【Past Day 3 】病と贖罪 ーSIDE Darylー
きっと、奇跡だったんだ
初めてカーティスのおうちに行ってから、わたしは毎週のように書庫にお邪魔するようになっていた。
ガルブレイス邸の書庫で過ごす時間は、本当にすごく楽しくて、週末が来るのが待ち遠しかった。
アシェルくんは、たまに王宮に呼ばれていておうちに居ない日があったけど。
お出かけしていない時には、いつもカーティスと一緒に迎えてくれた。
最近では、本を読む時間よりも、アシェルくんとおはなしすることの方を優先してしまっていたかもしれない。
「ダリルさんはここに本を読みにきてるはずなのに……お話ばかりして、読書のお邪魔をしちゃってごめんなさい……」
しょんぼりとそんな風に謝るアシェルくんに、わたし自身がそっちを優先しただけなのに……と胸が痛んだ。
「私もアシェルくんとお話しできて嬉しいから大丈夫だよ」
そう言って、出来るだけアシェルくんが気にしないで済むように笑ってみせた。
アシェルくんは、色んなことを話してくれた。
彼の友達として、フェリクス第二王子やクロード・オルドリッジ侯爵令息の話を聞くことが多いんだけど、初めて名前が出た時には驚いちゃった。
だって、アシェルくんの友人二人っていうのが、揃ってコモハナの攻略対象だったんだもん……。
それよりも、もっとずっとわたしに衝撃を与えたのは、アシェルくんが『体質』のはなしをしてくれた時だった。
「実は僕、生まれた時から魔力がうまく循環できない体質で…………魔法、使えないんです」
「………………え…………?」
生まれつき、魔力循環がうまく出来ない……?それって、もしかして、でもまさか……!
「いまはそうでもないんですけど、感情が昂ったりすると、発作が起こったりしてて……熱が出たり、息が出来なくなったり………………。だから、兄様とか、家族みんな、ちょっと過保護っていうか。僕は剣術の授業だって受けたいのに…………」
呆然とするわたしにアシェルくんが語ってくれたのは、やっぱりそうだとしか思えないような事実だった。
彼が生まれついての体質として認識しているそれは、間違いなく『回路奇形』だ……。
後続のスピンオフ作品のために、わたしが作った…………わたしが産み出した、この世界の難病とされる病。
どうしてコモハナより後に生まれた設定が、タイムパラドクスのようにこの世界に反映されているのか。
それはきっと、クラヒカの回路奇形の設定を見たコモハナの制作者の誰かが、後付けで設定を増やした可能性が高い。
昼ドラ展開が好きな、あの泥沼系シナリオライターなら。
『悪役令嬢には、実は産まれてすぐにこの回路奇形で死別した双子がいたことにしましょう』
なんて、嬉々として脳内で妄想を膨らませていたはず……。
「あっ……!?ほんとにっ、ほんとに今はほとんど発作も起きないし、心配しないでくださいね!?魔法が使えない事に、思わずグチってしまっただけなので!ダリルさんに心配かけるつもりなんかじゃ…………」
考え込んでしまったわたしに、アシェルくんは必死に心配をかけないように言い募る。
この健気な男の子は…………わたしが産み出した病のせいで苦しんで、でも、その病がなければ産まれなかったかもしれない、存在……?
おそらくあのライターは、『回路奇形による双子の死別』という設定を生やしたはず。
だけどこの世界で、どういう訳か分からないけれど、アシェルくんはこうして生き延びて……。
今、わたしの目の前に確かに存在している。
「……こうして元気なアシェルくんに出会えてよかった。生きていてくれてありがとう」
わたしは、涙目になりながら、そう伝えるのがやっとだった。
たぶん、たくさんの奇跡のような偶然が重なって、アシェルくんはこの世界で生きている。
そんなアシェルくんを護りたいと、わたしの作り出した病から救ってあげなきゃと、強く誓った。
◇ ◇ ◇
アシェルくんの回路奇形を治すために、わたしが真っ先に思い付いたのは、クリスタの聖女としての治癒の力を借りることだった。
後続であるクラヒカの時代でも、回路奇形は難病だったけど、治癒師や研究者の間では病としての情報もそれなりに解明されていたはず。
でも、あくまでコモハナの世界であるこの時代では、まだ病気としての認識すらされていないほど、医療知識に遅れがあった。
制作者の一員という、ある意味ではこの世界の神とも言えるような立場から得ているこの情報や知識は、決して誰にも話すことなんて出来そうにないことで……。
わたしは苦肉の策として、ゲームのストーリーにも出てくる『クリスタの宛名のない手紙』を利用することに決めた。
毎晩お祈りをする習慣のあるクリスタに、空の魔石を渡して。
彼女に負荷がかからないよう、魔石がクリスタの聖魔力で満たされるのを待った。
その魔石を手紙に一緒に入れるといいかも、なんて誘導をした。
手紙は私が飛ばしてあげる、なんて、親切ぶって提案をした。
「ダリルお兄さま、ありがとう!」
全てを素直に……純粋によろこぶクリスタに、罪悪感で潰れてしまいそうになったけど……。
わたし自身があまり眠れなくなったことよりも、一日でも早くアシェルくんの『回路奇形』を治すことの方が重要だった。
いまこうしている間にも、彼が発作を起こしてしまったら……。
そう思うと泣きたくなった。
幸いわたし自身も、クリスタほどじゃないけどそれなりに高い聖魔法の適性を持っていたから、自然治癒力が高く、不調がバレることもなかった。
◇ ◇ ◇
「お兄さま、お手紙書けました!」
ついにその時がやってきて、わたしはあらゆる感情を押さえつけながら、クリスタの頭を優しく撫でた。
