十五話◇砂時計のように
流れ落ちる砂は、止められなくても
あれ以来。
屋内であれば魔道具のおかげで凍えることもなく。
馬車から建物までの往復の距離にだけ冬の寒さを感じながら、ダリルさんと会えないことのほうが日常的になってきた。
だけど僕はもう、どうやったって「ひとりぼっちにはなれない」らしい事を知ったから、心の芯まで凍てついてしまうことは無いんだと思う。
「くろぉどぉぉ……!」
「うわっ、なんだよお前!? 急に抱き付くな! ……って、なんかあったのか? おい! 誰かになんかされたんなら俺がぶちのめしてやるから、言ってみろ!」
「……駄目だよ、ダリルさんに会えなくて寂しいだけだから、誰もぶちのめさないで」
「……っんだよぉ! めんどくせーやつだな、寂しいんなら会いに行けよ」
「それが出来たら苦労しないの!」
そんな風に、ある時はクロードに甘えてみたり。
「ふぇりくすぅぅぅ……!」
「ん……? なんだアシェル、寂しいのか? ぼくより図体がでかいくせに、可愛いやつだ」
「……フェリクスに可愛いって言われるの、なんかやだ」
「ほう、そんなことを言うのか? まあいいだろう。ぼくは優しいからな。王族を『都合の良い抱き枕がわり』にしている友人のことも、不敬だなんだと咎め立てせずに許してやるさ」
「それはごめんって……」
フェリクスには甘えきれなかったり。
「ひゅぅぅぅご…………なんで避けるの?」
「すまん、つい癖で。……じゃなくて、どうしたんだお前は。暑苦しい真似はやめろ」
「うわーんっ、この正論お化け! もういいよ! ……ぶれいんくぅぅうん!」
「わわ! どうしたんスか、アシェル君?」
「なぐさめて」
「え? うん…………よしよし。ヒューゴに泣かされたんスか……? いや、でもそんくらいじゃ泣かないか……」
「今のはヒューゴのせい」
「はいはい、そういうことにしとくっスよ。アシェル君も、けっこー意地っ張りっスよね?」
ブレインくんには見透かされたりなんかもして。
ちなみに、クラウスとゼノのところへは……なんだか余計に精神を削られそうだから近付かなかった。
その代わり、ニールくんにすり寄ってみたら、
「ふふ、いつもと逆ですね? いつもボクのこと小動物扱いするけど……アシェルさまだって、おっきなわんちゃんみたいで可愛いですよ」
なんて笑われながら、ここぞとばかりに頭を撫で回されて……。
大型犬みたいだなんてクロードじゃあるまいしと悔しい気持ちもあったけど、意外な包容力にすごく癒やされてしまった。
そうやって僕が、無理矢理にでも空虚を埋めようと変にはしゃいでいる間にも、着実に。
あの人が学園に在籍しているという貴重な時間は、指の隙間からサラサラと流れる砂のようにこぼれ落ちていった。
僕は今日も静かな廊下を歩き、誰もいない隣のドアを見つめてから、301号室の中へと入る。
無理はしないでって言われたから、研究員バッジのタイマー機能を使って、時間を決めて研究を進めているんですよ?
(……だから、褒めてくださいよ……)
「ダリルさん……」
しんとした部屋に、虚しく溶けていく声。
届かないのに名前を呼ぶなんて、これから何度、このやるせなさを感じることになるのか。
息苦しさを吐き出して、書きかけの紙束を手に取った。
そういえば、あの時の割れたフラスコ。
中身は大したことのない属性指示薬だったんだけど、床のシミの色がどうにもおかしかったんだ。
調べてみたらあの"ラブリール"という惚れ薬と同じ成分で……。
おそらくだけど、知らぬ内にフラスコの中身に混ぜ込んで、実験中に吸わせようとしていたんじゃないかと推測している。
あまりの手段の選ばなさにゾッとしたけど、侵入時点で勝手に失敗してくれて良かったと思ってる。
あれだけ派手な音を立ててやらかした後だから、当分の間はこの研究室にも手が出しづらくなっているはず……と思いたい。
念の為に人除けの結界も張ってしまいたいけど、もしもダリルさんが来たら。
そんなことを考えてしまって、結界は張れずにいた。
「っ、あああああ! ウジウジしたくなぁああいっ……!」
「わっ!?」
「………………えっ……ダリルさんっ!?」
つい、モヤモヤをどうにかしたくて叫んだら、ドア越しに聞きたくてたまらなかったダリルさんの声が聞こえて。
僕は大慌てで、まるでドアに取り縋るみたいにしながら取手を掴んでそれを開いた。
「だっ、大丈夫……? 急に大きな声が聞こえたから、びっくりしちゃった…………」
目の前には、驚いて目を丸くしているダリルさんの姿が。
本当にダリルさんが、いる。
「ダリルさん…………会いたかったです」
「う、うん……。全然こっちに来れなくて、ごめんね……?」
いやです、許せません。
本当に寂しかったんです。
