十話◇すきすきラッシュ大作戦
なんて言ったんだろ……?
中等部になって初めての夏が始まった。
今年の僕の主戦場は、ガルブレイスの書庫じゃなくて高等部の研究棟だ。
僕たちは、中等部の騒がしい研究室から高等部の静まり返った研究棟へと拠点を移した。
割り当てられたのは三階の301号室。
鍵を借りたときに、僕たちが一番乗りだと聞いたから、まだ隣には誰もいないはずなのに……。
ドアを開けることにすら緊張して、なんだか心臓がドキドキする。
(隣の研究室に、ダリルさんが来るんだ……!人気の少ない高等部の研究棟で、僕とダリルさんが過ごす夏!…………あとクラウスとゼノと、時々、フェリクスか……)
「アシェル君?やけに興奮しているようだけど、研究の準備は忘れていないよね?」
クラウスが苦笑しながら僕に問いかける。
ゼノは、クラウスの荷物を手際よく運び込んでいた。
「もちろん!この日のために、もう頭の中は『魔力圧縮』でいっぱいだよ!」
「それは良かった。てっきり、君の頭の中は『フローレス殿』でいっぱいなのかと思ったよ」
「ちょっと!?たしかにかなり浮かれてたけど、僕は研究に手を抜いたことは無いよ?…………まあ、むしろダリルさんが隣にいるってだけで、僕の研究効率は五割増しに捗るけどね!」
クラウスが揶揄うように言うから、僕は軽く反論した。
だけど彼は、僕の言葉を聞いて……なぜか頼りなげに微笑んだ。
「……そうなんだね。君は僕にとって初めてできた信頼できる友人だけれど、君にとっての一番は、僕じゃない…………まあ、当たり前のことなんだけど、少し淋しいものがあるね」
クラウスの言葉は、さっきのような揶揄いを含んだものじゃなかった。
その『淋しい』は本心なんだと分かった僕は、慌てて彼に弁明をする。
「クラウス、淋しいだなんて思わないでよ。恋と友情は別物だろ?それに、僕にとってもきみは掛け替えの無い友達だし、この研究にはクラウスの協力が必要不可欠なんだ。言ってみればきみは僕の最高の研究パートナーなんだから!」
「…………そう、だね。確かにその通りなのかも。僕は君に恋している訳でもないから、『最高の研究パートナー』がやきもちを焼くのはおかしいね?」
そう言ったクラウスは、きょとんとしながら首を傾げる。
その顔にはもう淋しさは浮かんでいなかった。
「まあ、友達でも妬くときはあるから、別におかしくはないんだけどさ」
「そういうものなの?ふふっ。本当に君は、僕にいろいろな初めてを教えてくれるね」
そんな会話をしながらも、荷物の整理を終わらせて。
クラウスと僕が研究に取り掛かるための準備を始めた時だった。
隣の302号室のドアが開く音が聞こえた。
「あっ、ダリルさんだ……!」
急いで部屋を飛び出すと、そこには高等部の制服を着たダリルさんがいた。
夏季休暇中は必ずしも制服を着ていないといけないわけじゃないけど、そっちの方が色々と楽だもんね……。
見慣れた姿のはずなのに、慣れない場所でダリルさんに会うのが不思議な感覚で、なんとなく心臓が落ち着かない。
「アシェル、くん…………と、クラウス、王子……?」
あ、クラウスも付いて来てたんだ?
