八話◇あの日みたいに
調子に乗りすぎた自覚は、ある……
その後、数日間に渡って、代わる代わる僕を呼び出す友人たち……。
クロードとシャロン嬢からも、それぞれ『相談』という名の惚気を聞かされたり、ヒューゴとニールくんもそれぞれ『相手の距離感』についての相談を持ちかけてきたり……。
相談事を暴露してしまって責められるかと思っていたクラウスからは、なぜかお礼を言われたけど。
解決したならそれでいいし、深く突っ込むのはやめておいた。
それにしても、一体いつから僕は"お悩み相談窓口"を開いたというのか。
連日の相談員役に疲れ果てる中、ブレインくんだけが『アシェル様も色々と大変っスねー! しんどかったらオレが話聞きますんで!』と、励ましてくれた。
お日様みたいなその笑顔に、ちょっとは元気を貰えたものの……。
HPもMPも残りわずかな僕は、今日こそダリルさんに会いに行くことを決めていた。
「アシュ」
「どしたの、アリシア」
肩掛け鞄を引っ提げて、準備万端!
……という時に声をかけられて顔を向ける。
「帰ったら話があるから、あまり遅くならないでほしいのだけど……」
「……うーん。それはちょっと……約束はしかねるかなぁ。大事な要件なら、明日の休みじゃだめ?」
久しぶりのダリルさん補給なのに、会ってすぐに帰るとか出来るわけない。
そんな気持ちから、予定は未定なのについ遅くなるようなことを言ってしまう僕だった。
「いいわ。夜でも、明日でも。また勝手に泊まりなんてしなければそれでいいのよ」
「ええ……?」
「話があるのは本当よ。それじゃ、行っていいわ」
謎に上から目線で許可を出されて、なんとも言えない気持ちで教室を後にした僕。
まあ、何はともあれ。今はダリルさんに会いに行くのが最優先事項だから、細かいことはどうでも良いのさ!
鼻歌まじりに進んで、302号室の前で立ち止まる。
ノックを忘れないって約束、ダリルさんとしてるからね。
コンコンと軽く鳴らすと、ガタンと椅子の音がする。
次いで、バサリと紙が雪崩れるような音が聞こえた気がした。
「あっ……アシェルくんかな? どうぞぉ……」
返事の声も妙に間延び気味というか……いつもと違う雰囲気に、僕の頭にはハテナが浮かぶ。
首を傾げながらもドアを開けて、僕はとりあえず中へお邪魔することにした。
「ダリルさんっ。ちょっと、お久しぶり? ……ですね!」
「そ、そうだね。うん。あれ以来…………っ……だもんね?」
やっぱり、今日のダリルさんはどこかおかしい……。
どこがどう変なのか、観察しようと目を凝らす僕。
(あれ? もしかして……顔、赤い……?)
見つめながら近くまで寄ると、ダリルさんはパッと目を逸らした。
でもそれは、拒絶されたというよりも、なんだか困っているみたいに見えた。
(なんだ? 会うのも合宿以来なんだから、僕が何かしたわけじゃないよね……? 会わない間に一体なにが……)
「え」
「えっ? な、なに? アシェルくん……」
少しでも状況を探ろうと視線を巡らせた先に。
あの時には無かった、無数に散らばる文書の束に気が付いた。
机の上どころか床にまで無造作に広がるその紙面には、ダリルさんの少し丸みを帯びた几帳面な文字がびっしりと書き込まれていた。
「…………ダリルさん……」
「っ、なぁに? アシェルくん……」
僕の呼びかけに、ピクリと肩を跳ねさせるダリルさん。
ほんのり朱に染まった頬が可愛すぎるけど、今は溶けてる場合じゃない。
「人のこと言えないじゃないですか……。なんなんですかこの無茶の後は……」
「……え?」
予想外、というような顔をするダリルさん。
僕は小さくため息をついて、ちょっとだけ真剣な声で告げる。
「……はぁ。ダリルさん? 悪いことは言いませんから、一旦ペンを置いてください」
「え、でも……ここだけはまとめておきたくて……」
「だーめです! ほら、クマなんて作って……一体どれだけ無理したんです? 鏡見てきてください、ほんとに」
渋るダリルさんから半ば強引にペンを取り上げて、僕は机の上にポンと置く。
ダリルさんは名残惜しそうに書類を見ていたけれど、僕がじっと見つめ続けると、観念したように肩の力を抜いた。
「……アシェルくんに怒られちゃった……」
「おこっ、怒ってませんよ! ……心配なだけです」
しょんぼりと眉を下げるダリルさんが可愛くて、つい絆されそうになるけど。
ここで引いちゃ、ダメだ。
「どうしてこんな……ダリルさんらしくないじゃないですか」
「だって……何かしてないとアシェルくんの…………わっ! 違う、卒論っ。卒論が間に合うかなって、ちょっと……不安に、なっちゃって」
「……だったらなんで呼んでくれないんですか。いつでも飛んで来るって言ったでしょう?」
「う、うん……」
どんどん萎れていく様子に、これじゃイジめているみたいな気分になってしまう。
見るからにお疲れ様なダリルさんを、これ以上追い詰めるのはよくない、よな。
(……うん。今のダリルさんに必要なのは、研究成果じゃなくて「適度な休息」と「糖分」だ……!)
