六話◇これなら合法でしょ
自業自得でツラい……
研究室での合宿から強制帰還させられた僕は、二日ほど失意の底にいたけど。
落ち込んでばかりもいられないので、また自室での研究に専念することにした。
僕の打ち立てた『感情・イメージによる術式構築理論』は、現状でも中等部の卒業課題としてはすでに"優秀"として受理されている。
でも、実際には『未解決理論』の域を出ていなくて。
"検証可能性"の提示だったり、"既存の観測データとの整合性"のあたりで評価を得ているだけだった。
普通なら早々に卒論から解放された、なんて喜ぶところなんだろうけど。
(僕の中ではもう……というより初めからだけど……この研究は『課題』とかそんな域の問題じゃないんだ)
絶対に、感情やイメージだけで魔法の行使が出来るという、最高のロマンを形にしたい!
それこそが、魔法のある世界に生まれ落ちた転生者の性というものじゃないだろうか。
『"浪漫"だ!!』
『浪漫に満ちている!』
ふと、脳裏に――
圧が強くて微妙にしゃがれた声がこだまして……。
まさか僕とあの人は似ているのか? と、小さく震えが走ったけど。
即座にその恐ろしい仮説は頭から追い出して、とにかく目の前の資料に細かい書き込みを続けることにした。
(そういえば……これ、ちゃんと清書しておかないと)
あらかたの作業を終えた僕は、あの時の授業ノートの走り書きを見つめる。
少しクセのあるハネた文字で書かれているのは、僕の"無詠唱"の夢に近付きそうな、いくつかの新しい仮説。
書いた覚えはないけど、確かに僕の筆跡で書かれたそれは、もしかすると創世神の啓示なのかもしれない。
――なんてね。
おそらく、イデアに触れる機会が多くなったから深層心理が表出しやすくなっている、とか、そんな感じなんだろう。
「……詠唱や魔法陣は、『イデアにあるイメージ』を引きずり出すための翻訳機に過ぎない、かぁ……」
指先で文字を撫でながら、小さく呟く。
無意識とはいえ、僕自身の深層から生まれたらしいその見解は、自然と僕の表層の意識とも馴染んでいく。
『 従来の魔法とは:
魔力+ 詠唱・魔法陣 = 魔法発動 こんな感じのはず
※ 詠唱や魔法陣がないと、魔力が暴走したり霧散したりして形にならない。なんでそうなる?
突破口はイデア?
仮説:
詠唱や魔法陣は、『イデアフィールドにあるイメージ』を現実世界の現象として引きずり出すための翻訳機に過ぎない可能性。もしそうならかなりアツい。
その場合、
「翻訳機」を通さず、イデアと現実世界を『パイプ』で直結させてしまえば、
無詠唱での魔法行使が可能。 』
乱雑だったメモ書きを、あえて格式ばった羊皮紙に丁寧に書き記していく。
要らない部分は除外して、より理論立てて。
途端にそれが、単なる仮説から"あたかも事実のよう"に映るから不思議だ。
(こう、イデアイデアばっかり書いてると、ゲシュタルト崩壊しそう……)
イデアといえば……。
僕の"お花畑"はどうなったんだろうか。
浮かれモードじゃなくなった今なら、"湿った森"に戻っているのかもしれない。
気になったら確かめずにはいられない僕は、そのまま自分の心の変化を確認しに行った。
◇ ◇ ◇
「……なるほど?」
結果としては、『森』ではあった。
だけど、森は森でも、あのファンシーなお花がすべて消え去ったわけでもなく。
森のクマさんでも出てきそうな、明るい森へと進化(融合?)していた……。
「……まあ、別に……。見るだけで気分が滅入るみたいな『荒廃した世界』とかじゃないから、いいっちゃいいんだけど……」
早々に現実へと戻った僕は、誰に見られているわけでもないのに、そんな言い訳めいたことを口にしていた。
それにしても、だ。
僕のイデアだけでも、予想外に様々な風景を映し出しているわけで。
ダリルさんの世界は、どこか神秘的な儚さを持った綺麗な世界だった。
こうなってくると、他の人のイデアはどんなふうなんだろうという疑問と好奇心が湧いてくるのは、止められないよね。
(……心の中なんて、気兼ねなく見せてくれるとしたら…………クロードくらいかな?)
……いやいや! それはもう知的好奇心に抑えが効かなくなってからの最終手段として。
さすがに越えちゃいけない類いの欲求なのは、僕にだって分かるから。
ひとまず別のことで頭を埋めようと、思考を巡らせることにした。
◇ ◇ ◇
『何を考えるべきかを考える』という不毛な問いに、またしても二日ほどの時間を費やした僕は。
ある天才的なひらめきに打ち震えていた。
(そうだよ! ダリルさんの『内包魔力の無意識下における発動の抑制』研究なんて、もう完全に"イデア案件"じゃん……!)
実際に壁の修復をしたから分かる。
研究テーマの根幹である『魔力漏れ』のカギは、イデアにこそあることが。
これなら共同研究者ばりに助力を申し出たって、おかしくはないんじゃないのか。
"精神"という概念を最初に打ち立てたのは、例の本の著者の人だけど……あの場所に『精神世界』という名前を定義付けたのは、他ならぬ僕で。
言ってみれば僕は、『イデアフィールドにおける第一人者』のはずなんだから……!
そうと決まればさっそく手紙を――
「……あれ? ダリルさんって今、研究室と家と、どっちにいるんだろう……」
根本的な問題にぶち当たる。
合宿と銘打っていたから、僕らは研究室で過ごしていたわけで。
もしかすると、もう解散と同時にダリルさんも家に帰っているかもしれない。
手紙を書くのか? ……フローレス家宛てに?
クリスタ嬢の手紙に何年も返事をしていない身の上で?
「…………ダメだな。大人しく休暇明けまで待とう……」
僕自身の不義理が原因で、踏みとどまることになるなんて。
情けなくてため息が出る。
それでも、あの頃の僕には、自分から物語のヒロインに関わるという勇気がどうしても持てなかった。
手紙の文面から伝わる純粋さに、ダリルさんが罪悪感に飲まれそうになってしまったのも、とてもよく分かった。
突然変異でも起きていなければ、彼女はきっと……。
あの頃のまま、聖女と呼ぶに相応しい心優しい少女に育っているのだろう。
だからこそ余計に、我を通そうとした自分の浅ましさが恥ずかしかった。
「……ああもう、やめだやめ!」
今日はもう、娯楽的な小説でも読んでのんびりしよう。
それで、明日になったら。またちょっと反省して、研究を続けよう。
そうして夏季休暇を過ごしたら。
少しは夢に近付いて、また背だって伸びるんだ。
……すぐに視野が狭くなるところも直せたらいいのに。
ダリルさんと学園で過ごせる時間は、あと半年しかないけど。
来年も再来年も、彼の隣に僕の居場所があるように、身体だけじゃなくて精神的にも――
「……早く、大人になりたいなぁ……」
ぽつんとこぼれた本音は、分厚い本のページに染み込んでいった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(あぁ……返事をしなかったツケが……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




