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「いい夜だな」
リアムは手にボーガンを持ち、穏やかに声をかける。
「…よお、ロリコン。
お前、最初から知ってたんだな。
あの人身売買のアジトがどんな所か…」
黒旗に刺さった矢が徐々に下がっていき、やがて、全て地面に排出される。
「まァな、世話にはなっていたよ。
なんなら、その眼で他にもわかったことがあるんじゃないのか?」
リアムは、彼の艾肯眼を指摘し、ボーガンをその場に捨てる。
「お前、ローラ以外にも…」
ベンの発言に、リアムは嘲笑った。
「ああ、そうだ。
食ってやったよ」
腰からMK 23を手にし、話を続ける。
――昔の俺は、疳之虫の力で気に入らないやつを冤罪で強制的に逮捕し続けて満足感に浸り、充実した毎日を送っていたんだ。
ロンドンは、オレにとって欲を満たしてくれる最高の街。
何も怖いものなどなかったのさ。
そんな人生の絶頂期に、アイツに出くわしてしまった。
ある女性をアルコール検知器で記録偽造をしていた時、ある若造が邪魔してきた。
頭にきたオレは、そいつも共犯とみなして力づくで逮捕しようとした。
その時、あいつの哭戎種によって、オレの疳之虫が食われてしまったんだ。
一瞬何が起こったのか理解できなかったが、全身の力が抜けてその場で気絶してしまい、気づけばバディと共に病室にいた。
それからオレは鬱になり、警察を辞め、しばらく家に閉じこもる生活を送ることになったんだ。
日に日に少しずつ精神が回復してきたのを機に、奴は一体何者なのか、どうすれば力が元に戻るのかを調査し始めた。
オレの人生を奪っていったあのクソガキを絶対に許さん。
その一心で模索しているうちに、エクソシストを知り、パルマーと出会って、復讐心に駆られながら依頼をこなしていった。
やがて、人身売買のアジトの存在を耳にし、そこで疳之虫を強制的に覚醒させていることを知った。
そのとき、ふと思ったんだ。
あいつと同じように食ってみればどうだろうかってな――。
「――最初は、女が良いと思っていたんだが、もし暴れたらひとたまりもないんでな。
それで、なるべく小さい子供を買うようになっていったんだ」
リアムは、事の経緯を話し、身構えているベンと向き合う。
「…それで? 効果はあったのかよ?」
「いや、 だが、食うだけじゃなく、欲も満たすこともできるのは、非常に良い買い物だとは思わないか?」
「趣味が悪すぎる」
ベンは、会話しながら左手でゆっくり銃に触れる。
「ギャングに捕まっている時、すぐに助けに来なかったのは、帳簿を探し出すためだったんだな」
「そうだが、そもそもギャングの依頼自体無い。
あれは、お前に囮になってもらうための口実だよ」
ベンは、すぐそばのローラを気にすると、非常に芳しくない状態だった。
ローラに刺さった矢は、右肺を貫通し、出血が止まらない。
彼女は円背になって悶え苦しみ、嫌な汗と涙を流しながら呼吸を整えていた。
「――だが、お前が覚醒したと聞いて、計画を変更した。
ローラを探さずとも、ベン、お前を食えば良いんだからな」
そう言ってMK 23をベンに向ける。
「お前は一体、どんな味がするんだろうなあ?」
「 生憎――」
リアムが不敵な笑みを浮かべ、ベンは、銃をそっとホルダーから抜いた。
「そっちの気は無ェッ!!」
ベンが発砲すると同時に、リアムも引き金を引いた。
ベンは黒旗を盾に、リアムは素早く低姿勢で横に移動。
互いに射撃を止めず、わずかな隙を狙うがうまく防がれ、避けられてしまう。
グロックよりMK 23の方が連射速度は上だが、思わぬところで差が生まれた。
一発の銃弾がリアムの腹部にあたり、その衝撃であることに気づいて咄嗟に物陰に隠れる。
その間に、ベンもローラを片手で抱き上げると、その拍子にグラサンが外れ、建物の壁へと逃げていった。
リアムは、シャツ越しに防弾チョッキを着用しており、穴の開いた箇所を触れてみる。
「やはり…」
すると、ある事実が発覚した。
「おいベンッ!! それ実弾じゃないかッ!!
