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魔物を倒したことを辺境伯に報告すると、お礼を、と言われたが解体して買い取ってもらったものの代金だけで十分だったのでありがたく気持ちだけ受け取ることにした。湖から運ぶのは護衛たちがやってくれたし、解体も早かった。魔物の肉と内臓は高く売れるけれど、本当に高く買い取ってもらえた。
湖とそこから見える山一体を根城にしてしまっていたあの鳥型の魔物は、人を襲うことはなかったそうだが、ノムルタハでは同種の魔物が人を攫ったという報告があったそうだ。早めに討伐を依頼してくれればよかったのに、と思ったが王女に魔物退治を依頼するなんて聞いたことがない。
「それにしても、ノムルタハは大丈夫かしら」
「魔物が出て被害も出ているなら大丈夫ではないでしょうね」
「魔法を使える方もごくわずかって」
「フィオレ様がおっしゃってましたね」
ニルヴェルは私のはずした首飾りを受け取りながら、私の会話に付き合ってくれる。髪の毛の飾りを取ると、一気に解放された気になった。わさわさと髪の毛に手で櫛を乱雑に通す。それを見てニルヴェルが呆れたような顔をする。ごめんね、と心の中で謝っておいた。いつも丁寧にニルヴェルが手入れをしてくれているから、たまに私が乱雑に扱っても綺麗なままなのだ。
「被害が出ないうちに退治できてよかったわ」
「お嬢様、フィオレ様に見せてよかったのですか」
ニルヴェルは私の脱いだドレスを受け取りながらそう言う。今日は疲れたから、と無理を言って食事も部屋で取らせてもらうことにした。部屋にはすでに夕食が用意されていて、美味しそうな匂いが部屋の中に漂っている。
ニルヴェルが心配しているのは私の魔力の暴走だけではない。魔法を使えるものはもうごくわずかしか残っていない。そのごくわずかな魔力持ちを、各国は目の色を変えて奪い合っている。それはそうだ。魔法というのは便利なもので、医学では治せない病気が治せたり、私のように大人の男が絶対に敵わない魔物を一人で倒せたりしてしまう。
でも、それが理由ではない。私は王女だから、ぜひうちの息子の婚約者に、と言われる可能性はあるが、そんなものはお父様が鼻で笑って蹴散らしてしまうだろう。そうではない。私の魔力を公表しない理由は、お兄様にある。
「いずれ知られる日が来るもの」
「そうですが」
ニルヴェルがそう言いながら椅子を引いてくれる。その表情にはありありと不満だと書かれていた。
「ニルヴェル、フィオレ様は優しい方よ」
「わかりますよ。でも心配なんです」
「ありがとうニルヴェル」
そう言うとニルヴェルが私のことを子供を見るような目で見て微笑んでくれる。それに安心して食事に手をつける事にした。
それにしてもフィオレ様は不吉な女、悪女なんてずいぶんな言われようだ。今日、私のことを助けてくれようとした彼女はとてもそんなふうには見えなかった。隣国まで噂が届くなんて誰かが噂を流しているのかもしれない。フィオレ様が自分で経緯を話してくれればいいけど、あの様子では一筋縄ではいかなそうだ。
ノムルタハ王国がフィオレ様の尊厳を回復するようにしてくれればいいのだけれど、それも今のところ期待できそうにない。
「フィオレ様に何があったのかしら」
命懸けで人を助けようとできる方が、悪女と呼ばれるようになったのはなぜなんだろう。悪意を持って彼女を貶しめた人間がいるのだろうか。でも、彼女を貶しめる人間が一人いたとしてもこんなに噂は回らない。そして、噂だけで婚約破棄にまで至ると思えない。
「ノムルタハ王国に何が起こっているのかしら」
情報は大切だけれど、隣国の情報は気軽に手に入らない。だからこそ価値がある。でも、ノムルタハ全体が揺れるようなことが起こっているのなら、貿易国である我が国にも害があるだろう。フィオレ様の件を調べれば何かわかるかもしれない。そのためには、フィオレ様についてきた侍女に話を聞きたいけれど、
「忙しそうなのよね」
ポツリと呟くとニルヴェルが私のために果実水を注いでくれた。フィオレ様の身の回りのお世話を一手に引き受けているから、侍女はいつも忙しそうだ。その手をわざわざ止めさせて事情を聞くのは忍びないし、何より、信用が得られないうちは何も話してくれないだろう。
「何をお考えか知りませんが、怪我だけはしないようにしてください」
ニルヴェルが呆れたような声を出すから、私もそれに頷いて見せる。侍女の信頼を得られるような何かがあればいいのだけれど。
「お嬢様、明日の出立に向けてご準備もなさってくださいね」
考えに耽っているとニルヴェルにそう言われて、首をすくめる。散らかしたものはニルヴェルが片付けてくれているけれど、私が馬車に持ち込むものはニルヴェルも判断がつかない。自分のもつ荷物くらいは自分で用意しなければ。夕食が終わったらそれに取り掛かろうと決めて、私は大きく息を吐いた。




