六話◇図書室にて【SIDE A/C】
**前半がアシェル視点で、後半はカーティス視点に切り替わります**
【SIDE Asher】
翌日の放課後。
終業の時間に差がある事を失念していた僕は、だいぶ早く高等部まで来てしまったようだった。
先に今日借りる本を選んだりしてみたけど、まだまだ時間は余っていて。
どの辺りにいようかなぁと図書室を見渡すと、読書スペースの奥に、大きなガラス戸越しにテラス席が見えたので、そこでオリアナ嬢を待つことにした。
最近全然ダリルさんに会えていないのに、三日も続けてオリアナ嬢に会うことになるなんて、なんか妙な感じだな……。
いま居るのは高等部の図書室なんだし、もしかしてダリルさんにも会えるかも?
そんな事を考えてしまったら急に落ち着かなくなってきて、僕は気を紛らわせるために、さっき選んだ本を読むことにした。
いざ本を読み始めたら、時間の経過なんてあっという間で。
僕は声をかけられるまで、オリアナ嬢が図書室に来たことに気付かなかった。
「アシェルさん。お待たせしてしまったかしら」
「……あっ、オリアナ嬢。大丈夫です!僕こそ読書に夢中になっててすみません」
「ふふ、ご熱心でいらっしゃいますのね」
慌てて立ち上がって謝ると、彼女はなぜか嬉しそうに微笑んだ。
「これ、さっそくお渡ししちゃって大丈夫でしょうか?お約束の鉢植えです」
僕は、丹精込めて株分けし、土壌に光魔力調整を施した月涙草の小型鉢を差し出した。
クラウスの助力もあって、花弁はすでに濁りが消えて、美しい白と青のグラデーションを取り戻している。
(これが元の色なんだよね……確かに綺麗だなぁ)
というか、改めてじっくり見て気付いたけど、中間あたりの色がオリアナ嬢の瞳の色によく似ている。
「まあ……!この美しさ……本来の月涙草の……。アシェルさん、本当にありがとう。わたくし、この鉢植えも宝物にしますわ」
オリアナ嬢は、人目も憚らず、心から安堵したような笑みを浮かべた。
その表情は、普段の毅然とした公爵令嬢のそれとは違って、まるで無垢な少女のようだった。
「そんなに喜んで頂けて、僕も嬉しいです。この月涙草、特別な思い入れがあるって言ってましたよね。ぜひこれからも大切にしてあげてください」
「ええ……これは、わたくしが中等部の頃に、ある方からいただいた一輪の…………その子孫なんですの」
オリアナ嬢は、鉢植えを優しく抱きしめる。
その笑顔は、見ている者まで幸せな気持ちにさせるような、愛に満ちたものだった。
◇ ◇ ◇
【SIDE Curtis】
高等部の授業終了後、僕は友人であるダリルと共に図書室へ赴いていた。
僕達は今、課題の論文にそれぞれ取り組んでいる。
参考文献を探したい時には、すぐそばに本がある。
この読書スペースは、互いの研究について意見交換をし合うのに、最も適していると言える場所だ。
「カーティス。その論文の構造、は……」
ダリルの声が不自然に途切れる。
何事かと顔を上げてみれば、彼の視線はテラス席の方へ向けられていた。
「どうしたんだい、ダリル?……あれは、アシェル…………と、ブルクハルト嬢?」
僕自身も彼の視線を追ってみれば、そこには僕の大事な弟と、どういう訳かオリアナ・ブルクハルト公爵令嬢とが共に居た。
彼女は毎日のように、僕の事を陰から見ていたり、苦情という名の会話を試みにやってくる。
僕が極度に自惚れているのでなければ、おそらく彼女は僕を好いているんだろう。
もしかすると、そういった理由でアシェルに近付いたのか。
一瞬、そんな考えが過ったけれど、どうやらそんな事も無いらしい。
会話の内容までは、ここからでは知る由もないけれど。
アシェルとブルクハルト嬢は、随分と親しげに話しているように見えた。
「…………あの二人って、前から知り合いだったの……?」
視線を一向に外さないまま、ダリルが、彼にしてはやけに平坦で小さな声で問う。
「……いや。僕の知る限りでは、そんな事実は無かったはずだよ。つい最近知り合ったんだろうね」
アシェルが小さな鉢植えを差し出すと、ブルクハルト嬢はそれを大切そうに抱きしめ、まるで宝物を手にしたあどけない少女のような笑顔を浮かべた。
(ブルクハルト嬢のあんな表情は……見た事がないな。何をそんなに…………って、あれは月涙草……?)
