七話◇お悩み相談窓口か?
あまりにもテンプレすぎるよ
「アシェル君。今日の昼休憩、ちょっと時間をもらえないかな?」
夏季休暇が明けて早々、クラウスが授業の合間の短い休憩中にそんなことを言ってきた。
「別に構わないけど、クラウス、どうしたの?」
「うん……。まぁ、理由についても、後で聞いてくれる?」
「い、いいけど……」
なんともいえない作り笑顔で言われて、ちょっとたじろいでしまう。
(ええ……僕、なにかした? ……いや、違うな……さっき一瞬、ゼノの方を見てた)
もしかして、痴話喧嘩か何かだろうか。
やっぱり去年の夏のアレは、聞き間違いなんかじゃなかったのかもしれない。
そんなことを考えていると、今度はゼノと視線が合った。
「…………」
「フェリクス。今日のお昼、ちょっとアシェル君とサロンを借りるね?」
僕とゼノが無言で見つめ合っている間に、クラウスはフェリクスに特別サロンの使用許可を取っていた。
ていうか……僕の貸し出しは別にフェリクスの管轄じゃないよ? 貸出制でもないし。
「なんだクラウス。今までそんなことを気にしていたのか? サロンは、国が違えどお前も王族なんだ、ぼくに気兼ねせず好きに使うと良い。……アシェルは"貸すだけ"だがな?」
「ふふ、大丈夫。ちゃんと返すよ」
「あのねぇ、ふたりとも……!?」
王子二人のやりとりに、僕が異論を挟もうと思った時だった。
ちょうど本鈴が鳴り、きっちり時間通りに現れる先生により教室のドアが開け放たれたのは……。
◇ ◇ ◇
午前の授業が終わって。
まだ貸借り発言について不満が残っていた僕が、ぶつぶつ文句を言いながらもクラウスと連れ立って教室を出ようとしたとき。
「クラウス様」
そっとドアマンのように現れたゼノに、クラウスが冷えた声音で告げた。
「ゼノは来ないで」
そのたった一言に、僕らの周りだけ、空気が凍る。
ギリ……と、ゼノの歯軋りの音が聞こえた気がした。
そろりと確認すれば、真紅の瞳が、まるで出会った頃のように、僕を射殺すかのような獰猛さを帯びてこちらを向いていた。
(やめてよ、そんな目で睨まれても……僕、悪くないじゃん……!)
一触即発な雰囲気に口を開くのも恐ろしくて、逃げるみたいにクラウスの背を追いかける僕。
角を曲がるまで背中に刺すような視線を感じて、正直気が気じゃなかった。
通い慣れた特別サロンに滑り込んで、ようやく人心地ついた気分になれた……。
「それで? わざわざサロンまで借りるなんて、なんの話なの?」
後ろ手に扉を閉めて、クラウスに改めて問いかける。
「まあそう慌てないでよ。ゼノ…………は、居ないんだったね……。アシェル君って、コーヒー淹れられる?」
「自分で置いてきたくせに何言ってんの……? コーヒーは……自分用に適当にしか淹れたことないから、文句言わないでね?」
君って本当に忌憚がないよね、なんて言われながら。二人分のコーヒーを淹れて、腰を落ち着ける。
ホッとしたのかため息なのか分からない息を吐いて、ようやくクラウスが思い口を開いた。
「……うん、飲んだことのない味だけど……おいしい、ね?」
「だから言ったじゃん……ゼノと比べられるようなもの出せないよ……」
「そうだね……。ねぇ、これは知人の話なんだけれどね?」
「う? ……うん……」
(…………はいっ! 嘘ぉぉおっ!)
『友人の話なんだけど』で始まる話は、本人のことだって相場が決まってるんだよ、クラウスくん……。
"友人"だと交友関係が僕らしかないから、"知人"って言っただけだよね?
……どうするんだこれ。ややこしい気配しかしないよ。
「犬を、飼ってるんだ。その犬がね? 主人……その知人にしか懐いていなかったはずなのに。最近、別の人にも懐いて、なんだかモヤモヤする……らしいんだ」
「……は……。え、それって…………えぇ? 犬ぅ?」
「うん。知人の、犬だよ」
ゼノ。君は今、犬呼ばわりされてるよ……。
まあ、実際に忠犬というか番犬だけど。
「…………ええっと。その犬はさ、ご主人様への態度は変わったりしたの?」
「そこは特に変わってない、かな」
「だったら特に問題ないんじゃ…………。っていうか、主人が認めた相手を受け入れようとして、ゼ……んんっ……犬も頑張ってるだけじゃないの?」
……あぶない。普通にゼノって言いかけちゃった。
犬呼ばわりするのも微妙な気持ちだけど、そもそも面倒くさいな、これ。
「……そう……なのかな? 他の人にまで懐けなんて言ってない……みたいなんだけどね」
「いやいや……それはさすがに可哀想でしょ。主人のためにしか行動してないと思うよ? その犬……」
クラウスとゼノがどんな関係性なのかまでは踏み込むつもりはないけど、最初に『ちゃんと仲良くしてね』みたいなことを言ったのはクラウスなのに、後になって『そこまで仲良くしろとは言ってない』というのは……。
さすがにちょっと理不尽なんじゃないかな?