たった一ヶ月足らず会えなかっただけで、もう限界なんです。
これ以上遠くになんて行かないでください。
(……って、そんなこと…………言えるわけないんだよなぁ)
「……忙しいんですから、仕方ありませんよ。だって、もうすぐ本当にそつぎょ、う………………うぅぅ……」
自らNGワードを口にしてしまった僕は、途端に熱くなる目頭に負けまいと、下唇を噛んで呻き声でやり過ごそうとどうにか踏ん張っていた。
意味不明だし、絶対いまブサイクなんだけど、そんなことよりまた泣いてしまうほうが嫌だった。
「アシェルくん……本当に大丈夫?」
「大丈夫です、全然。これっぽっちも、問題ありません」
「…………ちっとも大丈夫に見えないよ……」
ぎゅっと強張った顔のまま虚勢を張ると、ダリルさんは困ったように苦笑いをして。
うーん、と小さく唸りながら、何か考えるように首を傾げて頬を掻いた。
「ねぇ、久しぶりにお茶でもしよう? 温かいものでも飲んで、少し落ち着こうね……」
「僕は落ち着いていますけど、ダリルさんのお茶は飲みたいです」
なんだか意地になってきて、余計に落ち着いていなさそうな返事をしてしまう。
そんな僕の言葉に、ダリルさんは小さく噴き出した。
「ふふっ。じゃあ、おいで?」
そう優しく言いながら、男性にしてはしなやかで白い――でも決して小さくはないその手を差し出した。
"手を繋ごう"とでも言われているような、上向けられた手のひらに、僕はおずおずと自身のそれを重ねる。
繋いだ手のぬくもりは、あの幼い夏の日の思い出を鮮明に呼び起こした。
(僕は、ずっとあなたの背中を追いかけ続けていますね。……きっと、これからもずっと……)
隣の部屋までのほんの少しの距離では、体温が移る前に解かれてしまうけれど。
ほんの一ミリだけでもいいから、僕のこの熱が彼の胸にも宿ればいいのにと、儚く願った。
「アシェルくんは座って待ってて」
ダリルさんに促されて、簡易椅子のひとつに座る。
ドアが開いた直後にも感じたんだけど、ちらりと見渡すと、その違和感はますます濃くなった。
(なんか…………荷物、増えてない……?)
卒業間際だし、てっきり荷物も整理され始めているんじゃないかと……。
もっと閑散とした室内を想像していた僕は、予想外の光景に胸がざわつき始めるのが分かった。
「今日はこの茶葉にしようかな?」
「あ……それって確か……」
「アシェルくんとのお茶の時間も、久しぶりだからね。とっておきにしちゃおうかなって」
「っ、う……」
微かに鼻歌を歌い、慣れた手つきで作業を進めるダリルさん。
一部始終に目を奪われながら、彼にとっては何気ないはずのひとことに、僕は勝手に致命傷をくらっていた。
(このひとは本当にっ…………!)
ずるい。何もかもがずるすぎる。
恨めしさと思慕の入り混じった熱い視線を向けていると、ダリルさんは手元の茶器から目を離さないままで問いかけてきた。
「アシェルくん。さっきは何をあんなに叫んでたの?」
「えっ、さっき……いや? あれは別に、大したことじゃなくて、ですね……」
(察してください、ダリルさん! 苦しい言い訳でも聞き流して……!)
ポットを温めていたお湯を専用の器に廃棄しながら、目線だけを僅かに僕に向けたダリルさんは。
「悩みごととかじゃ、ない?」
僕の願いも虚しく、案の定ダリルさんは流されてはくれなかった。
彼の瞳の先はすぐに手元に戻されたけれど、僕はオロオロと視線を泳がせていた。
コポコポと、新しくお湯を注ぎ始めた音だけが優しく響く。
「あ、の…………そんなことよりっ! ダリルさん……この部屋、荷物増えてませんか……?」
「……あ。気付いちゃった? それもそう、かな」
ほんの少しだけお湯の流線が揺らいだけど、それは一瞬のことで。
「え、え、な、なんですか?」
「うーん……。まだハッキリと決まった訳じゃないから、話すつもりじゃなかったんだけど…………。少しだけ待ってね?」
「は…………はい……」
ドクドクと脈打つ心臓は『待てないよ! 早く話して!』と叫んでいたけれど。
従順な僕は、言われた通りに固唾を飲んでその時を待っていた。
ポットにお湯を注ぎ終えたダリルさんは、傍らの小ぶりな砂時計をコトリとひっくり返す。
「あのね、アシェルくん。実はわたし――――」
物音に遮られたあの日と、そっくり同じ語り口から始められたその言葉は。
僕にとって、天と地がひっくり返るほどの衝撃を受けるものだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(まさかのひっくり返してボーナスタイム……!?)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




