九話◇今年の夏は
楽しみすぎる
「ねえクラウス。本当に、片手間に出来ない魅力的なテーマを探さない?」
そんな風にクラウスを誘った僕は、彼に事の詳細を説明しようと再び口を開いた。
「実はさ、『高等部・中等部合同成果発表会』に参加したいんだよね」
「今日貼り出されていた、あの告知だね?ふふ、僕も興味があったから嬉しいよ」
僕の言葉に、クラウスはさらに笑みを深めた。
クラウスも気になるだろうなと思ってたけど、やっぱりもう知ってたんだ!話が早くて助かる。
「クラウスも気になってたんなら良かったよ!これに参加するとなると、絶対に夏休み潰れちゃうじゃん?無理そうなら僕ひとりでも参加しようと思ってたんだけど、せっかくなら一緒にやりたいなって」
「声をかけてくれて良かった。もしアシェル君が一人で先に受付を済ませてしまっていたら……ゼノに頼んでイタズラを仕掛けてしまうところだったよ」
「……えっ?なにそれ怖いんだけど!」
そんな会話をしていたら、ふと僕の背後に人が立つ気配がした。
「ずいぶんと興味深い話をしているじゃないか」
「わっ、フェリクス……!」
フェリクスは肩を組むように僕を捕まえると、ちょっと圧のある笑みを浮かべた。
「なあアシェル?最近お前は自国の王子であるこのぼくを放って、クラウスにばかり構っているなぁ。他国から来て間も無いクラウスを思い遣っている事は、とても素晴らしい。素晴らしい事ではあるが」
ええ……?なんか面倒くさい絡み方してくるじゃん。
どうしたのフェリクスくん……。
「フェリクス。何が言いたいのかいまいち分かんないから、結論だけ言ってよ」
「む、そうか?では、その合同成果発表会とやら、面白そうだから一枚噛ませろ。あと、最近お前がクラウスばかり構うからぼくはつまらんぞ」
「はあぁ?可愛いかよ……」
何だそんなことか。別にいいよ。でもフェリクスって、いろいろ忙しいんじゃないの?
「アシェル君……恐らくだけど、心と言葉が反対になっているんじゃないかな?」
「え?いま僕なんて言った?」
苦笑いのクラウスにツッコミを入れられる一幕もあったけど、僕たちはゼノも含めた四人で参加申請を提出する事になった。
◇ ◇ ◇
いくつかの候補の中から僕たちが選んだのは、魔力圧縮についての研究だった。
受付を先に済ませたあと、僕らは早速、審査用に提出しなくちゃいけない『魔力圧縮の効率化と安定的な上限』についての研究概要の作成に取り掛かった。
クラウスとフェリクスが効率化についての大まかな理論的骨組みを、僕は「感情・イメージによる術式構築」から応用した「安定的な上限の模索」についてのアプローチ法の選定を担当した。
(ダリルさんの『弟フィルター』を壊すには……優秀さだけじゃなくて、僕がもう小さな子供のままじゃないってことをちゃんと認識してもらわないとダメだよね。この発表で、高等部生たちを抑えて上位に入れたら…………)
四人チームとして申請したけど、実際に夏季休暇を返上して研究に取り組むのは、ほとんど僕とクラウスだけになりそうだ。
フェリクスも可能な限り顔を出すとは言っていたけど、休暇中はかなり忙しいと思うし。
ゼノはクラウスの助手って感じだから、ずっと一緒には居るだろうけど、研究をメインには動かないだろう。
そういうわけで最近の放課後は、中等部内にある僕に貸し与えられた研究室で、三人または四人で過ごすことが増えていた。
フェリクスが来ている日は、室内は五割り増しくらいに賑やかになるんだけど……。
なぜかゼノは、僕に苦情を言ってくる。
「アシェル殿。あまり騒いでクラウス様の研究時間を邪魔するようなら、即刻退室いただきますよ」
「わ、分かってるよゼノ!……っていうか、僕は邪魔なんかしてないよね?うるさいのはフェリクスだよね?」
「なんだと?さすがに聞き捨てならないな。ぼくがアシェルよりうるさくしている訳がないだろう」
うっかりと失言してしまい、フェリクスまで言い合いに参戦してくる。
「やはり今すぐにでも退室を……」
「待ってゼノ!?そもそもこの部屋、僕名義で借りてるんだけど……!?」
「やはりお前よりうるさいというのは取り消せ」
なんて、もはや収拾がつかなくなってしまった時。
「三人とも、少し黙ろうか?」
というクラウスの声が、普通の音量なのにやけに響いて。
一瞬にして部屋は静まり返った。
満足気に笑うクラウスと、僕の両サイドから『お前のせいで怒られた』とでも言いたげに軽く小突いてくる二人。
(……だからなんで僕!?)
