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【第五章◇完結】乙女ゲームで存在しない悪役令嬢の双子の兄に転生してしまった  作者: かみながあき
第五章◇中等部二年生編(後期)

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【Living Day 2 】これからのことも ーSIDE Darylー

しっかりしないと……

 

 

 アシェルくんとふたりで過ごす夏季休暇の研究室は、ちょっとだけ怖くて、苦しくて、とても穏やかな日々だった。

 

 アシェルくんは、何でもないことのように、底なし沼のような呪いの恐怖に沈むわたしを、掬い上げてしまった。

 漏れていた魔力の正体も聞かず、あからさまに目立つログハウスについても触れず。

 ただ、好意を返しただけだと笑って。

 

 彼にとってのささやかな恩返しが、わたしにとってどれほどの救いになったのか、それをアシェルくんが知ることはきっとない。

 わたしだけが、思い返すたびに胸を温めて、また少しだけ泣くんだろう。

 

 

 もう二度と、望まない魅了で人を壊すことがない。

 

 ここ数年のあいだで、やっと深く息が吸えた気がした。

 

 ◇    ◇    ◇

 

 もう触れてもこわくない。

 この安心感は、わたしから少しの思考力を奪っていたみたいで……。

 

 カーティスがお迎えに来てアシェルくんが去ったあと、わたしは人知れずにひっそりと反省会をしていた。

 

「……なんだか、とんでもないこと……しちゃわなかった……?」

 

 熱くなる頬を両手で挟み、うつむいたままで自分に問いかける。

 初めてアシェルくんが、わたしのために一人で作ったご飯をご馳走してくれたとき。

 何年間も悩み続けていた苦しみから解放されたわたしは、ちょっと……ダメなくらいに心がふわふわしていた。

 

 せっかく時間も手間もかけて、すごく美味しい食事を準備してくれたのに、アシェルくん自身がほとんど食べていないものだから。

 わたし、は……。


「……ないっ。アレは、ないよ……!」

 

 ずっと夢見心地みたいな気分のまま、自分のフォークで、アシェルくんの口元にチキンを差し出した。

 アシェルくんは戸惑ったまま、おとなしくそれを食べてくれたけど……。


「……どうぞ、じゃないでしょ……」

 

 震える声で自嘲しても、わたしの失態はまだ終わりじゃない。

 もっと問題なのは、その後だった。

 

「……ダメ、だ。これ以上は、もう……」

 

 思い出してはいけない。

 今までとは違った意味で、心が崩れてしまいそうだから……。

 

 なんにしても、立派に成長したアシェルくんに触れるのが、なんとなく躊躇われるようになっていたはずなのに。

 そんな些細な抵抗感よりも、心配せずに傍に居られるうれしさのほうが勝ってしまった。

 

 つまりわたしは、完全に距離感を間違えてしまったのだ。


(……バカ。ほんとバカ……)

 

 たぶん、アシェルくんはいつも通りだったと思うけど、次に会うときにどんな顔をすればいいのか、ちょっと分からなかった。

 

 

 視線を泳がせた先に、金色のフレームの大切な眼鏡が映った。

 これを外して机に置いてみせたときの、カーティスの驚きようったらなかった。

 

「ふふっ。珍しい顔見ちゃったなぁ……」

 

 いつもの大人びて冷静な彼と違って、驚きに目を見開いて言葉に詰まったカーティス。

 彼にも、わたしのあれのことは話したことはなかったけど、なんとなく気付いていたんだろうな。

 当然のことかもしれない。だって、揺らぎも見られたことがあるんだから……。

 

 察しの良すぎる友人は、口には出さないけれど。

 どこまで真相に近づいて、どれだけ心を痛めていたんだろう。

 分からないけど、言葉以外で誠意を返したい。

 

 お詫びといえば……おそらくわたしの最後の被害者になった、クラウス……。

 あの時は幸いすぐに解除できたし、後遺症も記憶も残っていないけど。

 今さら何かするほうがおかしいし、そもそも表立って謝罪なんか出来る状況ではないけれど、それでもなにかは返したかった。


(……謝るどころか、呼び捨てにまでしちゃったし……)

 

 アシェルくんが、魔力の過剰圧縮を起こしたとき。

 わたしはあまりの衝撃に、思わず普段から心の中で呼んでいた『クラウスとゼノ』という呼称で叱りつけてしまった。

 スピンオフのクラヒカが生まれたのって、乙女ゲームの枠を越えて、クラウスとゼノがBLとしての人気を高めすぎちゃったせいなんだよね……。

 ちなみにわたしも、薄い本読んだし……それどころか――

 "ある意味では公式"なのをいいことに、制作チームで悪ノリしちゃったんだ。

 

(……あのふたり、コモハナだと結ばれないけど、クラヒカの中では最後まで添い遂げたっていう匂わせがある……というか、そんな設定にしたんだけど…………どっちの世界線の主従なんだろう……?)


 って。今はそんなことは、どっちでもいい、かな?

 

 これまでのことは一度置いておいて、わたしは、ようやく視線を向けることが出来るようになった、これからのことを考えていかなきゃいけない。

 そちらを見る余裕なんてなかった、残り少ない学園でのこと、卒業後の展望について。そして。


(……いつまでアシェルくんと居られるのか、ってこと……)

 

 口に出せば、ほろほろとほどけていきそうで。

 心の中だけでささやいて、かすかな胸の痛みに気付く。


(……このさみしさは、きっと。弟みたいに大事に思ってしまったから、生まれるもの…………本当の兄弟じゃないから、いつかは離れないといけない、から……)

 

 考えるほどにズキズキと増していく痛みに、ぎゅっと眉を寄せて顔をしかめる。

 いつからわたしは、こんなに欲深くなってしまったのだろう。

 ひとにはそれぞれ大切な出会いがあって、いつか別れが訪れるなんて、自然なことなのに。

 

 彼と出会えた奇跡は、それだけで、『今のわたし』の人生に価値と意味をもたらした。

 生まれてこなかったかもしれない命で、いつ死んでもおかしくなかった人生を生き延びて、わたしと出会ってくれた。

 そして、その命を繋ぐという、贖罪さえも果たすことができて。


 もう十分なはずなのに。

 

「…………しっかりしなくちゃ」

 

 ぺちんと頬をはたいて、無理矢理にでも自分に喝を入れる。

 声も手も、そんなに力強くもなかったから、大した効果は得られなかったけど。

 それでも前を向くしかない。アシェルくんが晴らしてくれた、暗雲の先の未来を見にいかなくちゃ……。

 

 

 そうしてわたしは。

 一人では広く感じるようになってしまった研究室で、向き合うべき課題を手にして、あらためて金の眼鏡をかけた。


 これは戒めであると同時に、もうひとりの母からもらった大切な愛の形でもあるから。

 

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

(もっと距離感バグらせてもらっていいですよ……)

よければまたアシェルに会いに来てくださいね!


☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。

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