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【第五章◇完結】乙女ゲームで存在しない悪役令嬢の双子の兄に転生してしまった  作者: かみながあき
第五章◇中等部二年生編(後期)

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【Living Day 3 】選んだ道は ーSIDE Darylー【第五章◇完結】

まだもう少し、きみのとなりで

 

 

「…………また、泣かせちゃったな……」

 

 一人になった研究室で、わたしは色々なことを思い返していた。

 

 アシェルくんがしばらく研究棟に来なくなって、彼の噂話だけが届いていたとき。

 お友達と楽しそうに過ごしているらしいと知れて、安心したのも本当だけど、手を離れていくさみしさも同時に感じていた。

 

 もうすぐ卒業して、彼の元から離れるのはわたしの方だというのに、そんなの勝手が過ぎる。

 そんな思いから「広い世界を見てほしい」「わたしなんかがいなくなっても、きみならどこまでも羽ばたいていけるから」と、伝えようとしたら……。

 

 

『僕はっ! あなたがいないと生きていけないっ……』

 

『ダリルさんがいなくても生きていけたとしても、そんな道歩きたくないっ……!』

 

 切羽詰まったみたいにそんなことを叫んで、アシェルくんはそのまま立ち去ろうとしてしまった。

 

 ――いま離れたら、取り返しのつかないことになる。

 本能的にそう感じたわたしは、咄嗟に彼の手を掴んで引き留めたけれど……。

 

 彼は、今まで見たことがないくらいに、弱々しくて悲しい顔をしていて。

 ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、子供の時にもしたことがない大泣きをするアシェルくんの姿に、わたしはただ「ごめんね」と謝り続けることしか出来なかった。

 

 苦しそうにしゃくり上げるアシェルくんを抱きしめながら。

 彼の高い体温がわたしの心を落ち着かなくさせていることからは、必死で目を背け続けていた。

 

 魅了がなくてもわたしを好きでいてくれるアシェルくんが、魅了がなくてもわたしの言葉で壊れてしまった。

 その事実は、棘のように痛いはずなのに、どこか甘やかで。

 息も出来ないほどの苦しさと嬉しさが、相反するはずの感情が、わたしの中で同居しうるという事実は。

 決して知りたくなかったし、知られてはいけないことだと思った。

 

 なんとか泣き止んでくれたアシェルくんは、わたしが気付いた、今まで彼が持ち歩いていなかったはずの"羽根飾り"について話してくれた。

 お友達にちゃんと愛されているアシェルくんは、彼自身がそれにうまく応えられていないと気にしていたけれど。

 きっと、そんなことは無いと思う。

 

(だって、陽だまりみたいなきみの傍に居られれば、きっと誰だってしあわせな気持ちになれるよ……)

 

 こんなこと、恥ずかしくてさすがに言えないけれど、アシェルくんはアシェルくんのままで居てくれることが、誰かの救いになるはずだから。

 

 ……年上をからかうのは、ちょっと良くないけど。

 アシェルくんてば、普通のお友達もいるけど、攻略対象たちを軒並み攻略しちゃってるみたいで……。

 ずっとフェリクスと関わっているうちに、あの子の『揶揄い癖』が感染(うつ)っちゃったんじゃないのかな。

 どうしよう、純粋なアシェルくんが……。

 

「…………っ……まぁ、どっちも悪い子じゃないし。わたしが慣れればいいだけ……かな?」

 

 ひとつため息を吐いて、そういえば今回は来ないのかな?と、ふとあたりの様子をうかがった。

 実は『アシェルくん号泣事件』のあと、いつもの影さんがわたしの所に問い詰めに来たから。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

『 アンタ なにやったの?

