魔石じゃない……! なにやってるの本当に…………クラウスとゼノもどうして止めないの! 下手すると研究棟ごと吹き飛んでたかもしれないんだよ!?」
「え……あ、も、申し訳ありません……。フローレス殿の言う通り、本当に危険な状態だったのに……」
「…………面目次第もございません」
急にとばっちりが飛んできたクラウスとゼノは、ビックリしつつもバツが悪そうに頭を下げた。
……ダリルさん、興奮しすぎて二人のこと呼び捨てにしてた。
なんで? 僕も呼び捨てで怒られてみたい……。
「……アシェルくん? 真面目に聞きなさい。この事は絶対に外部に漏らしちゃ駄目だからね? アシェルくんの魔力が魔石のように結晶化するなんてことが知られたら、きみの安全が脅かされてしまう……」
「は、はい」
「それから。今後はわたしもこの研究の進捗を監視させてもらうから。きみは一人で突っ走りすぎなの! わたしの今の研究テーマは『内包魔力の無意識下における発動の抑制』なんだけど、アシェルくんの制御に関する問題はわたしの研究にも関わってくるよね?」
「そう、です……ね?」
ダリルさんの言葉には、否やは言わせないという気迫のようなものが感じられた。
否なんて言うわけないんだけど。
だって、監視だなんて……毎日挨拶以上にダリルさんと居られるなんてご褒美ですか?
そんな、口に出したらますます怒られるような事を考えながら、僕は必死に反省してる顔を保っていた。
ダリルさんには僕の心の中はバレていないようで、彼は事の成り行きを見守っていた二人に視線を向けて口を開く。
「クラウスとゼノも、それでいいかな? わたしはアシェルくんが行き過ぎた検証をしないように、これからきみたちの研究の監視役をします。定期的に見にくるから、そのつもりでいて。なにか異論はある?」
「いえ、異論なんて……!」
「…………ご提案に賛同いたします」
二人は嵐が過ぎ去るのを静かに待つように、当たり障りなく肯定の意を示した。
なんか、ごめん、僕の無茶のせいで……。
そう心の中で合掌しつつ、僕はレアな『お怒りのダリルさん』を眺めていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(アシェルくんはもっと怒られたほうがいいよ……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




