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悪役令嬢にはなる気もならせるつもりもありません  作者: まる


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「失礼します」


お兄様の執務室に入ると、お兄様はいつも通り書類に向かっている。こないだの水害地に追加予算がいると言うことでそれに今かかり切りらしい。午前中のフィオレ様との顔合わせはどうだったのかと言うことを聞きたいのと、フィオレ様の噂の件で相談に来たけれど、忙しかったかしら。


「ああ」


お兄様は書類から目を離さない。急ぎでもないのでひと段落がつくまで待つことにする。お兄様についている文官のニークを見ると、ニークはお兄様の隣で立ったまま必死の形相で書類に向かっていた。ソファに座らせてもらおうと移動すると、お兄様が大きなため息をついた。


「ニーク、予算はこれでは足りないんじゃないか」

「そうですよね。俺もそう思います」

「ニーク。私、だ」

「私もそう思います」


ニークが言い直してお兄様がまたため息をついて書類を置いた。こちらに来たお兄様が、お茶を、と言うとニルヴェルがすぐに、と答える。ニークはそのままお兄様の椅子に座って書類を読み始める。


「お兄様、顔合わせはいかがでしたか」

「ああ」


そのああ、の言い方に好きな感じだったんだ、と勝手にわかってにやけてしまう。揶揄っていると思われると話が進まないのでううん、と咳払いをしてニヤけるのを抑えた。


「首飾りはファジーのものだろう。なぜだ」

「ちなみにドレスも辺境領で仕立てたものです」

「なぜ」

「どちらも持っていなかったからです」


私の言葉にお兄様が手を顎に当てて考える素振りをする。公爵家のご令嬢、元王太子妃なのにドレスや装飾品を持ってないことがあるだろうかと考えているだろう。私が不思議に思うところはお兄様だって不思議に思うはず。

ニルヴェルが紅茶を淹れて私たちの前に置いてくれる。まだ熱いだろうから、もう少し時間が経ってから飲もう。そう思っていると、お兄様が顎から手を離して、私の方を見た。


「不吉な女、と言うのはまだわかる。ただ、彼女は悪女か」

「不吉な女、と言うのもわからないでください」

「ずっと微笑んでいたぞ、かの国の王太子妃教育はどうなってるんだ」

「知りませんよ、そんなこと」


お兄様が不気味に思ったのはずっと微笑んでいて表情が変わらないところだろう。あれはああいう教育を受けているからだ。


「お兄様はフィオレ様のことをどう思われましたか」


私がそう尋ねると、お兄様が視線を逸らす。珍しい。いつでも私の顔を見て話す方なのに。


「水害があったから迎えに行けなかったというと、人の被害はあったのかと訊いてきた」

「はい」

「怪我をした人間はいたが、亡くなった人間はいないことを伝える、本当に良かった。私のことはファジータ様がよくしてくれたから気にしないでくれと言われた」

「はい」

「悪女はそういうことを言うか」


お兄様が難しそうな顔をする。悪女の定義がわからないけれど、少なくともここまで見てきたフィオレ様は悪女というにはあまりにもおとなしく、人を我が身を挺してでも助けようという勇気がある。フィオレ様の人となりと、何があったのかを確かめたい。


「悪女、という噂が本当か確かめさせていただきたいのです」

「どう確かめる」

「何があったのか調査を行いたいです」

「それをしてどうなる。婚約はもう決まったことだ」

「ノムルタハ王国に何か起こっているかもしれません」


私がそう言うと、お兄様の目が見開かれる。彼女を悪意を持って貶しめた人間がいるとすれば、その人物が得た利益はなんだろう。なんのために彼女の婚約破棄を画策したのか。本当に彼女の婚約破棄だけが目的だったのか。


「ノムルタハに何かあれば、我が国にも害が出ます」

「わかった。調べてくれ」


お兄様がすぐに頷く。ただ、何が起こっているのかわかったとしても、我が国からノムルタハにできることはそう多くはないだろう。彼女の尊厳の回復のために王に進言することはできても、それ以上のことはできない。でも、我が国への害に備えることはできる。

まずは侍女に話を聞くところからだな、と思って紅茶を飲み干した。




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