十話◇僕は脳筋じゃないけど
シャロン嬢……早く任務終えて帰ってきてね……
アリシアの本音を聞いて、今までずっと寂しい思いをさせていたことを知った僕は。
こんなんじゃ足りないことは分かっていたけど、とにかくお詫びをしなきゃと二日間の休日のほとんどを彼女と過ごした。
『ワガママだって全部聞かなきゃだめなんだからね!』
そんなことを言っていたくせに。
アリシアの要求は、どれも「かわいらしい」の範疇から極端にはみ出すようなものはなかった。
(本当に、あんなので埋め合わせになったのかなぁ……)
授業中、前の席に座るアリシアの、たまにフェリクスの方を向く横顔をこっそりと見つめる。
今日はハーフアップにしているその髪は、細かい違いの分からない僕が完全にインスピレーションだけで選んだ髪飾りで纏められていた。
(よく似合ってるし……勘は正しかったってことで、いいよね?)
もしもまだ不満が残っていたとしても、これからはもっとアリシアのことも気に掛けて、忠告もちゃんと…………それなりに聞けば大丈夫かな?
そういえば、成り行きでレイナのしおりの調査もしたんだけど。
Kが感じていたという妙な気配の正体は、なんと『惚れ薬』だった。
魔力量の多い人にはほとんど効果が無いらしく、引き出しにしまい込んでいたことの影響は出ていないみたいで、ちょっと安心した。
それでも放置していい理由にはならないし、きっちり叱られたから……次なんてあって欲しくないけど今後は気をつけないといけないな。
「――このように、算術とは魔法式を知る上でも大いに役立つ学問であり――」
(――術式の構成を紐解くのには必須と言える……って、これ『完全詠唱の是非』で読んだ文章のまんまじゃん……!? 先生? 授業でそれはアリなの……?)
算術の先生の授業方針に内心で盛大にツッコミつつ。
思い出したら久しぶりに読み返したくなってきたなぁなんて考えていたら、いつの間にか授業が終わっていた。
「んーっ…………ん?」
座ったまま両肩を上げて伸びをしていたら、視界に影が差す。
そちらを仰ぎ見ると、すぐ隣にクロードが立っていた。
「よお」
「どしたの?」
僕が尋ねると、クロードはニッと笑って――
「遊ぼうぜ!!」
「んんん……?」
一切の躊躇なく言い放つクロードに、僕は訳がわからないまま引きずられていったのだった。
◇ ◇ ◇
クロードが目指していた場所は、案の定訓練場だった。
引きずられながら聞いた話によると、しばらくシャロン嬢が早めに帰る日が続くとのことで。
今日も昼休憩の時に見送って、僕は気付かなかったけど午後の授業の時にはすでに居なかったらしい。
家の都合にしても、しばらく早退なんてどんな理由があるのか。
どうせ身体を使うことになりそうだし、二人で軽い柔軟をしながら聞いてみると。
「ルカの……あー。シャロンの弟な? 誕生日が近いんだよ」
「誕生日と早退になんの関係があるの?」
予想斜め上の答えに、僕の疑問は少しも解消しなかった。
盛大に準備するにしても、わざわざ授業を抜けてまで帰る必要があるのだろうか。
「なんか、バレねーようにプレゼント探す任務? 任されたらしいぜ」
「ええ……それで早退って、ちょっとやばくない……?」
ルカくん本人に気取られないように、シャロン嬢がこっそり動いてるってこと……までは分かるけど。
任務ってことは、親公認どころか、むしろそっちから指示が出ていそうだ。
「実際あの家、やばいだろ? 溺愛っぷりがさあ……。シャロンになんかあったら……俺、無事でいられる気がしねーもん」
なんとも物騒なことを、「ちょっとやだな」くらいの表情で語るクロード。
一瞬、そんなことある?と思いかけたけど……。
たしかにコールマン伯爵の家族への溺愛っぷりは、世間の情報に疎いと言われている僕ですら聞いたことがあった。
「そう……かもね……」
否定してあげられなくてごめん、と思ったけど。
クロードは特に気にした様子もなく、話の流れを変えてきた。
「シャロンがいると、どうも本気で暴れられねーっつうか。だからさ、ハメ外してえんだよな」
「それって……ちょっと重荷だったりするわけ……?」
これって。さらっと話してるけど、気が重くなるタイプの話かな。
つい深掘りしちゃったけど、聞いていいやつだったのか……。
「いや。シャロン自体は特になんも止めたりしねーし……俺があいつに泣かれたくないってだけだな……」
「う……ご馳走様です……」
心配して損した。クロードってば、こういう奴だったよ。
違った意味で「聞かなきゃ良かったやつ」でした。
「あ? なんだって?」
「いや別に……」
なんとも言えない気持ちで頬を掻いていると。
ストレッチが終わったとみるや否や、クロードがクラウチングスタートのような、もの凄い前傾姿勢になって叫んだ。
「なあ! アレやってくれよ、風で受け止めるやつ! 今からすっげー飛ぶからさ!」
「えっ、ちょ!?」
戸惑う僕にお構いなしに、すでに柔軟中に体内魔力を練って身体強化の準備を終えていたらしいクロードが――地面を蹴った。
「オラァ!」
「げっ! 待ってよバカッ…………」
いいと言う前に飛び上がってしまった脳筋に、届いているかも怪しい非難の声をあげる。
「たのむぜー!」
上空から大きな声と共に降ってくるクロードは、僕が『間に合わない』なんて微塵も思っていないようだった。
「もおぉっ…………《風羽》!」
「ひゅー! やっぱたまんねー! もう一回頼むぜ」
「はぁ……」
ダメだなんて言っても飛ばれたら結局受け止めるしかない僕は、早々に諦めてため息をついた。
クロードの気が済むまで「人力トランポリンごっこ」に付き合わされた僕だけど、途中で気付きたくない事に気が付いてしまった。
もしかして……あの日、僕が窓から飛び降りたのは。
クロードの影響を少なからず受けているのではないだろうか。
(いやいやいや!? まさかそんなはずは……。だって、僕は脳筋じゃないし……!)