ダリルさんは僕たちを見て、なんだか戸惑ったような顔をしている。
「初めまして。お会い出来て嬉しく思います、フローレス殿。アシェル君の友人のクラウス・キングズリーです。王子とは名ばかりなので……どうか気楽に後輩として接してください」
クラウスがそんな自己紹介をすると、ダリルさんはハッとして頭を下げた。
「……っ、失礼致しました、ダリル・フローレスと申します。お見知り置き頂いているようで光栄です……」
「うーん、いくら良いと言ってもやっぱり気楽に接してくれないのが普通の反応だよね……」
畏まったままで挨拶を返すダリルさんに、クラウスはちょっと不服そうにしながらも僕を見て笑う。
「チラチラこっち見ながら言わないでくれる?」
「これは失礼」
軽口を叩き合う僕とクラウスを見て、ダリルさんは少し緊張が解けたようだった。
……のも束の間。
ホッと胸を撫で下ろしたように見えた次の瞬間、何かを見つけてしまったようにビクリと肩を震わせたダリルさんは、どこか一点を凝視して固まってしまった。
「ダリルさん……?」
不思議に思って彼の視線を追うと、そこには無言で佇むゼノの姿があった。
(あー、うん……ゼノって目付き鋭いし怖いよね……)
「アシェル君。どうやらフローレス殿は僕がいると少し緊張してしまうみたいだから、先に部屋に戻っているよ。あまり遅くなるようならゼノを迎えに寄越すけど、少しの間なら話していてくれて良いよ」
何を思ったのか、クラウスはそんな事を言って僕の背中をぽんと叩いた。
「フローレス殿。今日は挨拶だけで失礼しますが、次回はぜひ、アシェル君が僕に接するように砕けて接してくださいね。では」
フリーズしたままのダリルさんに声をかけると、クラウスはゼノを引き連れて研究室へと戻って行った。
ダリルさんに視線を戻すと、彼はまだぼんやりとしたまま口を開いた。
「…………アシェルくん……クラウス王子までお友達なの?きみの交友関係って…………はぁ」
「ダリルさん、大丈夫ですか……?なんかびっくりさせちゃってごめんなさい……」
大きなため息をついたダリルさんに、僕は心労をかけてしまった事を謝罪する。
「いや……別にアシェルくんが悪いわけじゃないから、謝らなくても…………うん。大丈夫、落ち着いた」
「ほんと?……でもやっぱり驚かせちゃったのは事実だから、ごめんなさい。そうだ、お詫びに荷物運び手伝います!」
ほんとはダリルさんともう少し一緒に居たいだけなんだけど、お詫びなんて言ってみる。
「えぇ?お詫びだなんていいよ」
「うーん。ダリルさんが、同じ参加者である僕に研究内容を見られたくないから触らないで!って言うなら諦めますけど、そうじゃないなら手伝わせてください」
まあ、そんなこと言う人じゃないのを知っててあえてこういう言い方をしてるんだけど。
この夏こそはグイグイ攻めるんだ、僕は……!
「…………もう。じゃあお願いしようかな?」
「やった!じゃあどんどん指示出してくださいっ」
「ふふっ。なんでアシェルくんが喜んでるの?まぁいっか。じゃあこれはね…………」
そんな感じで、ダリルさんの指示のもと、一緒に荷物を運び込んでいく。
この共同作業、同棲を始めるカップルみたいな気分を味わえてとても良い……。
「それにしても、研究室が隣同士なんてすごい偶然だね。アシェルくんなら申し込んでるだろうなとは思ってたけど」
「偶然じゃないですよ!僕が隣を希望したんです…………っていうのは冗談だけど。でも、やっぱり偶然じゃなくて、これって運命ですよ……!」
さっき妄想のせいでハイになっている僕は、恥ずかしげもなくそんなことを口にしていた。
「…………う、あっアシェルくん?なんだかテンションがおかしいけど、大丈夫?…………あ。それはこっちに置いてね」
「はいっ。僕は全然大丈夫ですよ。あれ?荷物これで最後ですか……?」
「う……うん、そうだね。手伝ってくれて本当にありがとうね、アシェルくん」
いつの間にか全ての荷物を運び終えてしまったようで、ちょっと残念な気分になる。
もう少し一緒に居たかったけど、研究も真面目に頑張らないといけないから、しっかり切り替えないと……。
「これくらいお安い御用です!また何か手伝えることがあったら、せっかく隣にいるんだしいつでも呼んでくださいね」
「うん、ありがとう…………は…………ない……」
ダリルさんの言葉は、後半がよく聞き取れなかったけど、この距離で聞こえない大きさってことは独り言だったんだろうか?
「いま、なんて言ったんですか?」
「ううん、なにも。じゃあまたね」
一応聞いてみたけど、やっぱりなんでもないと言う。
僕も独り言多い(らしい)から分かるけど、そこ突っ込まれても困るよね……。
「はい、それじゃまた」
そう言って、ドアを開けて部屋を出ようとしたところで思い出して振り返る。
大事なことを忘れてた。
「ダリルさん、今日も大好きです!この夏休み、毎日顔を見れるかもって思うと楽しみで仕方ありません。お邪魔はするつもりないですけど、毎日挨拶には伺いますね!それじゃ、また明日」
それだけ伝えると、今度こそ僕は自分たちの研究室へと急いで戻った。
クラウスはちょっと怒っていたけど、初日ということで大目に見てくれた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(アシェルくんのIQはまだ無事だろうか……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。
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本日の活動報告のおまけにて、
ダリルさんの裏側モノローグを公開します♪
(21時までには投稿すると思います)