 アシュぼう 泣いてたんだけど。 』

 

 いつもより大きめな音を立てて舞い降りてきた紙には、そんなことが書かれていて。

 もしかして影の人も怒ってるのかな、なんて慌てたわたしは。

 文字で伝えるよりも先に、口頭で弁明をしていた。

 

「えっと……アシェルくんには、『こんな所に閉じこもってないで広い世界を見てほしいなぁ』なんてことを、言いました……」

 

『 そんだけ? 』

 

 もはや紙を回収すらせずに、その場にカリカリと文字だけが現れていく。

 その光景をおっかなびっくり見つめながら、わたしは続きの言葉を口にした。

 

「ん………………『わたしがいなくなっても』って、言いかけたら……アシェルくんが、泣いちゃった……」

 

 グシャリ――

 

 と、紙片が握り潰される音がしたかと思うと、肝心の紙は姿を消していて。

 どういう法則性なのか分からないけど、少ししてから文字の書かれた新しい紙がその場に現れた。

 

『 それだよ!

 なんで そんなこと 言った? 』

 

「だっ、だって! わたしもうすぐ卒業しちゃうし……親離れ? ……じゃないかもだけど、お互いに心の準備もしておかなきゃっ、て……」

 

 そこまで言ったとき、また紙が潰れる音がして。

 今度はしわくちゃの紙がそのまますぐにまた現れて、続きの文字が書き殴られていった。

 

『 たしかに アンタは

 わるくない。 けど

 それは にどと 言うな。 』

 

「……え……」

 

 言葉を返せずに眺めていると、まだまだ続きの文字が増えていく。

 なんだろう、コレ。

 ちょっと怖いんだけど、すごく魔法っぽい……。

 

 そんな場違いなことを考えていたけど、次の瞬間には一気に現実に引き戻されてしまった。

 

『 アンタ

 ほんとに アシュぼうから

 はなれる つもりなの? 』

 

「うっ…………それ、は……」

 

 姿が見えないのに、何もかもを見透かした瞳で見られているような気がして、身体がびくりと強張る。

 アシェルくんには言わないで……そう前置きすると。

 

「アンタと密会してるなんて、アシュ坊に言えるわきゃねえだろうが……!」

 

 苛立ちを抑えたような低い呟きが響いて。

 わたしが影の人の声を聞いたのは、それが最初で最後だった。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 あの後、影の人はまた文字でしか言葉を伝えなくなったけど。

 たった一言に、どれだけアシェルくんを大切に思っているのかが詰まっていて、まだ誰にも話すつもりのなかった考えを話してしまった。

 

 と言っても。

 アシェルくんを泣かせてしまったあの日にも、罪悪感から……つい口を滑らせそうになってしまったんだけど。

 

 影の人に話してしまってからは、相談するのもいいなと気付いて。

 そこからは度々カーティスに聞いてもらって、正面から色々とアドバイスをもらったりするようにもなった。

 

「本当は、ちゃんと本決まりしてからのサプライズにしたかったんだけどなぁ」

 

 結局、アシェルくんにも話してしまった。

 わたしが研究員生として、学園に残ろうと思っていること。

 結局また泣かせちゃったけど、今回はお叱りは受けないみたい。

 

「アシェルくん……」

 

 きみはいつまで、そうやってわたしを特別なもののように見てくれるんだろうね?

 命の恩人だとか、女神みたいだとか、憧れのこもった瞳で見つめてくれるけれど。

 

 どれだけ恋のように思えても、幼い憧れから派生したそれは、いつかきっと形を変える。

 ううん。本当の形に気付く、かな。

 

 次の春にはもう十五歳になる彼なら、そろそろ思いの本質に気が付いてもおかしくない頃だと思う。

 その時にはきっと。

 わたしに向けて伸ばしてくれていたその手を、柔らかな陽だまりの隣に似合う可愛らしい女の子が、優しく繋いでいるんだろうな。

 

「あれ…………おかしいな。なんで涙が出るんだろ……」

 

 ちょっと先のことを想像しただけなのに、泣いてしまうだなんて。

 確かにアシェルくんのことは大好きだけど、家族みたいな気持ちのはずなのに。

 

 弟の幸せを素直に祝福できないなんて、間違ってる。

 こんな、執着みたいな――綺麗じゃない思いをアシェルくんに向けるなんて、兄のすることじゃないよ……。

 

 もしかしてわたし、どこかおかしくなっちゃってるのかな。

 

 いつからだろう。

 アシェルくんを泣かせた日?