フェアじゃないなァ!!」
リアムが大声でベンに訴える。
「は!?」
ベンは壁に身を寄せてマガジンを確認すると、乖燠製のゴム弾ではなく、弾頭が黄土色をしていた。
おそらく、これがパルマーの気持ちなのだろう。
娘同然のローラをこんな悲惨な姿にしたリアムのことが許せなかったため、彼は乖燠弾ではなく、実弾を装填させてベンに渡したのだ。
「当然の報いだろッ!!」
そう返事をし、ローラの様子を伺うと、だいぶ弱っており、目が遠くを見つめていた。
哭戎種の驚異的な回復能力を阻害するために、乖燠製の矢を使用しているところを見ると、相手は2人に対して強い殺意を持っているのは明らか。
哭戎種によって生命力を維持し続けているようだが、ローラの霊圧が少しずつ失われていっていた。
普通の子供であれば、もうとっくに死んでいただろう。
「ローラ、ここで大人しくしていろ。
オレが引きつける」
「お兄さん…」
銃を構えるベンに、ローラは呼び止めるが、構うことなくその場から飛び出していった。
「お兄さ――ッ!」
ローラのか弱い声は、ベンに届くことはなかった。
ベンは、リアムのいる方へ撃ちながら道を横切り、路地へと入っていった。
リアムも後を追うが、しばらく走っているうちに、ベンの姿を見失ってしまった。
周囲を警戒し、懐からスマホを取り出しては、ベンの居場所を確認する。
次の瞬間、建物の非常階段からベンが飛び降り、奇襲を仕掛けてきた。
黒旗の形状が鎌へと変化し、勢いに任せて振り下ろすが、寸前でリアムに避けられてしまう。
続いて黒鎌は追撃するが、リアムは、臆する事無く左手で受け止めてみせた。
「はッ!?」
ベンは驚愕したが、よく見ると、リアムの手のひらに乖燠石の十字架があり、鎖で手に巻きつけていたのだ。
リアムは隙を逃さず、右手のMK 23が火を吹いた。
「ぐあッ!!」
黒鎌の変形速度が間に合わず、胸と肩に被弾。
霊力が削られ、命中箇所から霊子が宙を舞う。
「こんのッ!!」
ベンは痛みに耐え、攻めの姿勢はやめず、右腕も呼応しているのか、黒鎌を振り回す。
しかし、全ての猛攻を避けられ、受け流されてしまい、一向にダメージを与えることができない。
やはり、長年培ってきた経験の差が大きいか、身のこなしや戦闘センスがベンとは比べ物にならない。
リアムは後退しながら連射するが、黒鎌が弧を描いて盾となり、ベンは、そのまま銃弾の雨を受け続けた。
「うあァァァァァッ!!」
ベンは、吠えながら突進するが、リアムがすれ違い際にナイフで彼の右足を斬りつけた。
「痛ェッ!!」
ふくらはぎから出血し始め、右腕が鎌となり、咄嗟に大きく振り払うが、リアムは転がりながら交代していく。
そして、石突で地面を突くと、衝撃波が生じてリアムが吹き飛んでいった。
「うおッ!?」
周辺に止まっていた車にも影響し、窓ガラスが割れては、盗難防止アラームが鳴り出す。
リアムが地面に倒れ、すかさず立ち上がるが、またもやベンの姿が消えていた。
「ベンッ、逃げても無駄だぞッ!!
居場所がバレてるんだからなァッ!!」
嘲笑いながらスマホを覗き、彼の現在地を特定し、後を追った。
「…クソッ、どこだ!? どこにつけやがった!?」
足を引きずりながら、服のどこかに忍ばせたであろう発信機を手探りで全身を触れるが、それらしきものが見つからない。
これまでのことを振り返り、何かを見落としていないか懸命に思考を巡らせる。
すると、あることに気づき、ピタッと足を止めた。
「…まさか」
イチかバチか、ベンは賭けに出た。
――路地を抜けると、リアムが路地を抜けると、向こう側に縦列駐車がズラりと並んでいた。
リアムは、スマホに表示されたポイントを確認すると、とある車のそばで信号を発していた。
動いていないところを見ると、そこで力尽いて待ち構えているらしい。
勝機と感じ、足音を立てずに近づいていく。
そして信号を走っている辺りにスタングレネードを放り投げ、眩い閃光が放出される。
すぐさまボンネットに飛び乗り、銃を向けるが、予想を裏切る結果となった。
「――ッ!?」
そこにベンの姿はどこにもなく、あるのは2足のブーツのみだった。
すると背後から銃弾で銃で撃たれ、3発背中に命中。
軽い衝撃で気付き、振り返ると、ベンが離れた場所におり、ゴミ箱の陰から銃口を向けていたのだ。
「くッ!!」
リアムのMK23が火を吹くが、黒旗でガードされてしまい、ならばと連射しながら突進してきた。
「やべッ!!」
ベンは怯んで一歩後退さってしまいながらも、グロックで近づかせまいと引き金を引く。
しかし、相手は動じることなく弾道を読み、冷静に対処されてしまう。
やがて、目と鼻の先まで接近を許してしまい、ナイフで黒旗を刺し込まれた。
「うぐッ――!!」
黒旗から突き出た刃は、拳1個分ベンには及ばなかったが、リアムがナイフから手を離し、左手に巻きつけた十字架を彼の額に押し当ててきた。
ジュゥゥゥゥゥッ。
「がァァァァァッ!!」
ベンは悲鳴を上げ、霊子が宙を舞う。
膝の力が抜けた隙に、リアムが力技で地面に叩きつけた。
「ぐふッ!!」
その拍子に手からグロックが離れ、リアムは、すかさずベンに跨がった。
彼も銃を捨てては、相手の左腕を抑え、左足で黒旗を踏みつけた。
ベンは完全に身を守る術がなくなってしまったのであった。
「良い線いってたなァ? ベン。
ブーツを囮に使うとはな」
「くッ、退けッ!! クソオヤジッ!!」
力づくで足掻くがビクともせず、身の危険に焦る。
「逃がすわけないだろッ」
リアムは、彼の顔に十字架を押し当てた。
「あ"ァァァァァッ!!」
「俺はまたッ、あの力をッ! あの頃に戻ッ――!!」
ドッ。
その時、リアムの声が途絶えた。
「かッ…、あッ…、がッ――」
開いた口は震え、眉尻あたりに血管が浮き上がっていく。
よく見るとリアムの首にボーガンの矢が刺さっていた。
そして、その矢を握る手は、誰よりも小さく、1人の命を救った大きな手だった。
矢は勢い良く引き抜かれ、鮮血の雨を降らせる。
「はッ!? はッ、はッ、はッ――!!」
リアムは、ベンから十字架を離し、慌てて傷口を抑えるが、出血は収まらず、指のわずかな隙間から漏れ続けている。
過呼吸になりながら後ろを振り返ると、そこには、血塗れのワンピースを着た少女が立っていた。
「ろォ、ら…」
口の中から血が溢れだし、やがて、ゆっくりと倒れていった。
「リアム…」
血溜まりに浸かり、生気が失われていく彼に、ベンは、初めて名を呼んだのだった。




