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悪役令嬢にはなる気もならせるつもりもありません  作者: まる


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魔法が使えることを知ったのは十六の誕生日だった。誕生日だったのにろうそくの火が消えて、夕食を真っ暗な中で食べなければいけないのが嫌だ、火くらいついてよ、と念じたら火がついた。それから、自分に不思議な力があるのではないかと思って、教会の図書室に向かった。一冊だけあった魔法の力の本を読んで、書いていた魔法を試してみるとほぼ全てが成功した。それを見ていた司祭様が司教様に報告して、私は数日後には王城に呼ばれて、王様の前で力を披露してみせるように言われた。

ちょうどいいものが何もなかったから、自分が数日前に作った切り傷を治して見せた。そしたら、勝手に聖女と呼ばれるようになった。私の両親は聖女の両親ということで王都に呼ばれて、屋敷が用意された。そのうち、爵位をもらったと父親が喜んでいるのを聞いた。


私の生活も様変わりをした。王直属の騎士団を治してあげるのが日々の仕事になった。騎士団は魔物との戦闘で傷ついていた。毎日毎日怪我を見るのは気が滅入ったけれど、しょうがないと思った。それでご飯が食べられるなら安いと思って毎日怪我を治した。そのうち、力を使いすぎるともう直せないことに気づいた。それを王様に報告すると、意図的に休ませられるようになった。大きすぎる怪我も治せない事に気づいた。そうしていたら、私の力はいざという時のために温存されるようになった。


いざという時はつまり、貴族が怪我をしたり病気をしたりした時ということだ。王城に住むようになって、私の服は貴族からの寄付でどんどん豪華になった。息子が小さい傷を作ったから治してほしい、娘の顔のほくろを消して欲しい。そんな要望ばかりだった。騎士団の怪我を治してあげた方がいいんじゃないかとも思っていたけど、怪我を毎日見るのは気が滅入ったし、周りがこれでいいというのだからいいだろう、と楽な方に流れた。


それに異を唱えたのは、王太子の婚約者だけだった。騎士団を優先的に治療した方がいい、というその婚約者を貴族は鬱陶しがった。王や王妃でさえ鬱陶しがっていたと思う。その時期には聖女と王太子が結婚すれば、国民の王家への信頼も上がるだろう、という声が貴族から聞こえるようになった。

私もそうしたかった。そうしたら父と母が喜んでくれると思ったから。それに単純に偉くなりたかった。王太子の婚約者はいつでも微笑んでいて、私からすると気味が悪かった。でも彼女は常に背筋を伸ばして正しいことを言っていた。私利私欲に流れる貴族たちの中で、彼女だけが私の力を正しく使おうと言ってくれた。そして、彼女は私に対してもとても優しかった。作法がわからず戸惑う私に、さりげなく作法を教えてくれた。だから、王太子が渡すと言っていた箱に魔法をかけたのはほんの出来心だった。すぐに解こうと思っていたし、そんなに効果もないだろうと楽観視していた。


そしたら彼女の装飾品が壊れたり無くなったりするにつれて、売り捌いているのではという噂が立つようになった。そんなことがあるわけないのは言っている本人が一番よくわかっていたはずだ。彼女はそんな人じゃない。私が魔法を解こうとしても魔法は解けなかった。そして、彼女の出である公爵家の領地付近に魔物が出るようになった。これは時期が悪かった。騎士団の治療を優先しろと言ったのは、魔物が出るとわかっていたからではないか、と言い出す貴族がいた。そんなことあるわけないのに。


こうして不吉な女、悪女という噂が広がった。私が何も言わなくても勝手に噂は広まっていって、彼女は王太子の婚約者に相応しくないという貴族が出始めた。王太子も自分よりどう考えても賢い彼女に劣等感を抱いていたのか、それとも単純に貴族の声の大きさに逆らえなかったのか、彼女との婚約をあっさりと破棄して、私と婚約した。未来の王妃だと思うと嬉しくて、私はさらに舞い上がって、両親も舞い上がった。私の力がある限り、我が家は安泰だ。貴族からの多額の寄付という名のお礼もある。


そのうち、彼女の次の嫁ぎ先の話を聞いた。隣国のヴァラス王国への輿入れが決まったらしい。魔物が出る、公爵領の一部を持たせた結婚だった。ノムルタハの貴族の中ではヴァラスの王子をばかにする声が大きかった。あんな辺境の土地、痩せ細っていて何にもならない。その上魔物も出る。あんな土地に目が眩んで、不吉な女を嫁にするなんて、と。でもその魔物は、公爵領に出ただけで、そこを根城にしているわけではなかった。以前から騎士団が討伐しようとしていた魔物が、一時期だけそこに現れただけだった。辺境の土地で体を休めた魔物は、当然お腹が空く。人を求めて、王都近辺に魔物が出始めた。