考えてみれば、フェリクスもクラウスも、僕に対してすら『ヤキモチ』みたいな感情を向けてくることがあるけど。
王族って、独占欲強いのかな……。
(……心を許せる相手が少ないからかな? こっちとしては、多少の嫉妬なら可愛いもんだけど、問題ごとには巻き込まないで欲しいなぁ……)
「……なるほど……そういった見識もあるんだね。ありがとう、アシェル君。参考になったよ」
「う、うん……」
納得がいったのかそうじゃないのかは分からないけど、クラウスは少し考え込んだ後、そう言って笑った。
気まずいのは僕だけみたいでちょっと癪だけど、どうやらお昼を食べそびれないで済みそうだし、これ以上深入りするのはやめようと思った。
◇ ◇ ◇
その後。
無事にランチを食べて、午後の授業も終わりを迎えたころ。
帰り支度をしていたら、鞄の中からカサリと……見覚えのない紙が出てきた。
一瞬またレイナが接触しようとしてきたのかと身構えたけど、どうやらそうじゃないらしい。
さすがにレイナより厄介なことはないと思いたいんだけど、部分的にはそれ以上に危険な香りがするそれは――
『 放課後 第三倉庫にて 待つ 』
普段の完璧ぶりからは想像つかないような、クセのある強めの筆跡。
簡潔に要件だけを記したその手紙は……ゼノからだった。
(やめてくれないかなあぁぁ……!? 二人揃って僕を呼び出すの……)
バッと席を振り返ると、ゼノの姿はなくて。
ほんのりと眉を顰めたクラウスが、静かに考え込んでいた。
見つかると尚のこと面倒な予感しかしないので、僕はそっと紙を鞄にしまうと、小さめの声で別れの挨拶を告げた。
「……じゃあ、みんな。僕はこれで……」
挙動不審な僕を見咎めることもなく、友人たちはそれぞれ『おう』とか『またな』なんて、思い思いの返事をくれる。
引きつりそうな笑顔で返すと、僕はクラウスが正気に戻る前に教室からさっさと退散した。
早足で指定された倉庫へと向かうけれど、本当は行きたくない。
だけど、行かないと、きっともっと恐ろしいことが待ってる。
あの日ヒューゴと逃げ込んだ、埃っぽい倉庫の引き戸を開けて。
僕は、薄暗い中でこちらを見つめる赤い瞳を見返した。
「……アシェル殿。よくぞ、お越しに」
「ねえ……逆に怖いから、敬語やめてもらっていい?」
殺気がダダ漏れなのに、言葉だけで敬われても、余計に怖いんだよ。
慇懃無礼とまでは言わないけど。
「は、何をおっしゃっておられるのやら」
「……あの、さ。実は去年、研究棟での合宿の時に……ゼノがクラウスを『ニコ』? って呼んでるの、聞いちゃったんだよね……」
「っ、な……!?」
ゼノが目を見開いて固まる。
少しの沈黙のあと、真紅の瞳がスッと眇められて、その片手が僕の方へと伸ばされる……。
「わっ、待って!? 誰にも話したことないし、話すつもりもないから……!」
思わずギュッと目を瞑って何事かを叫ぶと、そっと肩に手を置かれた感触がした。
そろりと瞼を持ち上げて確認すると、そこには初めてみる、ゼノの頼りなさそうな表情があった。
「ゼノ……?」
「……心に留め置いてくれたこと、感謝する。それにしても、俺たちに確認すらせず、一年も黙ったままでいるとは……」
――瞬間、グッと引き寄せられて、抱擁をされる。
ぽんぽんと僕の背中を叩いて、ゼノは言葉を続けた。
「お前は本当に……邪気が無いというか、信に足る人間のようだな。恩に着る」
「わ……分かった! 分かったから離してよ! ただでさえクラウスに嫉妬されてるっぽいんだからさ……こんなとこ見られたら、僕どうなっちゃうか……」
「嫉妬? ニコが、お前に……?」
呆然とするゼノから解放されて、僕は衣服を整えながら肯定の意を伝える。
「そうだよ。なんで僕なんかに妬くんだか……」
「…………詳しく聞かせてもらえるか?」
「……えっ、それは……」
口端を愉悦に歪ませたゼノの追求に、僕が逃げ切れるはずもなく。
結局僕は、サロンでクラウスと話した一部始終を、ゼノへと報告する羽目になってしまった。
ごめんね、クラウス。
これでも僕は、最善を尽くしたから……許してね。
クラウスに届くはずもないけれど、僕は心の中でそんな言い訳をしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(ゼノクラの当て馬にされがちなアシェルくん……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。
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この話数の裏側の【限界突破済み主従のおはなし】が
月明かりのお部屋に隔離されています。
興味のある大人の方は、ぜひ"隠れ家"の方も
覗いてみてください……。
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