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悪役令嬢にはなる気もならせるつもりもありません  作者: まる


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王城を発ってから五日が過ぎた。馬を休ませながらとはいえ、真っ直ぐに向かってきたのに魔物と一度もすれ違わなかったことをおかしいとは思った。ノムルタハ王国の国内に入ってからは警戒をしていた割に拍子抜けするほど普通の光景が広がっていた。護衛の騎士たちが様子を聞いてきてくれたけれど、警戒しろって言われたけど、魔物も出ないし、暇だから畑に出てます、というのが人々の意見だった。本当に王都しか襲わなかったんだ、とわかってから疑問が浮かんだ。なぜ。


「どうして王都を襲ったのかしら」


馬車の中でそう呟いても、誰も答えてくれない。魔物は元々人を襲う。食料として襲うこともあるし、食べないけれど襲うこともある。でも、たいていが辺境でのことだ。魔物が根城にするのは森や湖で、その大きな体を休ませる空間が必要だ体。でも王都にはそんな広い空間はないはず。しかも群れで襲うなんて。


「王女殿下、王都です」


外からかかった言葉に、馬車を降りる。護衛の騎士たちにはすぐに辺境領に戻るように言いつける。

ここで帰るように国王からも言われているはずだ。そう思って言ったのに、王女殿下を一人で置いていけません、と言ってくれた。ここで押し問答をしても仕方ないので、一緒に進むことにする。

凄惨な光景を覚悟していたけれど、そんな光景は広がっていなかった。王城までは。辺りを警戒しながら王城までの道を進む。右手には常に力を込めて、魔法を使えるようにはしているけれど、そんな必要はなさそうだった。本当に人がいたのか疑わしくなるほど、誰もいない。家から出てこないだけなのかはわからない。王城に入ると、いろんなところが壊れていた。窓は割られ、城壁にもいくつもの傷がある。王城の中に入ると、何人もの人が倒れているのがわかった。それをできるだけ見ないように足を進める。王都を襲ったと言うよりも王城を襲ったと言う方が正しそうだ。


「なんで」


五日経っているからか、匂いもひどい箇所がある。地下に繋がるのはどこだろう。助けに来たと言っても出てきてくれるかはわからない。困ったな、と思っていると、一つの部屋から人が出てきた。驚いているとその人も私の方を見て目を見開いた。


「大丈夫ですか」


護衛の騎士の一人がその人に近づいていくと、その人は手を顔で覆った。


「まさか、助けがきてくれるなんて」


そう言って泣き始めたその人は、五日もこの王城にいたとは思えないほど綺麗な姿だった。栄養状態が悪いようにも見えない。それがおかしいと感じるけれど、ずっと隠れていたのならそう言うこともあるのかもしれない。


「地下に続く通路をご存知ですか?」


私がそういうとその人は考えるような顔をして、もしかしたらこちらかも、でも魔物が、と怯えた顔をした。それを安心させるように騎士団の一人が大丈夫ですよ、必ずお守りします、と言う。場所が違えばものすごく甘い言葉に聞こえるのに、この場では文字通りの意味しか持たない。



「こちらです」


その方が連れて行ってくれたのは、おそらく王太子の執務室だった。その暖炉の後ろから地下通路に入る。暗くて見にくいので、右手に炎をうむと、その場にいた騎士たちも、そして名前を知らない人も驚いた顔をした。


「どこにいるのかしら」


騎士団は逃げられるものは地下に逃げたといっていた。この部屋から続いている道に、魔物が入って来ていなければ生きている可能性はある。一週間くらい飲まず食わずで人間は生きられるんだろうかと考えて、国王は生きるようにするだろうなと考え直す。水も食料もなかったとしても、誰かに取りに行かせればいいだけだ。そう思って進んでいると、先に小さい明かりが見えた。


「国王陛下」

「マリー」


名前を知らない女性の呼びかけに国王陛下が応える。小さい明かりにより集まるように人間がいた。狭い通路に押し込められるようにしているその中には、もうすでに息も絶え絶えのように見える人間もいる。


「ファジータ王女殿下」

「救援に参りました。国王陛下」

「本当にありがたい。もう諸外国は私たちを捨てたかと」


そう言った国王陛下の顔は暗くて見えない。面倒だな、と正直に思った。今この場でできる治療には限界がある。それならば辺り一面に回復魔法をかけた方がいい。


「国王陛下、治癒の魔法をかけます。どうか頑張ってください」

「おお、マリー。頼んだ」


その言葉でマリーと呼ばれた女性が国王に治癒魔法をかけた。みるみるうちに国王陛下の顔色が良くなっていく。国王や王太子はマリーと呼ばれる女性に任せよう。私は息も絶え絶えな騎士たちの治療を、とそのそばに跪く。血の匂いが濃くて、顔を顰めてしまう。


「痛いでしょう。今よくなります」


力を使うと辺りが淡く光る。傷が治ったことで意識がはっきりしたのか、その騎士が目を開いた。私と目があうと、その騎士はありがとうございます、と小さく呟いた。それに頷いて次の騎士に取り掛かる。そこで、集まっている騎士の全てが怪我をしていることに気づいた。


「なるほど」


一番怪我がひどい人間に合わせて治癒魔法を一帯にかける。面倒だからこの方が早い。すると、信じられないものを見るような目でこちらを見られた。


「本当に、ありがとうございます」


「いいんです、立てますか」


そう尋ねると頷いてくれる。それに頷き返して辺りを見ると、回復したからかみんなが顔を上げていて、さっきよりも誰がいるのかがよくわかった。騎士と王族、そしておそらく一部の貴族がいるようだ。王城の上にはもう魔物はいないか少ないだろう。