「よしっ。ダリルさん、息抜きしましょう!」
「息抜き? ……お茶でも淹れようか?」
「いえ、もっと特別なやつです」
僕はにっこりと笑って、懐かしい提案を口にする。
「久しぶりに、一緒にタルトを作りませんか?」
「えっ……タルト?」
「はい! ちょうど僕、スイーツの本を読んでて、食べてみたいのがあったんです。でも一人で作るより、ダリルさんと一緒の方が美味しくなる気がして」
そう言うと、ダリルさんはハッとして、少しだけ遠くを見るような目をした。
きっと、あの夏の日――僕らが初めて一緒にキッチンに立った、あの日のことを思い出してくれているんだと思う。
「……ふふ。そうだね、懐かしいなぁ……」
「でしょう? さあ、そうと決まればキッチンへ行きましょう!」
◇ ◇ ◇
研究棟のキッチンに並んで立つと、あの頃とは違うことがいくつかあることに気付く。
一つは、僕の視線の高さ。
昔は見上げていたダリルさんの横顔が、今はすぐ隣にある。
もう一つは、ダリルさんの反応だ。
「あの、アシェルくん……その、近い、かも……?」
「え? そうですか? 生地の様子を見るならこれくらいじゃないと」
ボウルを支えるために手を伸ばすと、ダリルさんは困ったように眉を下げて、耳を赤くした。
これって……昔は「手取り足取り」教えてくれていたダリルさんが、今は僕のことを少しは意識してくれてると思って良いのでは……。
(……もしかして、タルトよりもこっちのが甘いんじゃ……)
ニヤけそうになるのを必死に堪えながら、僕は手際よく生地を捏ねていく。
筋力も魔法制御の腕も、あの頃とは段違いに鍛えられてるんだ。
作業は"いつか"よりもずっとスムーズに進んでいく。
「アシェルくん、本当に上手になったねぇ……。もうわたしが教えることなんてないんじゃないかな」
「そんなことないです。……ダリルさんが居なきゃ、僕は今ごろここに立ってないですよ。ねぇ、味見してくれます?」
そう言って、クリームを指先にすくって差し出す。
あの合宿の時の「あ〜ん」の逆バージョンだ。
「甘さはどうでしょうか?」
「えっ、あ……うん……」
ダリルさんは一瞬躊躇ったあと、意を決したように僕の指先からクリームを舐め取った。
触れた唇の感触と、熱い吐息に、僕のほうが茹で上がってしまった。
イデア合宿での意趣返しのつもりだったのに……。
(待って待って反撃の破壊力がすごい! なんで僕はスーサイドを決め込んだんだ……!?)
「……ん。美味しい、よ……?」
上目遣いでそう言われて、僕は危うくボウルをひっくり返すところだった。
そうして焼き上がったタルトは、思い出の中のそれよりずっと形も整っていて。
本を見て想像していたよりも、ずっとずっと甘かった。
(本当に、純粋にタルトだけの甘さなのか、分かんないけど……)
向かい合ってタルトを頬張るダリルさんの顔から、疲れの色が消えて、幸せそうな笑顔が戻ってくる。
それを見られただけで、僕のHPもMPも全回復した気がした。
「……ありがとう、アシェルくん。誘ってくれてよかった」
「どういたしまして。……また、一緒に作りましょうね?」
「うん。……あの日みたいに、ね」
優しく微笑むダリルさんに、僕は"あの日"に夢見た以上の未来を重ねて。
もう数え切れない程に落ちていたというのに、またあらためて恋に落ちてしまった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(自爆少年……もっと爆発していいんだよ)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