あの美しい花を咲かせる薬草は。
いつだったか、またブルクハルト嬢が人目を忍んで一人泣いていた時に、慰めになればと彼女の髪に一輪挿してプレゼントにしたものと同じ花。
偶然だとは思えない。
なんとなく、胸の辺りがチリ……と焼けた気がした。
「同じクラスの僕達よりも、アシェルの方が彼女と親しそうだ。まったく不思議なものだよね?」
自分でも誰に向けたものなのか分からない、小さな皮肉が零れ落ちてしまったけれど。
ダリルはまるで反応を示さなかった。
「……ダリル?」
僕は、彼の様子がおかしいことに気づき、改めて名前を呼んだ。
ようやくダリルは僕の顔を見たけれど、その瞳はどこか落ち着かない色をしていた。
「あ、いや……なんでもないよ、カーティス。ただ……アシェル君とオリアナ嬢が、知らないうちに…………あんなに親しくなってて、なんだか……もやもやしちゃって……」
「もやもや?それは、どういう…………」
「忘れて!……うん、今の、忘れて。可愛い弟分を取られたみたいで嫉妬しちゃった、なんて。子供みたいで恥ずかしいし」
僕が問いかけようとすれば、彼はそれを遮ってそんな言葉を重ねた。
可愛い弟分……?
果たして先ほどのダリルは、本当にそんな顔でアシェルを見ていただろうか……。
彼自身が嫉妬という言葉を使ったけれど、僕にはそれが『弟のように可愛がっている相手』に向けたものではなく、『特別な感情を抱く相手』に向けた嫉妬の眼差しに思えた。
アシェルが、目の前のこの友人に、おそらく本気で惚れているということは、僕も昔から気付いていた。
でもまさか、ダリルの方も、弟をあんな瞳で見つめるようになるなんて……思ってもみなかった。
ダリルは以前――
『女性も、男性も、そういった意味で好きになれる気がしないんだよね……。もしかしたらわたし、ずっと独り身のままかも』
そんな事を言いながら、淋しげに微笑んで。
だから伯爵家は妹に継いで欲しいと、両親にも告げた事があると、そう言っていた。
だから尚更意外だった。
愛する弟と大事な友人……二人がこの先どうなるのかは主神のみぞ知る、といったところだろう。
僕自身、過度に干渉するつもりは無いけれど。
ほんの少し背中を押すくらいならば、許されるんじゃないだろうか。
「そんなに気になるなら、二人に話しかけてみようか」
「……えっ!?」
「仲の良い兄が、偶然見かけた弟に話しかけない方がおかしいと思わないかい?」
「それは…………そう、だけど……」
躊躇するダリルを残して、僕はテラス席へと歩き出す。
予想通りに彼は、慌てながらも後ろをついてくる。
大きなガラス戸を開くと、二人の会話がかすかに聞こえてきた。
「へぇー。――――この月涙草も、――――救ってくれたのと、同じ人から――――」
「――ですわ。――――わたくしはあの方に――」
近づくにつれ、徐々に会話の内容まで聞き取れるようになってくる。
そろそろ声をかけようかと思った時に。
「オリアナ嬢、その人ってもしかして…………わっ!カーティス兄様!?だ、ダリルさんも……?」
「きゃあ!?」
僕に気が付いたアシェルが、僕の名前を口にした瞬間、ブルクハルト嬢は悲鳴をあげた。
「やあアシェル。ブルクハルト嬢も、偶然ですね。ところでアシェル。二人が親しいとは知らなかったけれど、楽しげに、どんな話をしていたんだい?」
「えっ?ええ…………と?それは、です、ね……?」
アシェルに尋ねると、彼はしきりにブルクハルト嬢の様子を窺っているようだった。
一存では話せない、ということか。
「ブルクハルト嬢?」
頬を赤らめて小さく震えていた彼女は、僕が声をかけると、その瞳にじわりと薄い涙の膜を張った。
「……わ、たくしの、大切な物を、アシェルさんが救ってくださいましたの。そのお礼を、お伝えしていただけ、ですわ?」
アシェルさん?彼女が名前で呼ぶほど、二人は打ち解けているのか。
…………予想外にも程がある。
「そうです兄様っ。その月涙草の鉢植えは、」
「っ!?お、お黙りなさいっ……!」
アシェルがその花について言及しようとし、ブルクハルト嬢がそれを止めた。
一連の会話から、僕は一つの可能性に思い至った。
「もしかして、その月涙草は、あの時の……?」
独り言のような呟きを漏らすと、ブルクハルト嬢はビクリと身体を強張らせた。
彼女は硬直したまま、机に置かれた鉢植えと僕に、交互に視線を巡らせた。
そして……。
「わ、わたくし…………………………知りませんわぁぁぁあ…………っ!」
脱兎の如く逃げ出してしまった。
いや、実際には彼女は駆け出すことは出来なくて、可能な限りの早足でその場を逃げ出した。
後に残された僕達三人は、微妙な空気の中、しばらく彼女が出て行った方角を眺めていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(視点切り替え、たま〜にやるかもです……!)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