「魔物は私が倒します。とりあえず上へ。国を建て直しましょう」


国王陛下にそう言うと、深く頷かれた。右手に炎を生んで明かりにする。道を案内してもらうために、国王陛下が先頭に私がその隣を歩くことにした。最後尾はノムルタハ王国の騎士たちに任せた。


「光だ」


誰かがそう呟いた。階段を上がり、扉を開いて外に出ると、すぐそばで上等な服を着ている貴族が倒れていた。それを見て悲鳴が上がる。出たのは玉座の間で、国王陛下がよろよろと玉座に座る。貴族や騎士たちは床に座り込む。


「国王陛下、魔物はいません。すぐに体制を整えなければ」

「わかった」


青い顔をして国王陛下に進言したのは貴族の一人だ。誰かはわからないが、本当に体制を整えてもらえれなければ、来た意味がない。魔物を討伐できなかったのは手痛いけれど、どこかでこうなる予感もしていた。魔物が一週間近く同じところに滞在するとは考えにくい。私が向かっても肩透かしな結果になるかもしれないとは思っていた。ただ、予想よりも国の体制が整うのに時間がかかりそうだ。魔物の襲撃をここまで受けた国も珍しい。


「今いる貴族たちは至急隣の部屋へ、騎士たちは引き続きこの部屋で備えよ。ファジータ王女殿下」

「はい」

「救援に来てくれたこと、心より礼を言う」


その言葉に頭を下げる。私が来た意味がそんなにあったとは思えないけれど、私が来なければあと数日は地下に隠れていたのかもしれない。そうしたら、生きては地上に出られない者も出てきただろう。王城に転がっている人間の片付けをするのは私たちの仕事ではないので、ここまでかな、と思った。これからはノムルタハ王国がなんとかすることになるだろう。魔物の位置がわからないうちは、私も辺境領に帰った方がいいかもしれない。そう考えていると、マリーと呼ばれた女性と目が合った。


「ご挨拶が遅れてごめんなさい。ファジータ・ヴァラスよ」

「マリーと申します」


侍女というにはきているものがいい。マリーという名前だけなら平民のはずだ。どういうことだろう、と考えていると助けたノムルタハ王国の騎士のうちの一人が近づいてきた。


「お前らのせいだろう」

「何を」

「お前らのせいで王都は襲われた!」


何を言っているんだ、と思っているうちにノムルタハ王国の他の騎士が集まってくる。口々に貴族のせいだ、と言ってマリーを罵る騎士たちに驚いてしまう。


「初めから俺たちを治してくれれば、こんなことにはならなかった」

「退治できていたかもしれないのに」

「お前たちのせいで王都は」


そこから先を続けられないように口を閉ざしたその騎士の背中を、別の騎士がそっと叩いた。何が起こっているのかわからずに目を白黒させていると、ヴァラス王国の騎士が近寄ってくる。


「王女殿下、こちらへ」


ヴァラス王国の騎士がノムルタハ王国の騎士から聞き出してくれたことによると、魔物が辺境に出始めたのは数ヶ月前のことだったらしい。すぐに討伐隊として辺境領の兵士が出されたが、太刀打ちができず、王直属の騎士たちが討伐隊として編成された。ただ。鳥型の魔物一体にも苦戦を強いられ、怪我人が続出した。そこに現れたのが聖女マリーだ。騎士団を治療し、魔物退治ができるようにしていたが、次第にその力は王族と貴族が独占するようになった。治療が間に合わず魔物退治に出られなくなっているうちに、王都が魔物の群れに襲われたということだった。


「それは」

「騎士たちが怒るのも無理はありません」

「そうね」


そんなことがノムルタハ王国で起こっていたなんて。フィオレ様が私のことを助けようとしてくれたのは鳥型の魔物による被害を知っていたからだ。だから命懸けで助けようとしてくれた。やっぱりお優しい方だ。


「フィオレ様は、ただ一人だけ騎士団の味方になってくれたそうです」

「そうなの」

「はい」

「それは、疎まれたでしょうね」


私がそう言うと騎士は何も言わずに頷いた。フィオレ様の箱に魔法がかかっていた理由がわかった。彼女はノムルタハ王国の王族と貴族たちから疎まれていた。特別な力を独占しようとする人たちからすれば邪魔だったに違いない。でも、魔法をかけたのは、と考えてマリーを見る。何も言わなくなったノムルタハ王国の騎士たちから離れて座っている彼女は聖女にはもう見えなかった。


「ノムルタハ王国で魔法を使える者は?」

「聖女と神官長だけだったそうですが、二人に頼る前に魔物に王城が襲われたそうです」

「そうよね」


混乱の最中、その二人が何をしていたのかは知らないけれど、二人がいたとしても王都を守る防護壁を張ったり、魔物を倒したりできたかというと怪しい。先ほどのマリーの力を見るに、私より魔力量はかなり少ないはずだ。二人が逃げていたとしても、それを私は糾弾できない。ただ、マリーが騎士団を優先して治療していれば、結果はまた違ったかもしれない。そう思ってマリーに近寄ると、私を見上げるその顔が怯えているように見えた。


「あなたでしょう。フィオレ様の箱に呪いをかけたのは」


多分そうだろうな、と思いながらそう言うとマリーの瞳が盛大に揺れる。その瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


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