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悪役令嬢にはなる気もならせるつもりもありません  作者: まる


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辺境領から王都までは丸二日かかる。その間、宿に泊まることはない。フィオレ様と同じ馬車に乗ることも危険を分散した方がいいという判断で分けられてしまった。だから、王城に着くまでフィオレ様とは会話らしい会話を交わしていない。従者によって開かれた扉から外に出ると、もうすっかり日が暮れていた。扇を開いて自分の顔を隠す。ひどく体が痛むけれど、そんな様子を見せることはできない。


「ご苦労だったわね。ゆっくり休んで」


そう声をかけて王城の中に入ると、深夜にも関わらず使用人たちがずらっと立っている。寝ていて構わないのに、と思うけれどそういうわけにもいかない。そもそも無事に着くかどうかも怪しいのだ。おちおち寝てもいられないだろう。何を言われるかわからない。


「おかえりなさいませ」


そう言ってバロンが頭を下げると、使用人たちが一斉に頭を下げる。もう夜も遅いのにその出迎えに鷹揚に頷いて見せた。一刻も早く自室に行って眠りたいけど、そういうわけにもいかない。


「バロン、お父様とお母様は?」

「起きていらっしゃいます。お会いになりますか」

「いえ、明日の朝にご挨拶に伺うわ。お兄様にもそう伝えて」

「わかりました」


それから、とちらりと後ろを振り返る。それにバロンが気づいたようで、全てわかっているというふうに頷いた。


「フィオレ様もお疲れよ。全ての挨拶は明日の朝。フィオレ様の侍女の言うように動いてあげて」

「承知しました」


バロンがそう言ったので、私はフィオレ様に向かって頷いてみせた。フィオレ様の侍女は一人しかいないからか、フィオレ様の身の回りの世話をするので精一杯という感じだ。侍女をあと五人くらいつけてもいいかもしれない。信用のおける者でないと。その人物の選考はニルヴェルに任せよう。そう決めて、自室に向かって歩き始める。


「ニルヴェル、フィオレ様につける侍女を選んで欲しいの」

「すぐに」

「ありがとう。私にとってのニルヴェルくらい、信用のできる人をお願い」


そう言うとニルヴェルの表情が困ったようになった。


「私の王家への気持ちと同じくらいの気持ちを持てる者は多くないですよ」

「わかっているわ」


自室に向かって歩いていると、向かいからお兄様が歩いてくるのが見えた。珍しく一人だ。ニルヴェルが廊下の端によけて頭を下げる。私も優雅に膝を曲げて見せた。


「お兄様」

「ご苦労だったな」

「当然でございます」


心の底から感謝してほしい、と思った。国境まで行くのは思っていた以上に大変だった。お兄様は私の言葉に頷くと、それで、と言葉を続けた。


「どんな様子だった」


その言葉にニルヴェルがコホン、と咳払いをする。意味ありげな咳払いになってしまっているけれど、私にはわかる。笑いそうになったのだ。私も驚いた。悪女ならば愛さなくていい、なんて言っていたのにその実、気になってしかたなかったのだ。お兄様のことは可愛い人だと思っていたけれど、予想よりも可愛い性格をしていた。そう思ったのがバレないように微笑む。


「お疲れのご様子です。ご挨拶は明日伺います」

「そうか。慣れない長旅だ。私のところへ来るのはいつでもいい」


私が好ましいと思ったのだから、フィオレ様の容姿はお兄様の好みの範疇であるはずだ。それに加えて、私のことを我が身を顧みずに助けようとする勇気もある。それに、と考えてチラリとお兄様の方を見た。口元が我慢しても微笑んでしまう。


「お兄様、私、辺境領の魔物を退治しました」

「お前、また」

「フィオレ様は私のことを助けようとしてくれました」


辺境領の魔物を退治した、ということだけを聞いてすぐに小言をいいそうだったお兄様が私の言葉に口をつぐむ。私を助けようとしたということは、魔物の前に出たということだとわかったのだろう。お兄様は話が早い。


「勇気のある方です」

「ファジー」


言いたいことがたくさんあって、そのどれを言うか迷い、私の名前を呼ぶだけにしたお兄様は諦めたように笑った。本当に諦めたんだろう。私の魔力量をお兄様はよく知っている。何を言ったとしても、魔物が出てしまえば私かお父様が出るのが一番早く安全に事態を収束できる。でも、お兄様は私が前線に出ることがよしとしない。


「彼女はお前を助けようとしたのか」

「そうです。フィオレ様は私の力をご存じなかったので」

「そうか」


お兄様の表情は変わらない。フィオレ様の人物像を推測っているのだろう。それに情報を付け加えようと、私はイタズラっぽく自分が笑ってしまうのを止められなかった。


「お兄様、フィオレ様は足が速いですわ」

「足?」


お兄様が怪訝そうな顔をしてから、ああ、と笑う。昔家族で話したことを思い出したのだろう。


「それはいいな」

「でしょう」


フィオレ様の足は速かった。ご令嬢とは思えぬ俊敏さ。お兄様は昔から言っていた。抱えて逃げるのは大変だから、自分で走ってくれる人間を妻にしたいと。未来の国王であるお兄様が逃げなければ行けない場面が思いつかないけれど、お兄様が言っているのは自立した女性がいいということだろうと思っていた。


「明日、楽しみにしていよう」

「ええ、お兄様はきっと幸せなご家庭を築きます」


お兄様が私の言葉に面食らったような顔をする。それにより一層微笑んで見せる。お兄様は私の頭をぽん、と撫でて自室の方へ向かっていった。その後ろ姿を見送って、私たちも歩き出す。


「ニルヴェル、笑ったでしょ」

「すみません、坊っちゃまはお変わりないと思うと嬉しくて」

「本当ね」


お兄様は幼い時から善良な人間だ。お父様と同じくらい立派な国王になりたい、と鍛錬を積みながら、お父様とお母様のような夫婦になることを憧れていたのを知っている。婚約者を愛さなくていい、と言いながら気になって仕方ないに違いない。あの二人はきっとうまく行くだろう。


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