知らずに眉が寄っていたらしく。
微妙な顔をする僕を見たクロードが、どんな解釈をしたのかおかしなことを言い出した。
「わりぃ! 俺ばっか楽しんでつまんなかったよな?」
「別にそんなことは」
「ほら、お前も飛ばしてやるよ」
「えっ……」
何を言われたのか理解できないうちに、クロードに胴を掴まれて……。
「っしゃあ!」
「ちょ、まっ! うわあああああっ!?」
気が付けば僕は空を飛んで――落ちていく。
「こんのっ……アホー! 脳筋っ! 何してくれてんだー!?」
「なんか言ったかー!? 聞こえねーよ!」
こっちは身体強化なんかしてないんだから、本当に勘弁してほしい。
三階どころじゃない高さからの落下に、《風羽》で間に合うのか甚だ疑問だ……。
「ああもうっ……《風翼》……!」
ぶわりと強風が舞って、砂埃はすごいけど、なんとか無事に着地する。
「うおっ、砂やべえ! なんだ今の、初めて見るやつだな?」
咄嗟に使った《風羽》の上位互換にあたる中級魔法に、目を輝かせている脳筋な大型犬……。
この暴走ワンコはもっと躾をしないとダメだ。
(シャロン嬢……出来るだけ早く用事を済ませてね……)
「クロード……お願いだから、何かする前にちゃんと返事聞いて?」
「なんだ? 飛ぶの楽しくなかったのか?」
「…………それとこれとは話が違うんだよ」
フリーフォール、だったかな。
あの落ちるだけのアトラクションを思い出して、ちょっとだけ楽しかったのは事実だけど。言いたくない。
ここで図に乗らせちゃ駄目だから、絶対に言わない。
「よくわかんねぇ。けど、勝手に投げて悪かったな」
「いいよ。次からはちゃんと聞いて」
「おう!」
どうせすぐに忘れるけど……クロードだし。
悪気はないし、悪いと思ったらこうやってすぐに謝るから、何したって憎めないんだよなぁ。
「なあアシェル、次は壁張ってくんねぇ?」
「……しょうがないなぁ……」
と言いながら、クロードにガンガン壊されながら障壁を張っていくのは、実は僕にとってもいい訓練になっていたりする。
やっぱり言わないけど。
◇ ◇ ◇
「ストップストップ! もう打ち止めだよ……」
「あん? なんかいつもよりへばるの早くねーか?」
ぼちぼち魔力切れを起こしそうになって、静止の声をかける。
結構な強度のはずの障壁を気軽に素手でパリンパリン割るのは、クロードの他にはあと何人くらい出来るんだろうか。
「誰かさんのせいで中級魔法使っちゃったからね!? しかも過剰供給しちゃったし……」
「ダレカさんって誰だよ。そんなやつ居たか?」
「ためだ、はなしがつうじない……」
これじゃ会話のドッジボールにしかならない。
色んな意味で疲れてきた僕が遠い目になって脱力していると、クロードが妙に真面目な顔でこちらを見つめてくる。
「なあ、たまにはお前もこうやって身体動かせよ」
何を言うつもりなのかと思ったら、クロードなりの忠告のようだった。
確かに、研究ばかりしている自覚は無くもないけど、今はそんなに心配されるほど籠ってるわけじゃないと思うけどな。
「ちょっとは動いてるし……」
「そうかぁ? 動いてねーから、たまにお前の"なんちゃら"みたいにじめっとした顔になるんじゃねえの?」
僕のささやかな反論は、クロードには全く通じなかった。
それにしたって、じめっとした顔ってどんな例えなんだよ。
「っ、失礼な。僕のイデアはあの後お花畑になったんだけど?」
(まあ、今はまた"森"だけど……明るいし、もう湿った森じゃないのは事実だし……)
ほんの少し古い情報を伝えただけで、嘘は言ってない……はず。
「なんだそれ? いであって、そんなコロコロ変わるもんなのか?」
「さあ……? 僕もよく分かってない……」
だからこそ、他の人のイデアについても研究してみたいんだけど。
まあ、僕自身が直接見せてもらうんじゃなくて、イデアに入れる人が出てきたら口頭で教えてもらえばいいんじゃないかな? なんて新たなひらめきもあるわけで。
「ま、いいや。あんま一人で突っ走んなよな?」
ポンと軽く肩に手を乗せて、そんなことを言われる。
つい最近『一人で突っ走りすぎていた』事を自覚したばかりの僕には、耳に痛い言葉だった。
「クロードにだけは言われたくない…………でも、ありがとう」
よりによって"暴走ワンコ"に言われるなんて……という気持ちもありつつ、クロードの気性そのままの真っ直ぐな言葉を受け止めないわけにはいかなかった。
「ん」
素直じゃない僕の言葉を、それでも正しく受け取って。
短い返事をして、クロードは満足そうに笑った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(愛が重いコールマン伯爵家をよろしくです……笑)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