それでも貴族たちは対策を打とうとはしなかった。彼女がヴァラスに行くために、王国を離れたのも大きかったと思う。今までは抑えられていた本音が貴族たちから漏れ出すようになった。民衆はどうなってもいいから、自分たちだけは助かりたい、という本音だ。その本音は私の地位を上げたり、私の周りの守りを固めるのに大いに役に立った。聖女様は王城から決して出てはいけないと言われ、私の警護はより固くなった。魔物が出る頻度が高くなると、聖女様へのお布施も増えた。今までできなかった贅沢をし放題で楽しかった。こんなに楽しいことがあるのかと思った。毎日何もしなくてもお金が増えていく。未来の王妃であり聖女である私は好き放題に振る舞うことができた。みんな、怪我や病気が怖い。私の機嫌を取るのに、みんなが必死になってくれた。


でも、私たちは今、楽な方に流れ、人を馬鹿にしたツケを払わされようとしている。


「魔物?」

「魔物の群れが王都近くに。騎士団は以前からの戦闘で出陣できる状況ではありません」

「それなら聖女様に治療してもらおう」

「そんなことはできない。もしその間に何かあったらどうするのだ」

「そうだな。貴族に何かあったらどうするのだ。聖女様の力がなければどうすることもできない」

「では魔物はどうすれば」

「放っておけばいいだろう」

「被害は甚大です。放っておくわけには」

「避難させろ」

「どこへ」

「近くへだ」

「それでは根本的な解決にはなりません」


会議を行なっていた貴族たちは魔物の群れが出たと言われても、自分ごととしては考えなかった。ただ、自分とその家族が無事であればいい。王都近くと言っても、王都ではない。そんなことを考えているのが手に取るようにわかった。それでも私は何も言わない。私の仕事はただここで困ったような顔をしていればいい。


「聖女様、どうか騎士団を治療してください」


騎士団の一員が貴族と話しても埒が明かないと思ったのか、私に向かってそう言ってきた。今騎士団を治療して、討伐に向かわせても、群れなら討伐は無理だろう。余計な死人を増やすだけだ。貴族の悪政のツケを払うのは貴族ではなくて、民衆だ。でも貴族も払わなくてはいけないだろう。

私が困った顔をしていると、貴族、多分子爵だったか、がその人を連れて行ってしまった。今対策を打たないと大変なことになります、と叫んでいるのが聞こえた。もう大変なことにはなっている。

楽しかったけど、ここで人生が終わるなら早すぎる。自室にこもって自分の周りだけ防護壁でも張ろうかな、と思っていると、外から悲鳴が聞こえた。

慌てて貴族連中が窓から外を見る。もう夕暮れにも関わらず、その姿ははっきりと見えた。十体を超える魔物の群れが今はまだ小さく見えるけれど、すぐにここに到達するだろう。


「聖女様」

「私は傷を治すことしか」


思い切り嘘だけど、嘘をついておくことにした。私一人だけなら防護壁で守れるかもしれない。防護壁が張れるなんて正直に言って最前線に出されるのはごめんだ。途中で助けが来るか、魔物がお腹いっぱいになって帰ってくれることを祈ろう。それを聞いた貴族が我先にと会議室を出ていく。会議室を急いででたところで何になるんだろう。最後に会議室に残ったのは私と王太子だった。顔は蒼白で、微動だにしない。そんな王太子を放って部屋に戻ることにする。

会議室を出ると、廊下は阿鼻叫喚だったし、そこらじゅうで何かが割れる音がする。自分の周りだけ防護壁を張ると気持ちが落ち着いた。魔物はもう王城も襲っているらしい。


「楽しかったな〜」


自分の人生では考えられないような贅沢をたくさんした。装飾品もドレスもこれでもかというくらい買い込んだ。お父さんもお母さんも最後に贅沢ができてよかっただろう。廊下の窓から魔物が嘴を突っ込んでいる。それを避けながら部屋に戻ると、大きな窓から魔物が入ってこようとしていた。自分にだけ防護壁を二重に張ってベッドの下に潜り込む。これで人が探しにきても見つからないだろうし、そもそもみんな聖女様を頼ろうと思う前に死んでしまうだろう。音は聞こえるから、魔物が窓を突き破って入ってくる音を聞いた。それでも自分だけは大丈夫だと思ってしまう。これから数時間、暇だな、と思いながらとりあえず目を閉じた。





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