やや理不尽を感じながらも、なんだかんだみんな仲良くなってきたって事なのかなぁ……と、妙に感慨深い気持ちになった。
◇ ◇ ◇
わちゃつきながらも、きっちりと期限内に提出した研究概要。
その二週間後、僕たちの応募は無事に審査を通過した。
「やったね、アシェル君!これで夏休みは高等部の研究室を自由に使いたい放題だ!」
クラウスが珍しく声を上げて喜んでいる。
それを眺めるゼノも、心なしか嬉しそうに見えた。
かくいう僕も、無事に審査を通過できたことはかなり嬉しくて内心でははしゃいでいた。
クラウスの言葉通り、今回の『高等部・中等部合同 成果発表会』では、ある特典が用意されていた。
それは、審査を通り参加を認められた個人やグループには高等部の研究棟が開放されて、チーム毎にその一室を与えられるというものだった。
夏季休暇の間も例外ではなく、僕たちはそこで発表会のための研究を存分に進めることが出来るというわけだ。
そのあとすぐに、夏季休暇中の研究棟の部屋の割り当てが書かれた資料が届いて。
僕たちのチームに割り当てられたのは、高等部研究棟の三階の一室だった。
(徹夜明けみたいなテンションの時にノリで決めちゃったけど、改めて見るとこのチーム名ダサすぎて笑える……。学生らしい黒歴史ってことで、まあいいか……)
僕が部屋番号を確認していると、ふと、隣室の欄に書かれた名前に目が留まった。
「あれ……?この部屋、ダリルさんが使うの?」
隣室の『302号室』の欄には、ダリル・フローレス殿と記載されていた。
「アシェル君、どうかしたの?」
クラウスが僕の肩越しに資料を覗き込む。
反対側からフェリクスも同じようにしてきて、僕らは三人で顔を寄せ合うようにして一枚の紙を覗き込んでいた。
「お。すごいな、フローレス殿も個人で参加するのか。しかもこの部屋割り、ぼくたちと隣同士じゃないか!」
フェリクスのその感想は、僕の驚きとそっくり同じだった。
クラウスは突然知らない名前が出てきて戸惑っているようだった。
「…………フローレス殿?その人は、二人の知り合いなのかな?」
「アシェルの想い人だ。良かったなぁアシェル、隣の研究室なら顔を合わせる機会も増えるだろう」
「ふぇっ!フェリクスぅぅうううぅうっ!?」
ニヤリと笑いながらシレッと勝手に暴露するフェリクスに、僕は一気にパニックに陥ってしまった。
相手が王子である事んてすっかり忘れて、胸ぐらを掴んで揺さぶりながら抗議する。
「なんで!なんで!勝手にバラすの!?バカなの!?アホなの!?デリカシーないの!?」
「うわ!やめっ、やめろ……!落ち着け、どうせすぐにバレるだろうが!事前に知っておいた方が、クラウスも心の準備がっ…………う…………だめだ、酔う………………」
ぽかんとするクラウスと、揺さぶられ過ぎてヘロヘロになるフェリクス。
荒ぶる僕を静かに止めたのはゼノだった。
「アシェル殿…………気持ちは分かるが。流石にこれ以上は、もうやめて差し上げろ」
その日からゼノの僕への当たりがちょっぴり優しくなったけど、それは今は関係ない話。
グロッキーになったフェリクスに、仕方がないから治癒魔法をかけたあと、その日は解散になった。
帰りの馬車の中で、ひとりぼんやりと考える。
(ダリルさんと僕が、対等な研究者として参加して、しかも隣の部屋……)
これは、僕が望んでいた『対等なフィールド』そのもので。
その上で、邪魔の少ない『夏季休暇中の研究棟』という、閉鎖的な空間での時間の共有。
これは、想定していたよりもずっと大きなチャンスなんじゃないだろうか。
僕は期待と決意を胸に、心の中で叫んだ。
(ダリルさん…………今年の夏はあの時よりも積極的にいくから、覚悟しててくださいね……!)
そうは言っても、あの日のおやすみのキスよりもすごいことなんて、起こるはずもないかもしれないけど。
なんて。
うっかり思い出してしまった幼い日の出来事に、ボッと火がついたように顔が熱くなる。
子供扱いだからこそ得られた経験だけど、僕はもうダリルさんに弟だと思われたままではいたくないんだ。
「……まあ、研究は研究で真面目にやるけど。隣の部屋なんて幸運、逃しちゃダメだよ、絶対」
頬に集まっていた熱は、いつの間にか胸の方に降りてきて、あふれ出しそうな希望と高揚へと変わっていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(ダサいチーム名は、活動報告にて……。笑)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




