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夕食のご準備が整いました、とスルーザント家の使用人が呼びにきてくれた。夕食に出るのは何人だろう、と計算してみる。スルーザント家の当主とその妻、そしてノースの弟も出るだろう。それにノースと私とフィオレ様。六人か、私とフィオレ様がいるから夕食は豪華なものになるだろう。スルーザント家は訓練のためにお腹いっぱいになるまで食べたりしない。常に敵襲に備えている。それが辺境領を守るということだと、幼い頃スルーザント家の当主が語ってくれた。
ノースのお父上は立派な方で、不義と不正と怠惰をこの上なく嫌う。怠惰な人間の代表としてはノースのお父上に会うのは毎回緊張する。
「首飾り、つけなくてもいいかしら」
「王女として来たのですからつけてください」
ニルヴェルにそう言われて首飾りをつける。重たいし、晩餐会でもないのだからと思ったけれど、ニルヴェルはそういったところまできちんと気を配ってくれる。正式な訪問となるのだから、正装をしろと言っているのだ。
豪華な馬車で、護衛を何人もつけてまるで襲ってくれとでもいうようにこの城まで来た。馬も騎士たちも疲れただろう。そして、今現在スルーザント家の人間とその使用人を疲れさせている。王族というのはどこにいても人を疲れさせる。
「フィオレ様は大丈夫かしら」
晩餐会が開かれなかったのは、フィオレ様の立場を慮ってのことだ。うちのお兄様との婚約なので、もちろん諸侯は知っている。知っているが、諸侯の中には慎重な方もいて、悪女と名高い令嬢を妻に迎えるのはどうなのかという意見もあった。
お兄様たってのご希望、そして領地を持参金としていることで婚約の話は進められたけど、正式な結婚まではフィオレ様を諸侯に紹介するのはやめておこうとなったのだ。万が一、フィオレ様が本当に我が国に不利益をもたらす存在だった場合に、すぐに婚約は破棄される。
「二度目の婚約破棄なんて冗談じゃないわ。お兄様はそんなことはしないけど」
「ですが、まだそのお心は察せられませんよ」
「だって見た?悪女というには細すぎるし、荷物が少なすぎるわよ」
「取り上げられただけかもしれませんよ」
ニルヴェルの言うことも一理ある。一理あるけれど、とフィオレ様の姿を思い返す。折れそうなほどに細いのに、悪女として活躍することができるかしら、と思いながら椅子から立ち上がる。
「どう?偉そうに見える?」
「すごく見えます」
「扇を豪華なものにしたのがよかったわね」
くるりと回ってニルヴェルに確認してもらう。王女なのだから偉そうに見えなければいけない。扇を羽付にしたのがよかった。扉の前でコホン、とせきをすればすぐに扉が開かれる。顎を少しあげて頷きながら部屋から出た。そういえばフィオレ様はどこのお部屋にいらっしゃるのかしら。
夕食を食べる食堂の入り口にも使用人が立っていて、私が歩いてくるのを見て扉を開けてくれる。食堂にはすでに、私以外の人が揃っていた。そうでなければいけないのだ。だから、少し遅れるくらいがちょうどいい。
「待たせてしまったかしら」
「とんでもない」
ノースのお父上がにこりともせずにそう言う。ため息を吐きそうになるのを堪えて、引かれた椅子に座る。鼻から大きく息を吸って吐きたい気分だった。フィオレ様は私の隣の席に座っている。相変わらず、口角だけが上がっていて、常に微笑んでいるように見える。夕食会だからか、ドレスは着替えられていたけれど、相変わらず質素なものだった。装飾品は小さな指輪だけ。これは、お兄様に会う前に仕立てた方がいいかもしれない。
「ニルヴェル」
ニルヴェルを呼んで目配せをするとすぐに下がっていった。城の使用人に訊いて手配をしてくれるだろう。私は私で役目を果たさなければ。にこりと微笑む事で夕食会の開始を知らせる。
運ばれてくる食事に静かにみんなが手をつけ始める。食堂には食事をする音しか響かない。私が喋り始めなければ誰も喋らないことはわかっているのに、なんとなく話す気分でもない。
隣のフィオレ様の食事の姿勢は美しかった。音は最小限に抑えられていて、聞いていて不快さもない。
「そういえば、明日は湖に出かけようと思っているの」
「湖は今魔物が出ます」
ノースのお父様がそう言って顔を顰める。
「どんな魔物?」
「鳥型の魔物だそうで、今周辺は立ち入りを禁じているのです」
ノースのお父上に変わってノースが答えてくれる。そう、と呟いて運ばれてきた肉を切って口に入れる。
「いいわ、魔物が出ても。問題ない」
「そう言うわけにはいきません」
ノースが冷静にそう言ってくるのを聞いて、口を閉じる。辺境領に来たのにあの湖に行かないなんて選択肢は存在しない。隙を見て城を出よう。
「最近、魔物は多いの?」
「いえ、辺境領で確認されているのはその一体だけです」
「ノムルタハ王国には出ているそうですが、我が国までは来ていません」
「そう」
母国の名前を聞いても、フィオレ様の顔は変わらない。貼り付けたような笑みは崩れない。それにしてもノムルタハ王国には魔物が出ているのか。近いうちに討伐隊が編成されるかもしれない。魔物が我が国にまで出始めたら、こちらも対策が必要になる。
「魔物の被害は一体だけでも甚大でしょう。群れが来たら討伐に出なければいけないけれど、辺境領だけでどうにかするのは無理ね」
「無理でしょうか」
「無理よ」
ノースの弟がムッとしたような顔になる。まだ十歳に満たない子は、尊敬する父と兄には無理だと言われたようで嫌なのだろう。それでも事実は事実だ。魔物が一体だけでも、力で押し切ろうとすると人側の負担が大きい。
「湖には近づかないようにしてください」
ノースが重ねてそう言ったのを聞きながら、いつ城を抜けて行こうかと考えた。




