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――時は、下水道通路まで遡る。
「…はッ!?」
ベンは、ローラの要望に耳を疑った。
「私を、食べて欲しいの」
穏やかな口調からして、聞き間違いではないらしい。
「はッ!? ちょっと待て、なんでそうなるッ!?」
ベンは唐突なことで困惑してしまう。
「…私は、また疳之虫に体を乗っ取られる。
もう時間がないの」
「なん、で…」
「どうやら、お兄さんの効果は、一時的だったみたい」
「だったらッ! 定期的にオレの血を飲めば――」
「いずれ限界が来るし、お兄さんの血だけじゃ済まなくなるよ。
それに、無関係なお兄さんを巻き込んだ責任もあるしね」
彼女は追い目を感じ、失った右腕に視線が行く。
「私はね、もう悪魔になりたくないの。
人目を避けるため、人に危害を加えないために、一生下水道で過ごしたくないの」
「他に…、何か手はあるはずだろ…?」
自信の無い声で反論するが、ローラは首を横に振る。
「今の私にとって、この世界は生きづらいみたい」
その若さで疳之虫を覚醒し、人として見られない彼女に、味方となってくれる者は、限りなく少ないだろう。
少女にとってその答えは、あまりにも極端で、早すぎる悟りだった。
「――ローラッ!!」
ベンは、すぐに倒れた彼女を抱える。
ローラは、ベンの後を追い、自身の右胸に突き刺さったボーガンの矢を最後の力を振り絞って引き抜き、リアムにとどめを刺したのだ。
乖燠製の矢のおかげで傷を塞ぐことができず、体力が失われていった結果、風穴から血が止まらなかった。
「ローラッ! しっかりしろッ!!」
意識が遠のいていく彼女に、必死に呼びかける。
「お兄さ…」
虚ろな瞳でベンを見上げる。
「返事を…、返事を、ちょうだい…」
か弱い声でささやかれ、一瞬思考が停止する。
「オレは…」
対応に躊躇っていると、黒旗がローラを包み込み、霊圧を吸収し出した。
「おいッ!? 勝手なこと――ッ!!」
すると、ローラは笑みを浮かべ、右目の艾肯眼も徐々に薄くなり、青白い火が消えていく。
「やめろッ!! おいッ!! ローラッ!! ローラッ!!」
霊圧が尽き、やがて、生気も感じなくなった。
ローラは、満たされた表情で息を引き取ったのだった。
「…ッ」
複雑な感情が押し寄せ、今までに感じたことのない経験を味わった。
これを機に、欠けていた心臓が完成し、脈を打ち出した。
鼓動が全身に響き渡り、心層の奥まで伝わっていく。
そして、それに呼応するかの如く、悪魔が目を覚ました。