 

 ――違う。

 

 

 魅了漏れを治してくれた日?

 ――違うでしょ。

 

 じゃあ、アシェルくんが、急に大人になろうと走り出してしまったとき……?

 

 ――ほんとに分かってないの?

 

「え、なに……?」

 

 さっきから、頭の中に。

 わたしの他に、もう一人分の声がする。

 

「分かってないって、なにが……?」

 

 ――ほんとに分からないの? フリじゃなくて?

 

「ねえ、もしかして……」

 ――ボクは、ボクだよ。キミとおんなじ、ダリルだよ。

 

「な…………なんで急に……今まで話しかけてなんてこなかったのに……」

 

「それはキミが、無意識に心の奥(ここ)まで逃げ込んできたからでしょ……はぁ……」

 

「え」

 

 ぼんやりと思考に沈んでいただけのつもりで。

 深層心理まで潜ってしまっていたことに気が付かなかったわたしは、ハッとしてあたりを見回した。

 

 今まで何も映していなかった視界には、確かにあの時アシェルくんと共に見た"わたしのイデア"の景色が広がっていた。

 

「どう、して? わたし……境界門を通ったりしてないのに……」

 

「あの人(アシェル)も言ってたよ。心の中でだけど」

 

「…………なにを?」

 

「"帰り道は意識を浮上させるだけでいけるんなら、来る時もしょーとかっとできないかな?"だったかな……。よく分かんないけど、思うだけで来られるってことじゃないの?」

 

「きみは…………あの時、アシェルくんの心の中まで見えてたの……?」

 

「だってボク、イデアだもん。…………なんか悪い?」

 

 あまりにも衝撃的なことが多すぎて、理解が追いつかない。

 この子が言っていることは、きっと正しいことなんだろうけど、わたしはこれ以上聞くのが怖かった。

 

「…………来るつもりもなかったんなら、早く帰りなよ」

 

 黙ったままのわたしに、七歳のわたしが呆れたように言う。

 

「……うん、帰るよ。帰るけど…………また、来るね。今度はちゃんと、自分の意思で……」

 

「…………キミのイデアなんだし、好きにしたら」

 

「そっか……」

 

 短いやり取りをして、わたしはそのまま逃げるように現実世界へと戻った。

 やり方が分からないから、手順通りに境界門を潜り抜けて。

 

 意識が浮上してからも、しばらくはあの場所とあの子のことを考えていたけど、お腹の虫が騒ぎ出したことで完全に"今"に意識が戻った。

 

 とりあえず、早く帰ろう。

 

 いったん問題はわきに置いておいて。

 だけど、少しずつ向き合っていく決意だけは固めないといけない。

 そんな決意にはまだ満たない思いを抱えながら。

 

 簡単に手荷物だけをまとめたわたしは、これからもしばらくお世話になる予定の302号室を後にした。

 

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます!

これにて第五章も完結となり、次回の定期更新分からは

第六章◆中等部三年生編(前期) が始まります。

 

中等部三年生編は、なんと前・中・後の三分割となりました……。

それだけ濃密で大切な一年になる、ということではあるのですが、

作中時間の経過が遅くなりすぎないように、

これ以上の分割はないように気をつけます……!

 

じれじれしつつも波乱の展開の幕開け。

ぜひ、次章の開幕にもお付き合いくださいませ♪

 

__

【お知らせ】

第五章の完結祝い&エピローグとして、

本編の最新話にて

「画像なしの簡易版キャラ紹介(第五章版)」を投稿いたします。

 

・10月15日:定期外投稿(キャラ紹介)

・10月17日:定期更新【第六章◆一話】

 

今後も乙兄を、そして(IQは下がっても)歳を重ねて成長していくアシェルくんを

どうぞよろしくお願いします(*^o^*)

 

__

☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。

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