「ねえお兄さま。はやくお手紙を飛ばすところを見たいわ」
そう言って急かす彼女よりも、きっとわたしの方が気が急いていたはず。
「前に言ってた通り……手紙と、お守りが入ってるんだよね?」
「そうだよ?ひみつのお手紙だから、お兄さまでも中は見ちゃダメだよ」
「そうだったね。……じゃあ、今からクリスタのお手紙を遠くに送るよ?」
「…………はいっ」
わたしは、ちゃんと治療のための魔石が同封されていることに安堵しながら、風魔法で形造った鳥に、全てを託した。
クリスタが部屋を出て行ったあと、わたしは無意識にごめんねと呟いていた。
ようやく病気を治してあげられるかもしれないという希望や、クリスタを騙したことへの罪悪感……。
いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、また泣いた。
◇ ◇ ◇
アシェルくんの元へ、クリスタの手紙を風魔法で送ってから数日後。
今日はわたしとカーティスの中等部への進級式であり、アシェルくんとアリシアちゃんにとっては、貴族学園への入学式でもあった。
初等部と中等部では、解散の時間が違っていたから。
わたしは、アシェルくんが帰るのを、カーティスと一緒にガルブレイス家の馬車の中で待たせてもらっていた。
アシェルくんとアリシアちゃんも馬車に乗り込んで、さあ帰ろうという時。
「今日はこのままうちに来るかい?」
カーティスがそう誘ってくれたから、お言葉に甘えることにした。
出来ればアシェルくんと二人きりで話したいことがあると、カーティスには伝えていたから。
それで機会を作ってくれたみたい。
(ありがとう……カーティス……)
ガルブレイス邸で昼食をご馳走になったあと、わたしたちはいつもの三人で書庫へと向かった。
「アシェル。今日はダリルが君に何か話したいことがあるらしいんだ。僕はしばらく席を外すけど、困ったことがあったら部屋にいるからね?」
書庫に着くと、カーティスはそんな言葉を残してわたしとアシェルくんを二人にしてくれた。
あんまりアシェルくんに触ってはいけないと、何度も念を押すように言われて、約束までさせられたけど…………。
わたしには、それがどうしてダメなのかよく分からなかった。
窓際の読書スペースで、向かい合って座るわたしとアシェルくん。
どう切り出していいのか分からなくて困っていたら、アシェルくんのほうからキッカケを作ってくれた。
「おはなし、言いにくいことなんですか……?」
「え…………いや、そんなに……かもしれない。けど、やっぱりちょっと、聞き辛い……かも」
魔石は届いた?体調はどうかな、良くなった?
……なんて、何の説明もなしにはやっぱり聞けない、よね……。
「えと。どんなことかは分からないけど……何でも聞いてくれて大丈夫、ですよ……?」
戸惑いながらもそんな風に言ってくれるアシェルくんに、わたしは覚悟を決めて言葉を紡いだ。
クリスタの手紙のこと。
手紙に同封された魔石を持っていて欲しくて、『宛名のない手紙』をわたしがアシェルくんの元へ送ったこと。
どうして魔石を送る必要があったのかという…………彼の『回路奇形』という、病気のこと。
話しているうちに、込み上げる思いがこらえきれなくなってしまったわたしは。
子供みたいに泣きながら、なんだか色んなことを吐き出してしまっていた。
無意識のうちに、わたしの両手はアシェルくんの頬に触れていて。
その手の上に、彼の温かい小さな手が重ねられたことで、ようやくそれに気付いた。
アシェルくんから『ちゃんと身体が治ってきている』と聞いた時には、今度こそ号泣してしまった……。
「あしぇるくん……いきなり飛んできた訳わかんないお守りなのに、ちゃんと持っててくれて、ありがとうね……」
なんとかそう伝えると、アシェルくんは困ったように笑っていた。
「何度お礼を言っても足りないのは僕の方でしょ?どうしてダリルさんが……」
そんなアシェルくんの言葉に、わたしは『それは違う、元々きみの病気はわたしのせいだから』とは言えなかった。
「だって、アシェルくんに元気に生きていて欲しいから……だからありがとうで合ってるよ。ありがとうアシェルくん、だいすきだよ」
代わりにそれだけ伝えると、アシェルくんはまた面白可愛い鳴き声をあげて、顔を真っ赤にしていた。
「ぼっ僕も!ダリルさんのことが、だ、だ……大好きですっ!」
一生懸命になって叫ぶ姿が可愛くて、わたしはやっと泣き止んで笑うことが出来た。
そのあとは……。
わたしが抱えるクリスタへの罪悪感を、アシェルくんが代わりに引き受けたいと言い出して、すごくびっくりした。
急に大人みたいなことを言ったり、そうかと思えば可愛さ全開で押してきたり……なんだか翻弄されっぱなしだった気がする。
その中でも、一番わたしの心に深く深く染み込んでいったのは。
「僕にも人には話せないような秘密があります。たぶんみんな一つくらいは秘密があるんじゃないかな?……でもそれを無理に暴かなくったって、大事な人は大事なままでいられます。ダリルさんに話せない事があっても、僕も、きっとクリスタ嬢だって、そんなの関係なくあなたを好きでいますよ」
そんなアシェルくんの言葉だった。
気が付けば転生してしまっていたこの世界で、この言葉以上にわたしを支えてくれるものは――
きっと、無い。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(ようやくいくつかの秘密が開示できました……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




